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第三十五話 豪腕

 誰かが俺を呼んだのかと辺りを見回した。するとカッツオーネファミリーの集団の一番奥。つまり奴等にとっての上座の位置の男が立ち上がって愛嬌のある笑顔で言った。


「なぁ? 闘神のシグマってお前なんだよな?」


 そこに居たのは肉塊だった。身長は185メル、体重は150グルドはあるであろう巨漢で、ドズンよりも身長は低いが体重は間違いなく上であろう。年齢層は20代後半位。頭髪が見当たらない理想的な卵形の頭に、真っ直ぐな眉毛とドングリ眼が張り付き、団子鼻や長方形の大口が自己主張をしている。服装は春に入って間もないというのに、茶色の革で出来たチョッキのみを羽織り、革の長ズボンに革サンダルのラフな格好。


 だが特筆すべきは表面的な見た目よりも、やはり肉体だろう。肉体の部位が全て太く形成され、盛り上がっている。筋肉が発達し過ぎた様な肉体。上腕などはクシャラルの胴回り位はあるだろうし、着ている大きめの革チョッキは胸の厚さでパンパンに張り詰めている。


 何コイツ? 筋肉? 人なの? だよな? 喋ったし俺の名前を呼んだよな。衝撃的な風貌だけで俺を圧倒してくれた輩に、どんな風に返事をするか。何しろ対応によっては、俺のお宝換金所になる可能性もある。でも無頼漢共に、敬語なんて使って下手に出るのは悪手でもあるだろう。


 あくまでお互いが対等の関係だと示さねば、場合によってはあちらが上の立場だと勘違いされかねない。それ位に無頼漢の達の業界は、上下関係がハッキリとしているのだ。謂わば弱肉強食の体育会系と言ってもいい。その辺りは相手の雰囲気で何となく使い分ければいいが、筋肉達磨には友に接する様な対応をするのが吉と見た。


「確かに俺がシグマだが、あんたは?」


 俺が返事をすると、筋肉達磨はドングリ眼を真ん丸に見開き、嬉しそうに破顔した。


「聞いてるぜ、お前がドズンを下したシグマか。俺は、カッツオーネファミリーの幹部を張らせて貰ってるギャロップだ。

 普通の体格でドズンを吹き飛ばしたって聞いてな、どんな奴なのか気になってたんだ」


 周りの冒険者達が騒ぎだす。


「ギャロップが気になるって事は、闘神の奴ぁ終わったな」


「だな、闇の最強者に興味持たれたら、後は逃げるか挑戦を受けて負けるしかねぇ」


「逃げれば腰抜け呼ばわりされてこの界隈じゃ舐められるし、受ければ受けたで闇の最強との勝負か……確かに終わりか。勝負には負傷者が付き物とはいえ、ギャロップの技で何人かは再起不能にされちまったしな」


 俺は周りの冒険者達の方に少しだけ視線を向けて、周り連中全てに今の話が俺にも聞こえていた事を示す。するとギャロップは今の話が出た事で、既に俺が逃げられない状況に出来たと更に嬉しそうだ。冒険者の面子って奴だ。臆病者呼ばわりされては、引くに退けない。


 でもギャロップよ、逃げられないのはお前かもよ。なんしか闇の最強か。技? まあこの体格は伊達じゃあないって事かな。でも筋肉達磨を倒せば、俺が最強認定されてこの界隈じゃ幅を利かせられるって訳だ。なら自然と筋肉達磨から勝負を挑んでくんのを待てばいいのか? それか俺から?


「俺の事が気になるってのは何でなんだ。気にしない方があんたの為だと思うぞ。周りの冒険者達が、あんたを最強だとか囁いてるしな。なら周りにそう言って貰ってる内が華なんじゃないか? 俺に興味を覚えたせいで、折角の名声が消えちまうかもよ?」


 すると俺から動いたのが余程以外だったのか、我が意を得たりとでも思ったのか、ギャロップは満面の笑みを浮かべる。


「言ってくれるなぁシグマよぉ、俺もドズンとやって二回勝ってんだわ。しかも、投げ飛ばしてな。どうだ? 更に興味が出てくるだろ?」


 何?! 投げ飛ばしてと来たか。技って奴はこれの事かな。この世界にまともな技って奴は、貴族の相伝剣術位しか無いのかと思ったが。筋肉達磨の言う通り、確かに興味が出てきたな。


「ドズンを投げ飛ばして二回も勝つか……まあ俺がドズンを吹き飛ばした時は俺の体格の事もあって皆が驚いていたけど、あんたが投げ飛ばしたって聞いても何か普通の事の様に聞こえるな」


 俺には既に筋肉達磨の技の種は挙がってるけどな。知らない奴等からすると、幾らなんでも不思議でしょうがない筈だ。だから豪腕なんて二つ名を付けて、あくまで腕力で投げ飛ばしている事にして皆は納得しているんだろう。


 んなわきゃ、ねえだろうに。梃子の原理に決まってんだろ! 腕力だけで、人ひとり飛んだら世話ねえ。まあ前世の御家芸を知らなければ俺も不思議に思ったか。


 ギャロップは、グローブの様に広い手を俺に向けてから左右に振る。


「ふふん、シグマよぉ、お惚けは無しにしようぜ。お前の体格で、普通にドズンを吹き飛ばせる訳がねぇ。お前も俺と同じ理に気が付いたんだろ? 俺は天秤を見ていたら、何となく気付いたんだ。重よく軽を制すってな。そして俺はこれを天秤流投術と名付けた。天秤流投術は徒手空拳では最強の投術だ。そこのテーブルに座ってる奴等も、弟子達でもあり部下でもあるんだ。天秤流投術創始者として悪いが言わせて貰う、天秤の理を利用してもお前は俺には勝てねぇぜ。天秤の理には、確かに体格を凌駕する事が可能な部分がある。だがな体格に差があり過ぎれば通用する限界を超えてしまうんだぜ。分かってんだろ? でもドズンとの闇試合の話を聞いた限りじゃ、お前は投げ技よりも打撃技の方が得意みたいじゃねえか。まあ普通の体格のお前は、早晩には天秤の理じゃ通用しなくなる事に気付いたんだろうな。だから打撃に逃げた。違うか?」


 ギャロップは指を俺に突き付けて、自分の推理を俺に叩き付ける。


 違ぇよ! 何にも分かってねぇな。まあ確かに前世の御家芸は体重で階級を分けちまってたし、外国勢に金を取られる事も珍しくはなくなってたよ。だけどな、重よく軽を制すって何だよ。柔よく剛を制すだろ! それか剛よく柔を制すとかも言うけどな。まあ、それなりに筋肉達磨は筋肉達磨で自分の技に誇りを持ってんだろうけど、何か目を覚まさして遣りたくなって来た。最強の筋肉達磨を倒す事でのメリットもあるしな。周りから逃げたとか言われたら困るし。やるか!


「ギャロップ……なら試してみるか? 本当にお前の天秤流が優れた投術ってんなら、こんな処で大口叩いても誰にも証明なんて出来ねぇぞ。確か三日後には太陽の日だから闇試合の日だろ? そこで白黒付けてやんよ。どうだ? お前の期待してた通りの展開だろ?」


「はははっ、嬉しいぜシグマ、この頃は中々俺と闘う奴が居なくてよ。俺の見込んだ通り、お前となら楽しめそうだ。そうと決まれば善は急げだ。闇試合の担当幹部へ使いを走らせて、本番に登録しとくわ。いいよな?」


「ああ」


 そこで俺達二人の展開に付いて来れなかった冒険者達が、目が覚めた様に騒ぎだす。静まりかえっていた酒場は、今や騒然としていた。


「うおおおっ! 闘神のシグマと豪腕のギャロップの闇試合が、目の前で決まっちまった。見てぇわ。俺ぁ絶対に見に行くぜ。怪獣同士の激突! どうなっちまうんだ」


「馬鹿! 興奮すんのは分かるが、豪腕が負ける訳がねぇだろ。今まで豪腕に何人挑んだと思ってる。闘神が床に叩き付けられて終わりだよ。夢見てんじゃねぇ」


「いや、今度ばかりは豪腕でもちょっと厳しいだろ。シグマがドズンを吹っ飛ばした技をまともに食らえば、ギャロップでも危ないかもよ?」


 相変わらず好き勝手に囀ずるな冒険者共は、こりゃ負けれんわ。ギャロップに俺が負けるとは思えん。だが、一応確認はしておこう。


「ギャロップ、闇試合への約束がわりに握手を交わそう」


「シグマ! あんた大丈夫だろうね! 勝算はあんのかい?」


 固まってたクシャラルも、やっと復活して心配してくれた。振り返って不敵に見えるかもと思っている笑みを見せてやった。それでクシャラルも何とか平静を取り戻す。俺に策があるのだろうと、思ってくれた様だ。策って言うか本気で正面からぶつかるだけの事だけどな。


「いいぜ、約束だ。俺を出来るだけの時間楽しませてくれ。頼むわ」


 ギャロップは、相手を探すのに苦労する程に強いんだろうな。冒険者共がビビる程に。俺が右の手を差し出すと、奴も右手を出して握手する。


 さてと……


「オットットッ」


 ギャロップがよろめく。重心を崩した様だ。


「大丈夫かギャロップ」


「ああ……嬉しくて舞い上がっちまった様だな」


「そろそろ俺も暇じゃないから行くぞ。次に会うのは闇試合の会場だな」


 クシャラルと共に出口へと向かい、手を振りながら声を掛ける。


「ああ、本当の武って奴をお前に教えてやるよ。シグマ」


 自分が負けるとは微塵も思ってないギャロップ。だが奴は最早、道化にしか見えん。試合にすらなりゃしねぇよ。


「精々俺に武って奴を分からせてくれや、じゃあな闇の最強」





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