第四十一話 擬装
ギャロップが、広間の床に大の字で横たわっている。
息を整える時間が必要だろう。
先程の敗北宣言は声が小さくて、審判には届かなかった様だ。
審判にもっと近くに来てもらう為に手招きして呼ぶ。
するとギャロップが突然立ち上がり、後ろから俺に抱き付いてきた。
「捕まえたぜ! 俺が負けを認めたのは、あくまで天秤流が敵わなかったって話だ。
今からは、闇者のギャロップとして遣らせて貰う。
汚えとか卑怯だとか思うだろうが、このまま抱き潰す! 悪く思うな。
審判が終了宣言してねぇのに、試合中に油断したお前が悪い」
ギャロップの豪腕が、俺の両腕ごと身体を締め付ける。
「まさか、卑怯なんて思う訳ない。
闇試合は遊びじゃないんだしな」
ギャロップがわざと審判に聴こえない様に言ったのか、それとも偶然だったのかは問題ではないのだ。
審判が終了宣言していない事は認識していた。
つまり、この状況は俺の予想の範囲内だ。
その場で右足を後ろに引いて、踵を床に落とし震脚。
俺の背中に触れているギャロップの胴体へ、背中から発勁。
ギャロップが弾かれた様に吹っ飛び、床を数メルド程転がる。
流石に汚いとは言わないが、こんなセコい手段に対して打撃を解禁する事にした。
ギャロップの思惑は、抱き付いてさえいれば龍気柔術は勿論、打撃技さえ封じたと思った事だろう。
打撃は、振り被って放つ物という思い込みは間違いだ。
拳以外なら精々、頭、肩、肘鉄、膝、足の爪先位は想定していたのかもしれない。
だが、剄打撃は距離を必要としない。
距離を必要とする打撃は、ハンマーを振る事に例えられる。
振る空間内で筋肉が躍動、つまり伸び縮みする事で勢いという発力をする。
そして、相手に拳なり何なりが衝突する事で力が解放される。
だから距離が近いと発力出来ない。
距離を必要としない打撃の場合は、拳銃に例えられる。
地面に自重が落下する事で足腰に勁力を爆発させてから、上半身へ伝導させる。
相手に手が触れていても離れていても、拳銃と一緒で威力は変わらない。
「ぐはぁ、何で俺が吹っ飛んでんだ?
まさか今のは打撃なのか? 訳わかんねぇよ」
口から吐血しながら、ギャロップが問い掛けてくる。
観衆からの反応が聴こえる。
「ギャロップが手も足も出ない……想像も出来ねぇ展開だ。
八百長を疑いてぇ処だが、ギャロップが血反吐を吐いちゃーな」
「まさか……ギャロップが遊ばれている?
今まで無敗の闇最強だぞ。
だがこの目で闘神の凄みを見ちまったら信じるしか……」
種明かしを期待するギャロップに答える。
「流石にそれは教えてやらん。
それよりも立たないのか? 立てないのか? どっちだよ?」
ぶるぶると生まれたての子鹿の様に、立ち上がるギャロップ。
「へっ、また手加減してくれたお陰で立てたわ。
舐めたまねしてくれる。 だが、その余裕が命取りなんだぜ」
俺の実力を観衆やギャロップに見せ付けた事だし、さっさと終わらせても構わない。
だが、ここ数日考えていたのだが、奴が暴力を生業にする組織に属している事がネックになる。
最初に、俺に狙いを定めて誘って来たのは奴だ。
俺の面子が掛かっていた事で避けられない状況だったし、最強と噂される奴を倒す事でのメリットも考えての判断だ。
いざ状況に緊張する程闇試合に臨んでみれば、思っていた以上に実力に差があった。
だが、これ以上一方的に伸してしまっては今度は組織の面子を潰す事に成りはしないか?
当然組織の分かっている聡い奴等は、組織の強みの本質は数であって個々での相互の繋がりだと云う事は分かっている筈。
しかし、ギャロップの武勇が組織の売りであるのは明白だ。
負けてあげるのは、俺の個人的感情としても実利としても御免こうむる。
なら勝ち方が問題になってくる。
散々天秤流を虚仮にしてやったし、最初の投げ技で殺害すら可能だった事から俺の気はもう済んだ。
ギャロップや観衆を満足させつつも紙一重で俺が勝ち、何かが1つでも欠ければギャロップの勝ちだったとなれば良い。
投げ技で有名なギャロップを俺が投げ技で圧倒したが、打撃で有名な俺が奴に対して辛勝しか出来なかったとなれば印象は悪くは無いだろう。
演出するのだ、精一杯頑張ってやっとこさ倒す事が可能な程にギャロップは強いと、投げ技合戦は単に相性の問題だったのだと思わせる。
そうすれば組織も不満は残るだろうが矛を向けてはこないだろうし、事に依っては勧誘すらしてくるかもな。
断るが。
「安心しろ、もう終わらせてやんよ。
お前は間違いなく強い。
それは変わらない。
だが、俺の龍気柔術との相性が悪かったと云う事だな
まあ、俺はお前より強いって事だ」
相性?! そうなのか? とか観衆が騒ぐ。
観衆には、投げ技を理解すると云う事は次元の彼方にある。
これで良い。
サッと観衆の中のドズンに目配せを送る。
結構限界まで闘った相手同士だ、分かる筈だと信じたい。
「ぬかせ! 何が相性だ! まだ終わっちゃいないぜ、シグマ! 俺が天秤流を興す前は、俺だって打撃技で伸し上がって来たんだ。
てめえを打撃でぶちのめしてやらぁ。
豪腕を舐めるなよぉ!」
口元の血を拭いながらギャロップが吼える。
天秤流を興しただけあって、流石に騙されてはくれん。
観衆程には納得出来んのかな。
打撃で来るのなら、それは好都合。
豪腕が投げ技由来だけでは無いのならば、演出の説得力が増す。
そして急激な突進と共に、ギャロップの右のフックが飛んでくる。
打撃技は流石に速いが、まだまだ当たってやれる領域じゃない。
う~ん、わざとらしく当たらずにどうやって演出するか。
俺は仰け反って躱しながら右足を振り上げ、爪先でギャロップの顎を蹴り上げた。
右足の踵が天井を向いて、左足の踵はしっかりと床を踏んでいる。
一直線に床から天井まで伸びた両足に、歓声が挙がる。
仰け反っていた上半身を起こしながら右足を降り下ろす。
顎を蹴られたギャロップが、仰け反りながらも堪えている処へ踵落し。
「闘技、龍隆脚」
脳天に踵を喰らったギャロップが、フラつきながらも突進してくる。
殺さない様に手加減しているが、本当に頑丈だなコイツ。
奴が両手の指を組んで振り被り、突進の勢いを乗せて降り下ろす。
これにするか。
俺は両腕を頭上で交差させて受け止めるが、有り余る勢いから繰り出された降り下ろしに腰砕けになって床に叩き潰された。
そこをギャロップの右足の蹴りで肩口から引っくり返され、床を転がり滑って行く。
観衆の、特にギャロップに賭けた連中が“おおっ”と騒ぐ。
「おらぁ! 誰が誰より強いって? もっぺんほざいてみろや!」
いいのを入れて、道化が調子に乗って来る。
俺は“うぐぅ”とか呻きながら立ち上がり、睨みながら吐き捨てる様に言う。
「てめぇ……よくも蹴ってくれたな。
覚悟しろよ! 只じゃあ済まさねぇ」
口調が変わった俺の事が余程嬉しいのか、頭髪の無い頭をツルリと撫でて笑う。
「いい感じの顔になったじゃねぇか。
好きだぜ、その顔。
もっともっと見せてくれよぉ」
あれ? ちょっと方向性が違う感じにギャロップがなった。
何か興奮してる? 戦闘に酔うタイプなんかな。
調子に乗ってきた奴は、左右のフックを矢継ぎ早に繰り出して来る。
奴なりに研究したのか思ったよりも大振りではなく、小刻みで上下左右に次第にアッパーなども織り交ぜてくる。
俺はガクンと足から力を抜いて、効いていたのかと驚愕の表情を作って殴られる。
左頬を右フックで殴られ肝臓に下から抉る様に左アッパー入れられ、堪らず身体を右下に折った処へ持ち上げる様に左下からの蹴りが来た。
上半身が持ち上がった処で丁寧に体重移動した左右のフックを放たれ、右左にピンボールの様に頭が振られる。
頭が垂れて前のめりになった俺に、充分過ぎる程に膝を畳んでからの左斜め下からのスマッシュ。
右顎下から猛烈な衝撃を感じ両足が床を離れ、身体が宙に浮き上がり左斜め後ろに発射された。
宙を滞空して頭から床に激突し、何度か弾む様に跳ねて停止する。
観衆からは呆気ない幕切れに見えたのか、またもや呆然として静寂が訪れた。
クシャラルが何かを喚いて飛び出そうとして居るが、ドズンに抑えられて何かを囁かれている。
「シグマよう……最高だ。
気持ちいいぜ、でも流石に終わっちまったか」
いやいや、傷を演出しなきゃならんから防御の脳内プログラムは切ったが、呼吸法での内面からの空気圧力に依る防御は確りと施し回復プロで治しながらだ。
脱力して勢いを流してもいる。
それに、奴の動きの全ての起こりは把握させて貰っていた。
来ると分かって経過もばっちりと視認している事で、ダメージはかなり流させて貰ったんだ。
怖いのは意識の外から受ける攻撃なんだよ。
あと、派手に吹っ飛んで見せたりもしてんだよな。
プルプルと震えながら俯せの身体を両腕で起こして、これまたガクガクと両足で床を押して立ち上がる。
観衆が“おおっ”と湧きクシャラルが安堵の息を吐く、あれ? アイツ泣いてね。
可愛いとこあるじゃんか。
後で飯でも奢ってやっか。
ドズンはコクリと頷いて、組んだ腕の合間から親指を立て合図を送って来た。
分かっていらっしゃる。
「がぁっ糞野郎がぁ! 殺す! 殺してやる!」
俺は眼を吊り上げ鼻を寄せ犬歯を剥いて、前に翳した両手を握り怒りでワナワナと震わせる。
「おっ、結構元気いいじゃねぇか。
シグマよう、みっともないぜ。
男がそんなに取り乱しちゃあ。
さっきまでは格好付けてたのに、台無しじゃねぇか」
やれやれと肩を竦めて、ニヤニヤと嬉しそうに顎を摩るギャロップ。
馬鹿が。
悪いが俺が面倒臭い事してんのは、お前が属してる組織の為だよ。
勘違いしてんな。
そろそろ頃合いなんだから覚悟して貰う。
二転三転して劣勢からの逆転劇、やっぱりドラマは必要だよな。
ヨロヨロとフラつきながらも構える。
前に翳した両掌、肩幅位に開いた両足。
もうギャロップがこちらに来てくれなければ、俺からの攻撃すら儘ならない佇まい。
全てが演出だが。
「いいねぇ、一か八かの特攻での待ちか……嫌いじゃないが、もう何もかも遅ぇぜ。
勝負は時の運、悪く思うなよ」
「まだだ……まだ終わってねぇ。
俺が闇の最強になるんだ」
泣きそうな顔で現実を無理矢理に否定してます、みたいな感じが出てると良いが。
「シグマよう、中々熱いじゃあねぇか。
見直したぜ、漢を見せやがる。
楽しかったぜ、じゃあなあばよ」
突進して来たギャロップの拳を、流水でぬるりと躱し両腕を突き出して叩き付ける。
視界の隅に、驚愕したギャロップの顔があった。
『壊波!』
限界を突破して、辛くも届いた風に装う。
「闘技、龍華掌」
浸透勁に名前を付けたのだ。
相手の頭から血液が吹き出て、赤い華を咲かせる事から名付けた。
勿論、手加減して放った打撃はギャロップに更なる血反吐を吐かせるが、命までは取らずに意識を根底から刈り取った。




