18.悪役令嬢は試合観戦へ向かう
翌日。
クラウディアとヘレンは、滞在先であるグラスターの屋敷から、馬車でスタジアムへ向かう。屋敷は王家所有のもので、滞在を許可されていた。
ヴァージルは昨日から現地で過ごしており、あとから合流する予定だ。
スタジアムまでの道は人と馬車が交ざらないように、交通整理がおこなわれている。
混雑を見越して早めに出発したのもあって、流れはスムーズだ。
窓から人通りを眺めつつ、ヘレンが確認する。
「リーグ戦って、総当たり戦なんですよね?」
「ええ、今回の参加数は四クラブ。計六節の試合がスタジアムでおこなわれるわ」
今年は試行期間なのもあって数が少ないが、来年開催予定の本戦では、最低でも十クラブが集められる。
「ええっと、一節分の二試合を、週末の二日にわたってやって……それが六週間続くんですか。遠方のクラブは大変ですね」
一日、一試合。
週末だけの開催なのは、選手の疲労度とスタジアム管理の都合だった。
滞在期間中は、別途練習ができるよう、近隣に練習場が用意されている。
「芝生がダメになるようなら、試合日数も調整されるでしょうしね」
もう一か所スタジアムが用意される話があった。王家直轄領の飛び地が候補場所である。
試合を集中開催するのは、地方に人と金を溜め込ませないためだ。
(平和が続いているのは、素晴らしいことなのだけれど)
地方が力を溜め込むと反乱の芽になりかねない。
武芸試合もそうだが、リーグ戦の開催は、貴族に貯蓄させないためでもある。
リーグ戦のほうが少ない費用で済むため、武芸試合で呼び出せなかった貴族にも声かけができた。
「褒賞の授与式は、シルヴェスター殿下がされるんですか?」
「主催者として、そこは外せないわ」
国主催と銘打っていることから、可能なら国王にお願いしたかったところだ。
下がりかけた視線が、ヘレンの明るい声で上がる。
「王太子殿下から直接褒賞を受け取れるなんて、凄い名誉ですね! 参加選手の中には平民の方もいると聞きました。腰を抜かさないといいんですけど」
「ふふっ、そうね。貴族でも早々ある機会ではないもの」
授与者はピッチで戦った選手たちだと決めていた。
クラブオーナーの貴族が間に入るより、夢があるからだ。
またクラブオーナーの身分が試合に影響しないよう、貴族とクラブは切り離して考えられる。
参加クラブの中には、シルヴェスターがオーナーを務める王家クラブもあった。
「『紺青のレーヴァン』は、気後れしないですよね?」
「むしろ武芸試合のリベンジだと、闘志を燃やしているのではないかしら」
リーグ戦の初戦を飾るのは、王家クラブ対リンジー公爵家クラブだった。
どちらも選手は騎士によって構成されている。
リンジー公爵家のクラブ名は「紺青のレーヴァン」。
バラだと、クラウディアを想起させかねないため、モチーフには「知恵」や「記憶」を象徴するワタリガラスが選ばれた。戦略と戦術を、知恵と記憶に置き換えたのである。
王家のクラブ名は「黄金の草原」。
黄金は豊かな実りを、草原は歴史のはじまりをイメージしている。
それぞれクラブカラーがどうしても各家に引き摺られているのは、ご愛敬だ。
クラブごとにエンブレムもつくられた。これもオーナーである貴族の家との分離を現すためだ。
「紺青のレーヴァン」のエンブレムには、中央にワタリガラスが描かれている。
スタジアムに近付くと、道の左右に黄金と紺青のガーランドが飾られているのが見え、わぁっとヘレンが声を上げた。
「これって、クラブカラーの!」
「試合の組み合わせで飾られているのでしょうね」
幟や屋台も確認できて、お祭りの機運が高まる。
非日常が、目の前にあった。
「なんだかワクワクしてきました」
自然と瞳の輝きが増す。
ヘレンの意見に、クラウディアも完全同意だった。
馬車が停留所に着くと、ヴァージルに出迎えられる。
「ようこそ、スタジアムへ」
「お疲れ様です。昨日も来たのに、見間違えるようですわ」
準備はされていたが、掲げられた幟や横断幕を見ると感じ入るものが多い。
まだ人は少ないものの、すぐに賑やかになるのが予想された。
「今のうちに場外を見て回ろう。気になった屋台があれば買うといい」
護衛の騎士たちが同行し、一団となって動く。
真っ先に目が行ったのは、紺青の色に染まった屋台だった。
「お兄様、あれはもしかして……」
「『紺青のレーヴァン』のグッズショップだな。ロイヤリティを取る方法で、製造販売は商会に任せている」
聞くまでもなくエバンズ商会の店だった。
見覚えのある顔が店頭に立っており、よく通る声で挨拶される。
「皆様、おはようございます!」
「ブライアンが直々に販売するの?」
「何でも最初が肝心ですから! 従来のタオルに比べて長めにつくったタオルマフラーはいかがですか? 首にかけておくと、一目でどこのクラブを応援しているかわかりますし、汗も拭いやすいですよ」
「買うわ」
護衛の騎士たちの分も含め、人数分を用意してもらう。
他には、日常使いできそうなバッグチャームなども売られていた。
早期開催のため、製造期間は短かったにもかかわらず、これだけの数と種類を用意できたのは、推し活グッズを展開しているエバンズ商会だからだろう。
「こちら、意中の方がおられる場合は、タオルマフラーの端にクラブのエンブレムを刺繍してプレゼントするのにも、うってつけです」
武芸試合では応援する騎士に、ハンカチやスカーフに刺繍をして渡す風習がある。
それを踏襲しているように一見思われるけれど。
「刺繍を入れる時間がなかったのね?」
「うっ、さすが鋭いですね。刺繍まで入れるとなると数が用意できなくて……見本を用意するのが精一杯でした」
ブライアンは素直に認める。
実際、タオルマフラーを用意しただけでも凄いのだ。
刺繍の入った見本を見せてもらう。
「来年の開催時には刺繍入りも販売する予定です。その分、値段は上がります」
「刺繍分の代金がかかるのだから当然でしょう」
安価で済ませたかったり、自分で刺繍したい人は、刺繍無しを買えばいい。
「折角だから、男女問わず意中の方へ贈る風習も残しておいたらどうかしら?」
貴族社会において、刺繍は令嬢の嗜みとされるが、平民には刺繍ができる男性も一定数いた。自分で服を繕う必要があるからだ。
ふと、思いつきを言葉に載せる。
「刺繍無しのタオルマフラーをかけている方は、お相手募集中とわかるのも面白いわね」
「名案です! スタジアムでマッチングする出会い……宣伝文句に使わせていただいてもよろしいですか?」
「文言を考えたのはあなたでしょう? 好きにしていいわ」
「ありがとうございます!」
準備ができて、人数分のタオルマフラーを受け取る。
その際、ヴァージルから視線を感じたものの、微笑みだけ返しておいた。
(お兄様はわたくしの刺繍から卒業する時期よね)
妹の意図が伝わり、目に見えてヴァージルは肩を落とす。
あまりの哀愁っぷりに、ヘレンがおずおずと提案する。
「わたしでよろしければ刺繍いたしましょうか?」
「いいのか!?」
「ヴァージル様さえ、よろしければ」
「頼む。俺もエンブレムの刺繍が欲しい」
クラウディアはこのとき、護衛騎士が羨ましそうにしている雰囲気を察した。
(ヘレンは人気が高いから、恨まれないといいけど)
さすがに主人に楯突く騎士はいないが。
刺繍については、ヘレンからの提案なので、よしとする。
その場で全員が首からタオルマフラーをかけ、一団は紺青に染まった。




