第三十六話 登頂
二人で酒場を後にすると突然クシャラルに手を掴まれ、道の端っこまで押しやられる。どこかの家の壁に押し付けられ、彼女に壁ドンされた。
「シグマ! 最初からアイツとグルだったんなら、言っといてくれても良かったんじゃないかい? あんたが変な笑い方したから、流石に気が付いたよ。あんたが最初から教えてくれれば、あたしだって演技位は出来るさ。あんたの目には、そんなにあたしは頼り無く見えんのかい?」
クシャラルの眼が爛々と燃えている。は? 何言ってんのコイツ? グル? 多分ギャロップの事か。コイツは、あの酒場での一連の一幕が芝居だと思ってんのか。気が付いたって言われても困る。
「クシャラルよく聞けよ。俺は、ギャロップとはさっき初めて会ったんだ。だから誰も芝居なんて打ってないし、俺が笑ったのもお前に安心しろって合図だったんだよ」
爛々と燃えていた瞳に驚愕の色合いが浮かび、それがクシャラルの顔全体に拡がって行く。
「はあ?! まさか、あの化物と本気で勝負する気かい。幾らあんたに不思議な力が有るからって、そりゃ無茶ってもんさ。ドズンよりもずっと強いんだよね?今ならアイツも許してくれるかも知れないし、詫びを入れれば丸く収まる筈さ。仲間が詰まんない意地で危険に飛び込むのを、黙って見てらんないよ」
今度ばかりは自分が正しいとばかりに、クシャラルが胸を張る。まあ、あの化物を間近で見れば至って普通の物言いだとは、俺も思う。
「クシャラル、心配してくれて有難うな。でも心配しなくても大丈夫だ。俺には勝算がある」
俺が強がって言っているだけなのか、確かめる様にクシャラルは俺の眼を覗き込む。そして彼女は溜め息を吐いた。
「まあ、あんたは随分と計算高い奴だからさ。そのあんたが、勝算が有るって言うんなら何とかする自信が有るんだろうね。で、勝算って?」
俺の思惑に興味が湧いたのか、首を傾げてクシャラルが問い掛けて来た。
「そうだな、簡単に言えば鈍器を使う。それでギャロップをぶん殴るんだ」
俺の発言が余程意外だったのか、クシャラルは口をパクパクさせる。
「あんた自分の言ってる事が、分かってんのかい? 闇試合じゃ武器の使用は御法度だよ。直ぐに闇試合の主催者達に囲まれて、酷い目に遭わされるんじゃないかい。考え直した方がいいと思うね」
俺の勝算とやらに期待した分だけ落胆が激しいのか、呆れた様子でクシャラルが肩を竦める。
「まあ黙って見てろよ。魅せてやっからさ」
俺は手をヒラヒラと振って、これ以上は議論するつもりが無い事を強調した。クシャラルも今は何を言っても無駄とばかりに口を紡いだ。
「それよりも、とっととドズンの所に押し掛けるぞ」
そう言って、まだ渋るクシャラルを促して歩かせた。ドズンの居場所は俺の脳地図に示されている。それに従い歩いて行くと、闇試合の会場でもある酒場兼宿屋の黄昏亭に到着する。どうやら二階の部屋に居る様だ。
黄昏亭に俺達が入ると、冒険者達の視線に晒される。こんな事に一々反応なんてしてられん。ベテラン冒険者の割合の高い店だし、無体な真似する馬鹿はいないだろう。だが左の奥の2階への階段へ向かう途中、[魔神の剣]のアダマカスに呼び止められる。
「シグマ君、丁度良かった。君に訊きたい事が有る。ガタルの事だ。あの夜、闇試合の後に亡くなったそうだが、その事で君とガタルの闇試合後の様子を衛兵に尋ねられてね。ガタルが興奮していて、君が恐縮していたと教えたよ。何かしら様子が変だとは答えたのだが、それで良かったのかね?」
アダマカスが、此方を窺う様に報告する。落ち着いた対応で、俺の望んだ答えをしてくれた様だ。
「勿論です。ガタルさんが亡くなった事は残念でしたね。アダマカスさんが見たままを忠実に報告したならば、何の問題も有りません。ですよね?」
穏やかに微笑む俺を見て、アダマカスは身震いをした。中々勘が良いようだ。俺の笑顔の裏にある何かを読み取ったらしい。
「分かったよ。君と友人で良かった様だ。友人……と考えていいんだな?」
アダマカスは慌てて確認を取る様に尋ねてくる。
「当然じゃないですか、私達は友人ですよ。何しろ闇試合で拳を交えた事ですし、あっ、私達は足を交えた訳ですが」
俺の寒い冗談をアダマカスはスルーして、やれやれといった雰囲気で嘆息する。
「お互い宜しくやって行けるなら、それでいい。だがウチも、いざって時は牙を剥いて喉笛に噛み付けると云う事を、忘れないでいてくれ。では失礼するよシグマ君」
アダマカスがテーブルに戻り、ジェイドが話し合いの内容を問い詰めている。
アダマカスは勘が鋭い男の様だ。気を付けよう。クシャラルが囁く。
「今のって例の話だよね? アイツ、アダマカス……さんは多分だけど気が付いてるよね。あの様子だと大丈夫みたいだけどさ」
「ああ、お互いの仕事の邪魔さえしなけりゃ、気にしないってよ。でも、邪魔したら噛み付くと釘を刺されたな。じゃあ行こうか」
階段を上がり、ドズンの居る部屋の前に着いた。ノックをすると、中からドズンの声で返事が来る。
「誰だ?」
「先日貴方と闇試合を行ったシグマです。お見舞いに参りました」
勧誘出来るか確かめに来ましたとは、まだ言えない。兎に角、部屋の中に入れて貰う事が先決だ。そして世間話に織り混ぜて、ドズンの内情を探ってゆく段階だと思っている。だが、世間話の間に見抜かれる恐れも有るが、そこは出たとこ勝負かな。
足音がして扉が開かれる。髪も髭も瞳も相変わらず茶色のドズンが顔を覗かせた。ゼリム謹製のギブスを右肩に付け、窮屈そうにしながら唸る様に言う。
「お見舞いだと! お主、儂をからかってるのか? 儂の右肩は骨折しておったわ。そのお主が儂をお見舞いする? 何の冗談だ」
落ち着けよドズン、お前の骨折は後三日もあれば完治するさ。百日位で治る骨折が、俺の脳プロにより治癒力10倍になり、百日が十日にまで短縮化したのだ。こっちが逆に治療費を請求したい位である。
「しかしながら、知らん振りして挨拶もしないなどと噂されれば、私共の評判にも影響が出て参りますので。御許し願えませんでしょうか?」
嫌味か? 何て言うからあくまでウチの評判の為に来てます、と言ってやった。ドズンが眉間にグッと皺を寄せた。
「シグマよ、お主のその勿体振った喋り方は何とかならんか? 虫酸が走る。お主は冒険者だろうに、前の態度も憎たらしかったが、まだ我慢は出来る。しかし、その鬱陶しい喋り方は我慢がならん。普通に喋れ」
くっ、偉そうに……ムカつく。捨て台詞吐いて帰ろっかな。イヤイヤ、短気は損気。コイツも負けるわ怪我するわで鬱憤が溜まってんだろう。ここは寛大な心で接してやるか。
「分かったよ、これでいいか? お前の方が年上だから気を使ったんだぞ」
「お主の方が強い。冒険者には結局の処、強いか弱いしか通用せん。儂に勝ったお主が負けた儂に気を使うな」
勝敗に言及した時に、ドズンの瞳が少し揺らめいた。結構ドズンは負けず嫌いなのかな。まだ、ドズンの中で完全に消化しきれて無さそうではある。
「ドズン、少し話でもしないか? お前の噂は色々と聞いた。その上で訊きたい事がある。どうだ?」
ドズンが、訝しげに眉を撥ね上げる。
「噂か……まあいいがな。部屋に入れ、そっちの娘さんもな」
間口を塞いでいた体を避けて、ドズンが部屋に招いてくれる。さあ、どんな交渉に成るかな。




