第三十八話 仇討ち
「馬鹿で結構。
だが、やるしかない! 駄目でも無茶でも何でもな。
笑うなら笑え! 仲間の仇を未だ討てずに足掻く馬鹿な男だと。
お主の打撃技の修練にそれ程の時間が掛かるなら、伝授は頼めんと云う事は分かった。
なら儂は儂で、コツコツ頑張るしかあるまいて」
俯いていた顔を挙げてから、殊勝な台詞を吐くドズンの顔付きには、絶望が垣間見える。
漢だから吠えるが、理性では分かっているのだろう。
叶わない仇討ちを何時までも抱えて、歳を取りやがては朽ちて行くと云う事を。
だから俺の馬鹿野郎呼ばわりも、流す事が出来たのだろう。
どうやらドズンは、哀しいまでに漢であったらしい。
そろそろ、助け船を出して遣る事にするか。
「ドズン、俺がお前の仇討ちを手伝ってやろうか?」
クシャラルがそうこなくてはと、喜色を浮かべた顔で頷く。
ドズンの茶色の毛髪や髭で埋もれた顔が、驚きに染まる。
「シグマよ、気持ちは嬉しいが、お主は分かってはいまい。
伝説に挑む難しさを、そして奴の強さもな」
俺は、呆れるドズンに向けて手を翳して抑える。
「まあ、お前の懸念も最もだ。
3日後、俺はギャロップと闇試合で闘う事になっている。
その闇試合でギャロップに勝利する事を約束しよう。
そしてお前が俺の仲間に入りたいと思う試合をしてみせる。
どうだ? 興味が出るだろ」
ん? と俺は首を捻って問い掛ける。
だが、ドズンは困惑した様子で問いかけて来た。
「シグマよ、儂の境遇に同情してくれたのだろうが、本気でギャロップに勝てると思っているのか? 確かにお主は強いがギャロップはもっと強い。
伊達に今まで、最強を名乗ってはいないぞ。
アイツの天秤流は儂も含めて、幾多の挑戦者を破ってきた。
悪い事は言わんから、挑戦するのは止めておけ。
相手が悪い。
多少の恥は掻くが、相手が悪かったと皆も納得するだろう」
クシャラルもドズンも、俺が敗れる予想しか言いやがらん。
俺は、椅子から立ち上がり宣言する。
「お前達が何と言おうと、俺はギャロップと闘って勝利するつもりだ。
そしたら、ドズンには俺の仲間になって貰う。
そして、その暁にはお前が赤毛人に一矢報いる手助けもしてやるさ。
クシャラルも、そんな心配な顔ばっかりしないでくれないか。
俺はギャロップなんぞには負けやしない、絶対にだ」
ドズンは俺の言葉が余程意外だったのか、呆気に取られた後で挑む様に確認してくる。
「お主が本気でギャロップに挑んで勝つ算段なのは分かった。
だが闇試合に勝ったら儂を仲間に入れ、更に仇討ちの手助けまで申し出るのは何故じゃ? お主の本当の狙いは一体……?」
「俺にも、目的がある。
その為には人手が必要だ。
それがドズン……お前だ。
闇試合で対戦した時に、お前の嘆きを俺は肌で感じた。
なら、話は簡単だ。
お前の問題を解決してやればいい。
それで俺は使えそうな奴を仲間に出来て、お前は宿願を果たせる。
誰も損しないし、皆がお互いに得だろ?」
ドズンは照れくさそうに鼻の頭を掻いて、厳かに宣言する。
「お主はあの時の闇試合で、何故か知らんが儂の嘆きとやらを見抜いたと……。
多少、嫌、かなり煮詰まって居たのかも知れんのは確かか……。
正直に言えば儂の頭の出来では、これ以上どうすれば仇討ちが果たせるのかが、とんと分からんかった。
そしてお主は、そんな儂を導いてくれると言う。
なら見せてくれ。
そして儂を納得させてみろ! お主と組めば仇討ちが叶うというのならば、儂の命なんぞ幾度でもお主に捧げると亡き友に誓おう」
隣でクシャラルが溜め息を吐いた。
「あんたがそこまで覚悟してんのなら、仲間としては全力で応援するしかないさ。
いざって時は体を張ってでも闇試合を止めるからね」
クシャラルにも、俺の覚悟が届いた様だ。
いや、諦めたのかも知れない。
最悪の場合は、体を張って中断させるとまで言ってくれるんだしな。
その日は結局、俺がギャロップと闘ってからの話だと結論が出て解散した。
そして、闇試合の日まではクシャラルに文字を教えたりして過ごす。
今、俺は黄昏亭の二階にあるドズンの部屋に居る。
ドズンが自分の部屋を、俺の闇試合前の控え室として提供してくれたのだ。
ドズンもクシャラルも黙って、俺を見詰めている。
もう日も暮れて窓の外は真っ暗な闇に覆われ、黄昏亭の広間では既に幾つかの闇試合が行われた。
ギャロップが準備をさせると言っていた通り、俺と云う謎の武術使いと、闇の最強であるギャロップとの闇試合は、相当に熱い話題として民衆の間では駆け巡った様である。
普段の闇試合と比べれば、倍程度の観客が入り混雑している。
前座の闇試合が終わる度に、観客からの歓声が挙がり盛り上がる。
そして全ての前座闇試合が終り、いよいよ俺とギャロップの闇試合が始まる。
広間では前世のこういった試合でよくある、司会の前口上が行われている。
扉越しにだが、注目度の高い闇試合が開催された経緯に付いて、司会が述べるのが聴こえる。
武人同士の魂の共鳴現象が実現させた奇跡の対戦だとか嘘八百を並べて説明しているが、漸く終わった様で観客の拍手が潮騒の如く鳴り響く。
いよいよだ。
自分の心臓の音が、流石に五月蝿い。
ドクドクと血液の流れる音が、耳鳴りの様に俺の精神集中を妨げる。
緊張してるのか? 俺が? 自分よりも弱いであろうギャロップに? 何故? 多分だがギャロップが相手だからでは無く、対戦相手が誰であったとしても起こり得る自分自身の現状に対してか。
負ければ、それなりに拡散した俺の評判も地に落ちる。
機会とは何時も一期一会であり、逃せば再び巡り会うのは難しい。
ならば俺は俺の、出来る限りの事をするだけの事。
そう認識し自分自身を鎮めると、何時も淡々と行う呼吸法を充分な深さと余裕を持って行う。
司会が流れる様な調子で、最後の口上を放った。
「皆様も御存じの新鋭気鋭の闇者、その不思議な技は余多の闇者を葬り去り遂には山脈すらも制覇しました。
今宵その闇者は無謀なる挑戦なのか、それとも栄光への更なる飛翔なのかは定かでは在りませんが、闇試合の頂点へと挑みます。
その名は闘神のシグマ!」
司会が俺の2つ名を叫んだ瞬間、既に俺は扉を開き二階の手摺を蹴って空中に身を投げ出す。
高い跳躍から膝を抱え、二回転宙返りからの一回捻りを極めて広間の中央に着地する。
前世の前方二回転宙返り一回捻り(ムーンサルト=月面宙返り)に、観客が爆発した様に歓声を挙げる。




