第四十五話 如何様
クシャラルの誤解を解消するのに、随分と時間が掛かった。
まあ修練を叩き込む話だと説明したら、納得してくれたが。
深夜まで話し込んで、そろそろ観衆も落ち着いた頃だろう。
丁度良い頃合いだし、そろそろ帰って風呂に入って寝る事にする。
ドズンに明日の朝、6時の鐘が鳴る頃に迎えに来ると告げクシャラルを促して席を立つ。
「ドズン、明日の晩からお前にも宿を移って貰う。
俺達と同じ炎と水の景観亭だが、構わないか? 代金は気にするな、暫くは俺が持つ」
「良いのか?」
申し訳無さそうな顔で訊ねてくるドズンだが、全然構わないと言ってやる。
二人は、謂わば研修生扱いだからな。
宿代位は俺が払うのだ。
ドズンは、今の宿への拘りとかが有る訳じゃ無いそうで了承する。
ドズンの部屋を出て通路から広間を見下ろすと、テーブルや椅子が戻され呑兵衛達が管を巻いている。
ん! アダマカスの奴がテーブルに居るな、しかも此方を見てやがる。
他のテーブルにもチラホラとベテラン冒険者が散在して、俺の様子を窺っている。
ドズンの話や双子の情報でも、ベテラン冒険者とは正に職人だ。
上位ともなれば腕っぷしも有るが、何よりも経験に裏打ちされた戦術にある。
自分達の下調べした地域に誘い込んで罠に嵌めたり、奇襲したりで、慎重に毛人及び獣を狩る。
そこに浪漫を語る部分は存在せず、ひたすら冷静に作業する職人としての顔がある。
博打要素は存在せず、忠実に淡々と狩るべくして狩るのだ。
個々のチームには自分達の作戦に沿う猟場が幾つかあり、縄張りを主張する訳では無いが間違って新人が迷い混むと迷惑がられ追い払われる事もある。
アダマカスもベテランの仲間入りをしているからには同じ様にしている筈だが、奴には他の冒険者とは違い何故か余裕が感じられる。
何か隠し玉が有るのだろうと睨んでは居るが、中々尻尾は掴ませないだろう。
広間に屯しているベテラン連中が、俺に注目するのを肌で感じる。
闇試合であれだけ派手に暴れれば素人なら兎も角として、玄人には技術的には訳が分からなくとも何かしらの衝撃を受けた筈なのだ。
玄人達は、あくまで経験から導き出される独自のスタイルで闘っている筈だ。
中には前世の格闘家や軍人等の技術に勝るとも劣らないスタイルを編み出した奴すら居るのだろう。
それらは、速度と威力を極めんとした理屈の積み重ねだ。
俺の技術の方向性とは異なる物である。
その為に俺の闘った闇試合は、正に異次元の技術に見えた事だろう。
前世の大多数の格闘術と呼ばれる物も、速度と威力に特化した偏りを見せている。
多分最終的には、それらで占められる事になるのかも知れない。
階段を降りながら前世の格闘界の行く末を考えていると、アダマカスが階下で待ち受けていた。
アダマカスは朗らかに笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。
まあ龍気術を披露すれば、警戒したくもなるか。
それなりに闘うだけなら、本来は披露する必要は無かったのだ。
しかしドズンとの件があり、奴を仲間にするのには圧倒的な実力を見せて納得させなければ成らなかった。
前世の格闘界でも異色の武術で通っているのに、この世界では完全に異物でしかない。
奴らは龍気術に興味を持ったのかも知れないな。
さて、どうやってコイツらを誤魔化そうか?
教えろとか言われても手間が掛かり、凄く面倒臭いのだ。
なら、適当にお茶を濁して誤魔化させて貰うか。
「やあシグマ君、試合を観戦させて貰ったよ。
前回も凄いと思ったが、今回は正に桁が違った。
あれは何だい? 何故人が、それも天秤流という投げ技の専門家で体格、筋力、経験に優れたギャロップが小指一本で投げ飛ばされたんだい? 君は何をやった? いや……質問を変えようか、何の古代遺物を使った?」
はあっ?! 古代遺物?
ああ……分かった。
俺が龍気術を使って小指でギャロップを投げ飛ばした事が、どうしても信じられなかったのだろう。
八百長を疑ったが、ベテランの目にはギャロップが態と投げ飛ばされ様には見えなかったか。
ならば俺が実力で投げ飛ばした? そんな事は有り得ないと彼らの常識が判断を下したのだ。
これは彼らが悪いのでは無く、俺の龍気術が異常過ぎるのが悪いのだ。
なら彼らが至る結論はただ1つ、俺が古代遺物を使って如何様をしている事だ。
俺の認識とは遥かに乖離した結論に、彼らは辿り着いたんだな。
投げ技が珍しい今世や、盛んな前世ですら凌駕する技量なのだから仕方がないとも言える。
ここで俺が話を合わせて、古代遺物で如何様したと言ったらどうなるか?
折角ギャロップに勝った事で得た評判が、下落するだろう。
そして、俺が古代遺物を持っていると思われる事も不味い。
古代遺物は生活に便利な物ですら高価だが、戦闘に使用出来る遺物は更に価値が跳ね上がる。
危険な仕事である冒険者に就いてる者には、当然垂涎の的である。
炎剣を持っている俺に対しては勘違いな訳では無いが、変な欲を掻く奴も出てくるだろう。
なら俺が技量のみでギャロップを投げ飛ばしましたと主張して、信じて貰えるのだろうか。
俺は襤褸布に包まれた炎剣の剣帯ごと外し、更に背負っていた背嚢や財布替わりの皮袋を全て、戸惑うクシャラルに託した。
「アダマカスさん、幾ら私が種も仕掛けも無いと主張しても納得出来ないでしょうし、私と握手して頂けませんか? 何だったら身体検査をして下さっても構いませんよ」
俺は、慇懃に手を差し出して握手を促す。
「成る程、君の身体検査をしてから私と握手する事で、ギャロップ君の様に私を投げ飛ばして見せると云う訳かいシグマ君? 面白いじゃないか、やって見せてくれたまえ」
アダマカスは俺と握手せずに、俺のシャツやズボンを丁寧に叩き探って身体検査を終わらせた。
そして、固唾を飲んで俺達に注目していた冒険者連中に宣言する。
「私の誇りに掛けて誓おう、シグマ君の身体は衣服しか纏っていないと、そして今から彼と握手して投げ飛ばされない様に精一杯抵抗させて貰う事もだ。
皆、聞いたな? この誓いの証人になって貰う。
この誓いを汚す者が居れば、誓いの精霊神の裁きを死後の世界で受ける事になる。
いいな!」
流石にアダマカスが誓いまで持ち出して宣言すれば、疑い深い連中も大人しくなるだろう。
アダマカスはベテラン冒険者としての信用と云う物を、長年築いて来ているのだ。
俺が幾ら誓っても何処かで疑われるが、流石にアダマカスの積み上げてきた信用は疑われない。
後は握手すれば、万事上手く行く。
アダマカスが、差し出している俺の手を掴んだ。
その瞬間、俺は刹那の間も挟まずにアダマカスの手首に捻る。
奴も必死に抵抗するも、既に奴の世界の感覚は俺の誘導によって歪められている。
アダマカスは、己の腕を起点に回転して床に転がった。
息を詰めて観戦していた冒険者達が、凄い! とか本当かよ! とか囃し立てる。
「糞! アダマカスさんが、こんなに簡単に転ばされちまうなんて……嘘だ!
何か種がある筈なんだ」
誰かと思えば、アダマカスの甥っ子のジェイドが尊敬するアダマカスの為に、慟哭しながら俺に喧嘩を売っている。
衝撃を受けたのだろうな、これで二回目の負けだし奴の手が震えている。
同じチームの仲間に暴れ始めない様に掴まれながら、今度は自分が相手だとか騒いで居やがる。
アダマカスも、流石に自分が呆気なく投げ飛ばされた事に呆然としていて、ジェイドを止める処では無い様だ。
アダマカスの頬を平手打ちでもして正気に戻し、ジェイドを止めさせようと俺が振り被った時。
「ジェイド、みっともない事してないで、アダマカスさんが無事なのか確めてから騒ぎなさいな」
振り返ると派手な女が居た。




