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第四十二話 誓約

「それまで!」


 大量の血反吐を吐いて床に血溜まりを作り、それに顔面から倒れ込んだギャロップを見て審判が終了の判断を下した。


 間髪入れずに観衆から、怒濤の歓声が挙がる。


「おいおいおい、闘神があっこから引っくり返しやがった。

 フラフラして、絶対駄目だと思ったんだがよ」


「紛れ当たりで勝ちを拾っただけの事だな。

 再戦すりゃあ、投げ技は兎も角として豪腕が次は勝つんじゃねぇか?」


「おいおい待てよ、投げ技は兎も角? 闇試合前半のありゃあ八百長じゃないかと踏んでんだ。

 小指でギャロップを投げ飛ばすなんて、出来る訳がねぇだろうがよ。

 ちったぁ考えろや、後半の殴り合いからが本当の真剣勝負よ。

 きっと、闘神が泣き入れて豪腕に頼んだんだぜ。

 前半だけは頼むから見せ場を作って下さいってな。

 んで侠気溢れる豪腕が、受けちまって華を持たせたに決まってる。

 後は知っての通り、何とか打撃が当たって闘神が勝ったってぇのが真相よ」


 うんうん、いい具合に勘違いしてくれたか。


 昔、前世のとある達人が小指で御家芸全国優勝者を投げ飛ばした事も、伝説に成った程の出来事だった。

 これは、現代でも殆どの人にとっては理解し難い伝説なのだ。

 観衆達が勘違いするのも当然の事だろう。

 苦労した甲斐があるって物だ。

 ギャロップの弟子達が何処からか戸板を剥がして持って来た。

 そしてギャロップを載せて運んで行く。

 俺の脳内回復プログラムで既に随時回復を始めている為に、大事には到るまい。

 金を胴元から受け取りクシャラル達を促すと、二階のドズンの部屋に潜り込んだ。

 広間は騒がしい観衆だらけで話が出来ない。

 扉の外からは、興奮冷めやらぬ観衆のざわめきが聴こえる。

 俺の身体は既に回復させたが、怪しまれない様に荷物の中のフクレ草やソマリ草で腫らしたり色を付けるつもりである。

 あっ、道着返すの忘れた!

 まあいっか、見舞いのついでに返せば。


「シグマ! あんた大丈夫なのかい? あんだけぶん殴られたんじゃ、不思議な能力とやらがあっても流石に効いた筈だよね。

 あたしは直ぐに試合を止めるつもりだったんだけど、あんたはわざと殴られてるなんてドズンが言うからさ。

 悔しいけど、あんたの思惑って奴を台無しにしたくなかったから我慢したんだからね。

 あんまり心配させないでおくれよ」


 クシャラルが眉根を寄せ、俺の身体をぺたぺたと確認しながら愚痴を溢す。

 コイツなりに心配しながらもドズンからの忠告に従い、黙って観ていてくれた様だ。


「クシャラル、あんがとな心配してくれて。

 俺なりの思惑があったのは事実だし、ドズンにも合図を送ってはいた。

 だが、お前には仲間がボカスカ殴られてる様にしか見えないわな。

 だけど、俺はこの通り平気だ」


 その場でクルリと回って、アピールすると、クシャラルは溜め息を盛大に吐き出すと肩を竦めて言う。


「まあ、あんたをあたしの物差しで計ろうとしちゃ駄目なのかもね。

 でもね……やっぱり仲間が殴られてるのを、只眺めるっってのは我慢ならないのさ。

 でも身体を張って止めようとしたのは、やっぱりお節介だったかい?」


 上目使いで碧眼を向けて、クシャラルが訪ねる。

 俺はクシャラルの金髪にぽんと手の平を被せる。


「んな事ねぇよ。

 仲間が殴られてるのを黙ってらんないってのは、当然の事だ。

 俺だってお前が誰かに殴られてたら、その誰かを何とかしようとするしな。

 だから、そのまんまでいいんじゃねぇか?」


 そう俺が語ると、クシャラルは擽ったそうに手の平から逃れ返事をする。


「そっか、そのまんまでか……言われなくても変われそうにないけどさ」


 紅唇をにぱっと開いて、健康そうな歯並びを見せて笑った。

 俺も笑い返すと、不思議そうに訊ねて来た。


「あんたの投げ技って何なのさ? 見てて訳が分からないね。

 小指だけで、何であの巨体が吹っ飛ぶんだい?」


 疑問はを持つのは最もだが、また今度教えるからと何とか宥めた。


 俺は振り返ると、気まずそうに俺達を眺めていたドズンに訪ねる。

 済まん、ちょっと二人で空気作り過ぎたか。


「さて、ドズン感想は? 分かってるとは思うが、途中からはギャロップの組織での立ち位置とかを考慮して接戦に見せ掛けた。

 ハッキリ言って、アイツは正しく人外の領域に至っている。

 だが俺にとっては、まだまだでしかなかったがな。

 そんな俺ならば、お前の仇討ちを成就させてやれると思うが」


 まあ、隠し玉の脳内プログラムも計算に入れれば多分だが仕留めてやれる。

 更にある程度の帝国遺跡を探れば、新たなプログラムすら入手可能な筈だと信じたい。

 そうすれば、ドズン単独での赤毛人討伐すら視野に入って来るだろう。

 ドズンは茶色の髪の毛を掻き上げて、ぷるぷると頭を振る。


「ふぅ~、シグマ。

 しかと拝ませて貰った。

 お主となら、宿敵を倒す事すらも夢物語ではないと思える。

 こんな機会が人生で幾度も有ると思える程、暢気に生きて来たつもりは儂にはない。

 しかし、お主の目的とは何だ? こうして、儂の願いを叶えられるだけの物は見せて貰った。

 なら余程、突拍子もない目的でもなければ儂に異存はないが、人道に背く様な目的だった場合は断らざる得ない場合もある。

 まあ、お主の拳には邪な物を感じた事はない。

 儂の取り越し苦労で終わりそうだがな」


 拝ませて貰ったって闇試合の事か? それか今の会話? まあいいか。

 邪ねえ……コイツなりに俺との闘いで得た感触を元にして判断材料にしたって事だな。


「まだ言って無かったか? 俺は冒険者だぞ? 冒険者の目的なんて、突き詰めれば古代帝国の遺跡を見つけて漁って儲ける。

 それ以外あんのか? 難しく考えんな、お前の取り越し苦労だよ」


 フッと息を吐くとドズンがテーブルに俺達を誘い、秘蔵の蒸留酒とやらを披露して振る舞ってくれる。


 喉を灼くような蒸留酒を木製の杯に満たし、それをドズンが一息に飲み干すと湯気が立つような酒臭い息を吐き返事をする。


「なら良いが、冒険者か……単純明快な目的だな。

 しかし遺跡漁りと容易く言うが、甘い物ではないぞ。

 資金、人、情報、それらが揃って初めて活動が可能な事だ。

 後は色々な運が必要だな。

 それらが、お主にあるのか?」


 茶色の前髪から覗く茶色の瞳が、試す様に煌めく。


 成る程、真っ当な冒険者で仇討ちが可能な程に腕が立ち、そこらの小僧ではないと認識してくれてはいる。

 なら計画性はどうか? と云う事か。

 金は1000万位、人は双子達と合流すれば7人。

 情報は圧倒的な程あり、有利に探索出来る程に揃っている。

 勿論、運なんぞは保証なんて出来ん。

 だが、脳内プログラムを有効に活用すれば充分に安全を配慮しながら探索出来る。


「安心してくれ。

 運は知らんが、他は揃えたと言える。

 特に情報と安全に関しては、万全の用意があるな」


 自信を漲らせた笑顔で答えてやった。

 他の冒険者とは隔絶した条件での探索が、確実に約束されているのだ。

 これが無ければ、最初から博打要素が前提の冒険者には成ってはいない。


 暫く俺の笑顔を眺めていたドズンは、破顔し頷いた。


「詳細は後でじっくりと聞かせて貰うが、お主がそう言うならばそうなのだろう」


 ドズンは席を立つと俺の前まで来る。

 そして片膝をつき胸に手を当て、厳かに宣言する。


「儂の宿願を叶えてくれるのならば、儂の命をお主に預け従うと此処に誓おう」


 真剣な茶色の瞳が発する覚悟が、俺の眼を射抜いた。

 同様の覚悟があるのか? 半端な覚悟で自分を使うつもりならば後ろから刺される覚悟もしておけ、と問い掛けて来ていた。

 舐めんな!


「ドズン、お前の誓約は確かに受け取った。

 必ず宿願を叶えてみせる」


 そう俺が返事をすると、ドズンは深々と頭を下げた。


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