第三十一話 仲間
詰め所を出てからクシャラルと仲良く繋いでいた手を名残惜しいが離した。演技での恋人関係であって、衛兵達の目がなければ必要のない行為だろうしな。俺はクシャラルに好意を持ってはいる。だが付き合って云々とかは、まだ考えてはいない。
この世界でも女性の処女性は重要視されていて、未婚の女性が非処女だと世間体が悪くなる。従って付き合うとは、基本的に結婚を前提にした関係になる。彼女の性根を試したといっても、流石にそこまでの関係はまだ早すぎると思っている。
もしクシャラルと俺が付き合ったとしようか。そうすると暫くすれば単純に男と女から人として向き合わざる得ない部分が出てくるのだ。そこからは人生の相棒として、一緒に歩けるかどうかが重要になってくる。金髪碧眼の紅唇美人を口説きたいと考える俺も確かに存在するが、男女の関係を越え人間同士として付き合っていけるか時間を掛けてお互いに見極めていきたい。
吊り橋効果なのか、クシャラルも仲間になってくれる様だから時間はあるだろう。まあ幾ら言葉で信用して欲しいとか護るからとか言われたって、実際に暴漢から躯を張って救われる事に比べれば説得力が段違いだ。
「クシャラル、大丈夫だったか? 衛兵達に変な事されなかったか? 疑われ無かったか?」
クシャラルは呆れた様に両手を拡げた。
「心配ないよ大丈夫さ、あいつら碌に取り調べもしなかったよ。それよりもシグマの事ばかり訊かれて困ったね。適当に恋人らしく答えておいたけど、端から見れば随分と馬鹿な女に映っただろうさ。何しろたいして知りもしないシグマの事を恋人らしく語らなきゃいけなかった訳だから。処であんた一体なにをやったんだい? ガタル? とかいう奴が死んだみたいだけど……」
少しばかり俯きながら、彼女は上目づかいで俺を窺う。確かにクシャラルとは出会ってから日が浅い事もあって、お互いの事なんて殆ど知らないし恋人の演技も大変だった筈だ。となると素敵だとか優しいとか抽象的な表現しか出来なかったなら、さぞかし頭の軽い女に思われただろう。
「ガタルか……簡単に言うとだな。金を寄越せとか、女を性的な生贄に用意しろとか、闇試合で八百長をしろとか脅されて、困った俺が人知れず殺した奴だ。挙げ句の果てに、ガタルのついでに殺した奴が偉いさんの親族らしくて面倒な事になったんだ」
クシャラルに詳しく変態のゴッソの事や、犯されて壊された女がいる事なんかも説明した。するとクシャラルは奴等に嫌悪感を抱いたのか、鼻に皺を作って表情を歪めた。
「シグマ! あんたのやった事は、お上は赦さないかも知れないね。でもね、あたしはあんたを許すよ。そんな屑みたいな奴等を殺した事を、あんたが気にする必要ないさ。あんたが人を殺した事を、気に病まないでくれると良いんだけどね……」
お? そういう事か。
「ああ、クシャラル。心配してくれるのは有難いが、もう俺は十六人程は殺しているから大丈夫だ」
爽やかに微笑んで俺は爆弾を落した。隠しても仕様がないし、クシャラルが冒険者を続ければいずれ必ず手を汚さなければ為らない。なら今の内に、彼女にも心構えをして貰わなければいけない。出来なきゃ、危険な事ばかりの冒険者なんかには成ってはいけないのだ。クシャラルは目を丸くして驚き、俺から距離を少し取る。そりゃそうか。幾らこの世界が物騒でも、成人したばかりの若僧が既に十六人も殺していたら怖いわな。
「もう十六人?! あんたの事は結構信用しているけど、幾らなんでも十六人は多過ぎるんじゃないかい? まさかとは思うけど、お天道様に顔向け出来ない様な疚しい事してんじゃないだろうね?」
嬉しい事にクシャラルは殺人の事実よりも、正邪の是非を問うてくれる。大事なのは信念だって事だ。本当に気合の入った女だな。これなら冒険者としてやっていけるだろう。
「クシャラル、慌てるな。俺が疚しい事をしていたら、簡単に教えると思うか? 当然隠すだろ? 殺したのは全員糞みたいな連中ばっかだよ」
明らかにホッとした様子で、クシャラルが息を吐いた。
「まあ、あんたの事だから喧嘩上等で買ったんだろうけどさ。そんな奴等には負けないんだろうけど気を付けなよ」
クシャラルは随分と優しいな。
「クシャラル、俺の本当の宿【炎と水の景観亭】に着いたぞ。俺の部屋でこの間の続きを話そう」
「あんたこんな高級な宿に泊まってたのかい。あたしは素泊まりの宿に泊まってたってのに。大体あんたはこれから古代帝国の遺跡でバンバンお宝を発掘すんだよね? なら金を持ってるとか思われたら遺跡からだとか怪しまれて、駄目なんじゃないかい?」
クシャラルは紅唇の先を尖らせてから、眉を寄せて皺を作った。
「いや逆だろ、貧乏してた奴が急に羽振りが良くなると目立って怪しまれる。だけど元々金持ちだったと認識されれば遺跡からだとは思われない。俺が自分の箔付けの為に闇試合に出たのも、腕っぷしが強ければ稼げる筈だと周りに思われるからだ。遺跡で稼いでる事を隠す為には、別の何かを周りに提示しなきゃならん。分かるよな?」
「確かにあんたの言う通りかもね」
俺達は宿の部屋に入り、食堂から香草茶を運んで貰いテーブルを挟んで向かい合う。
「クシャラル、まず言っておこう。俺はお前とポムとして活動していた時、俺の正体以外の事に関しては常に誠実に対応していたつもりだ。それに俺はお前を試したが、今度はお前が俺を試して欲しいと思っている。これからの俺との盗掘屋稼業で、大切な仲間であるお前を裏切ったりしない信頼出来る仲間であると証明させて欲しい」
俺はクシャラルの目を真っ直ぐに見詰める。彼女も俺と同じ碧眼を微塵も動かさずに、真剣な表情で聞いている。
「あんたがポムさんだった時にあたしは信用出来る人だと判断した。だから騙されていたと分かった時もそのまま直ぐに関係を切り捨てる判断をしなかったんだよ。だから、あんたに悪気があったとは思っちゃいないし、あの時言った様に理屈じゃ納得はしてるさ。感情は納得してなかったけどね。それも助けてくれた時に何かどうでも良くはなったよ。女伊達らに冒険者なんぞやろうってんだから、あんな事は何時でも起こり得る事さ。それに今度はあたしがあんたを試す? 面白い事を言うじゃないかい。結局はあんたの仲間に成るのと何が違うんだい?
でもまあ、あんたに騙されるのは初めてじゃないしね。あたしに証明出来るもんなら証明して見せてみな!」
クシャラルは今までで、一番の笑顔を見せて俺に笑い掛けてくれた。うん、彼女には屈託のない満面の笑顔が似合う。惚れそうに成る程に。
「クシャラル、それじゃあ……俺と盗掘屋稼業をしてくれると考えていいんだな?」
俺も満面の笑みで問い掛けた。
「そうだよ、あんたの盗掘仲間に成るって言ってるのさ。でもいいのかい? 実力じゃあんたにゃとても敵わないけどね」
仲間に成ると決めたはいいが、今度は俺との実力差が気になるのか少し不安気味に訊いて来た。
「大丈夫だ。何よりも大事な事は既に試してる。そこが駄目なら幾ら強くったって仲間には出来ない。お前が必要だ。俺に付いて来てくれ」
俺は握手を求めて手を差し出した。その手をクシャラルが力強く握り返す。暖かい手は仲間の温もりを俺に感じさせて、俺の心も少しは温もった様な気がする。




