第四十六話 考古学者
派手な女と言ったのは、文字通りの意味だ。
黒のビスチェと紅色のロングスカートを纏い、緋色の革サンダルを履いている。
それらには金色の刺繍が入っていて、豪華絢爛な装いに見える。
ビスチェから溢れんばかりに乳房が自己主張をしながらも、腰の括れは確りとあり、臀部では更にスカートを押し上げる程に尻が盛り上がっている。
歳は二十歳位か。
茶色の髪はポニーテールで纏められ、テールの先っぽは背中の真ん中辺りまである。
茶色の瞳は意志に満ち、太く跳ね上がる眉毛が我が強そうで、鼻筋は丁度良い高さ、分厚い唇は健康そうなピンク色をしている。
癖のある顔ではあるが、味のある美人には違いない。
この女がジェイドを諌めたが、知り合いなのか?
「ロクサーヌ来てたのか」
ロクサーヌとやらが来ていた事に驚くジェイドだが、嬉しさ半分で残りは……怖れてるのか?
ここでアダマカスが自分を取り戻したのか、立ち上がってジェイドに注意した。
「ジェイド、俺が皆の前で誓った事をお前が台無しにするのか? シグマ君に投げられても結局は分からなかったが、如何様をしている様には思えなかった。
だからお前の気持ちは分かるが、抑えるんだ」
乱れた灰色の髪を整えながらアダマカスが言うと、ジェイドは渋々とだが頷き俺にも会釈する。
「シグマ君、君を疑って悪かった。
君が部屋に引き込もってから、広間で色々と意見が出てね。
何と無しに、私が糾弾する流れに成ってしまったのだよ。
だが、私達の単なる邪推でしか無かった様だがね。
直接投げ飛ばされた事で分からないなりに、君が君の技術だけで私を投げ飛ばした事だけは理解出来た様に思う。
謝罪させてくれたまえ。
皆も納得してくれ! 信じられない事だろうが、シグマ君の技術は本物だった。
シグマ君、どうだろうか?」
アダマカス自身すらも、俺を疑っていた様だ。
だから糾弾の役目も任されたのかもな。
じゃなきゃ、別の奴に糾弾させていた筈だ。
まあいいか、これで更に俺の箔付けになったし、古代遺物云々も有耶無耶に出来た。
「構いませんよ、私はまだまだ若輩者ですから皆さんが疑うのも無理は有りません。
アダマカスさんは大丈夫でしたか? 怪我をさせない様に手加減させて頂きましたが」
ジェイドの眉毛が跳ね、アダマカスの口元が弧を描く。
アダマカスよ、これくらいの皮肉は許されても良いだろ? あんた結局は俺を如何様扱いしたんだし、投げ飛ばしただけじゃ足りないな。
手加減の言葉を聞いて、周囲の輩からは溜め息が洩れる。
アダマカスの立場でさえ、ベテラン冒険者と云う羨ましい立場なのにも関わらず、手加減したのが俺の様な新人の若僧なのだ。
俺の武勇伝が、更に上乗せされた為の溜め息だ。
さて広間の愚か者共はこれで何とかなったが、この派手な姉ちゃんは何者なのだろう。
だが、何となく嫌な予感がする。
クシャラルから荷物を受け取り、妙な流れに為る前に出口へ避難しようとしたが遅かった。
「シグマ君、こちらのロクサーヌ嬢が君に挨拶したいそうだ。
彼女は、考古学者と云う古代帝国の事を調べる仕事をしていてね。
我々冒険者の間でも、有名人なんだよ。
どうかな? 構わないかい?」
考古学者だと! 是非とも親しくさせて貰いたい姉ちゃんだ。
嫌な予感とか言って悪かった。
所詮俺達の集めた情報なんぞ、冒険者達の噂、嘘、経験などから基づく推測の域を出ない不確かな物でしか無い。
だが、このロクサーヌの持つ情報は既に専門科によって精査された、確度の高い物だろう。
だからこそ、俺の脳内地図とロクサーヌの知識が合わさった時に、どんな化学反応が起こるのか興味は尽きない。
だが普通なら皆から引く手数多な筈なのに、周りの冒険者達の反応が鈍いのは変だ。
何だかアダマカスの笑顔が固いし、やっぱり何かが有るのだろうか? その割にはジェイドが、さっきとは別の感じで睨んで来ている。
このジェイドの感じには覚えがあるぞ、自分が好きな女が他の男に秋波を送ってる時に嫉妬すると、こんな風に睨んで来るのだ。
それに周りの奴等の中にも、嫉妬混じりの奴が居やがんな。
確かに美人だが、随分と人気者の様だ。
まあアダマカスにこんな風に勧められたら、挨拶しない訳にも行かんか。
それに何とかロクサーヌから情報を引き出したい。
だからこそ挨拶で、彼女との今後の繋ぎを作るのだ。
「勿論構わないです! アダマカスさん有難う御座います。
私も冒険者の端くれとして是非とも御挨拶させて頂きたいです」
って笑顔で言うしか無いよな。
クシャラルが、この女が考古学者? と、後ろから俺の裾を引っ張るが、振り向いて“まあ待て”と目配せをする。
「初めまして、シグマと申します。
御覧になったのか分かりませんが、冒険者の傍ら闇者の真似事をさせて頂いてます」
俺は、笑顔で右手を差し出し握手を促す。
「丁寧な御挨拶、痛み入ります。
アダマカスさんからご紹介して頂いた通り、女伊達らに考古学なぞを嗜んでおりますロクサーヌと申します。
以後お見知り置きを。
あら、シグマさんの手に握手してしまったら私も投げ飛ばされてしまうのかしら? フフッ冗談です」
人懐っこい笑みを浮かべながら握手を交わすロクサーヌだが、この女の目が笑ってねえ。
多分だが俺を値踏みしてるんだな、腕は確かだが他はどうなのか探っていると見た。
お互い様だから全然構わない、俺もあんたの考古学に興味津々なんだ。
使える奴なのか、それとも糞の役にも立たない古臭い伝承ばかりを並べ立てる奴なのかだ。
後者なら適当にあしらえば良いだろうが、前者ならどうやって情報を引き出すか。
「ロクサーヌさんとお呼びしても構いませんか?」
「ええ、なら私もシグマさんとお呼びしても?」
お互いに笑顔で了承と。
まあお互い初対面なら、~さんを付ける位しか無い。
一々訊ねたのは、相手の反応が見たかったからだ。
躊躇する様子は無かった事から、単なる社交辞令ではなくロクサーヌの方にも某かの思惑が有って俺に挨拶しに来たのだろう。
それが何なのかが、重要だが。
「シグマさんは冒険者の方ですか、なら古代帝国の遺跡にも度々訪れるのですよね? 私の仕事柄、遺跡に赴く必要がある場合は冒険者の方に警護をお願いする事も有りますから、その時はお願い出来ますでしょうか?」
態となのか、上目使いでお願いしてくるロクサーヌ嬢。
成る程な、フィールドワークで資料捜しは考古学なら当たり前だが、危険は付き物だから冒険者の出番と云う訳だ。
そこでアダマカスから待ったが掛かる。
「ロクサーヌ嬢、私の魔神の剣では不満かね? 確かにシグマ君に不覚を取ったが、安全な都市内の建屋と外の活動は違う物だ。
それにシグマ君は私と違って、人員が居ない筈だから君の警護は出来ないよ」
「あ、アダマカスさん。
私なりに人員は揃えましたから、暫くすれば彼女の希望に添える筈ですよ。
ドズンも私の人員の一人ですから、私の経験不足も補ってくれると信じています」
俺の発言に広間は驚愕の坩堝に叩き込まれた。
アダマカスも流石に驚いた顔をしている。




