第三十話 白状
嘘発見器は、戦後に科学が発達し始め科学万能説が人々に認識された時代に一種の脅しとして使用された。嘘発見器に掛かれば嘘を見抜かれると思ってしまい。犯罪やらの犯人確定の際の脅しに使われたのだ。実際はそれほど正確な物では無く曖昧な物だ。だが、科学万能説が人々の思い込みに繋がり必要異常に恐れる事で、嘘発見器に掛かり罪が暴かれるよりも自供して減刑した方がと考えた人々もいた様だ。前世の現代では裁判においての証拠能力は認められておらず、精々裁判官の心証に働き掛ける事位しか出来ない。
犯罪捜査員達も曖昧な物だと分かっている為に、無作為に事柄を述べて合間合間に犯人しか知り得ない事を混ぜ、容疑者が反応するかどうかで事件の関係者なのかどうか試す事を行う位の消極的使用法に移っている。何故嘘発見器が曖昧なのかは、証言する人があがり症だった場合生理的反射が乱れてしまうからだ。それと人々が原理を知ってから嘘発見器が嘘を付く時の生理的反射を読むのならと、肉体的興奮状態を作る為に歯を食い縛ったり呼吸を乱したりして読み違えさせたり、質問を聞いた芝居をして機械的に返事をするなど、嘘発見器を騙すのではなく曖昧な結果を出して検査自体を無かった事にするグレーゾーンな対策法をした事からだろう。
しかし質問をする人が熟練の人の場合だと、様々な種類の質問を織り交ぜ機械的返事を許さず、不自然な肉体的興奮も咎められる。まず無関係な質問などで通常反応を確認する。次に誰でも少なからず心当たりがある動揺する質問などで感情的に振れた時の反応を確認する。最後に本題の質問で止めを刺すらしい。その場合は証拠能力は無くても、かなり捜査員にマークされ裁判官にも限り無く黒に近い灰色と判断される事もある。特殊な脳の状態のサイコパスやロボトミーや自己催眠などは論外だ。
俺は今回、真っ向から嘘発見人を騙すつもりだ。まず俺の無念無想で身体に表れる無意識表現を抑制する。そして呼吸法で心臓の周りに空気を送り物理的に心拍数を抑制する。更に現代でも有効性が有るとされている一般には知られていない方法がある。
まず質問をされたらその質問に対して吟味して答を考えるのだ。真実を言った時のハイかイイエ、嘘を言った時のハイかイイエの4種類の内どれが一番自分にとって都合がいいのかを考える。そして決まったら頭の中で全く関係ない質問を作成して、自問自答するのだ。
例えばトラックに轢かれた事がある? 答えは真実のハイだ。俺は実際に轢かれた事があるからな。逆にイイエと答えれば嘘のイイエになる。神様にチートを貰った? 答えは真実のイイエだ。神様に会った事はない。逆にハイと答えれば嘘のハイだ。
この様に質問と4種類の回答を自問自答して肉体的に口に出すと、嘘発見器で測定する際ですら騙す事が可能だ。灰色の判断を下される方法と違って、自分に都合の良い結果で更に熟練の嘘発見器質問人からの厳しい追及すら躱す事が出来る。おっと爺さん達の準備が出来た様だ。
爺さんがテープル挟んで向かい合い俺の手首を握り脈を取る。そしてプーケット隊長が予め用意した事件の核心に迫る質問をする形式だ。
「シグマ君がガタル氏に会ったのは闇試合が初めてかい?」
俺はトラックに轢かれた事があるか? 真実の「ハイ」
「ガタル氏の友人のゴッソ氏に会った事があるかい?」
俺は神様にチートを貰った事があるか? 真実の「イイエ」
「ガタル氏との闇試合の後で直ぐに宿へ帰って寝たのかい?」
俺はトラックに轢かれた事があるか? 真実の「ハイ」
「ガタル氏若しくはゴッソ氏に恨みや妬みがあった?」
俺は神様にチート貰った事があるか? 真実の「イイエ」
「ガタル氏とゴッソ氏に危害を加えた輩に心当たりがある?」
俺は神様にチート貰った事があるか? 真実の「イイエ」
「シグマ君自身がガタル氏とゴッソ氏を殺害した?」
俺は神様にチート貰った事があるか? 真実の「イイエ」
そろそろ俺の都合の良い結果に誘導してやるか。
「闇試合の後でガタル氏と何かを話したか?」
俺はトラックに轢かれた事があるか? 嘘の「イイエ」
爺さんが嗤う。爺さんがプーケット隊長に向かって首を振る。すると隊長が頷いた。
「私に証言した内容には全て真実を話した?」
俺は神様にチートを貰った事があるか? 嘘の「ハイ」
爺さんが、またもや首を振る。ここでプーケット隊長が爺さんに終了の宣言をした。
「シグマ君、悪いが君の嘘が露見してしまった様だよ。君はガタル氏と闇試合後で何もなかったと言ったが会場で話をしているね? 何故そんな嘘を付いたんだね? 君は確かにガタル氏やゴッソ氏に危害を加えてはいなかった様だが、証言に嘘を付くのは問題だ。だが私は君を観察していて、理由も無しにそんな愚かな事をする青年では無いと判断している。しかし事によってはこちらもそれなりの対処をしなくてはならないんだが? 本当の事を話してくれるね?」
引っ掛かった! 俺はガタル如きの殺害で臭い飯なんざ食う気はない。いや処刑になるのか、この罪科の場合。俺は呆気に取られた顔で二人を凝視し、腹の底から叫ぶ。
「馬鹿な! 何故そこまで分かったんですか! 私は友人達からも冷静沈着で通っています。絶対に気取られる様な仕草は無かった筈です。何故……」
俺はテーブルに突っ伏し両手で顔を覆った。嘘を暴かれ慄く青年を演じる。
「フェフェフェ、小僧もやっと儂の真理探究の術の凄さが分かったようじゃな。愉快愉快、プーケット隊長儂の役目はここまでの様だのぉ。小僧の嘘はガタル氏と闇試合の後で話をした事だけじゃわい。それ以外は本当の事しか言ってはおらん。儂は研究の確かな手応えさえあれば良い。後の事は儂の関知せん事柄じゃ。興味も無い。ではの、プーケット隊長」
爺さんは上機嫌で扉に向かいトマス副長に「流石ですね」なんて言われ「カッカッカッ」と高笑いしながら部屋を退出し最後に俺に向かって捨て台詞をかました。
「小僧には少しばかり、この世の真理探究の道は険しかった様だの。これに懲りて年長者の叡智をもっと怖れ敬う様にな」
爺さんが上機嫌な調子で去っていく。俺は真実と彼等が欲しがる俺の嘘を提供してあげたのだ。案の定彼等はそれに飛び付いた。真理探究の術に自信が有れば有るほど面白い様に踊ってくれる。
「シグマ君、少しは落ち着いたかい? 話してくれるね? 本当は何を闇試合後でガタル氏と話したかを」
「はい、まさかヒポグラフ博士の研究がここまで私の嘘を見抜くとは想像もしていませんでした。しかし! この話は隊長と副長だけの胸の内にだけ留めておくと約束して頂けませんか? 一人の立派な勇士の誇りに関わる事柄ですので」
俺は二人に念を押す様に確認した。
「ジグマ君が話した内容にも依るが、もしも誇りに関わる事柄なら最大限の配慮をして口外しない事を約束する。トマスもそれでいいな!」
「ハッ」
敬礼するトマス。
「分かりました。実はガタル氏に私が勝利した後で、ガタル氏が私の強さに惚れ込んで遂には懸想してしまったのです」
二人の息が詰まると納得の表情で頷いた。この世界は人間には優しくない。険しい自然、脅威的な化物達、ままならぬ食物生産、そんな世界では子孫を残せない非生産的な衆道は禁忌とまではいかないが、忌避される関係と認識される。
「知っての通り私には最愛の恋人のクシャラルも居るとお伝えしたのですが、ガタル氏はまるで熱病に侵された様に私に執着なさっておいでの御様子でした。そして今夜直ぐにでも御自分の彼氏に別れを告げるので、自分の恋人になって欲しいと告白されました。殆ど私の言葉はガタル氏に伝わっていない御様子で、待っていてくれと言い残して去って行かれました。これでお分かりになったでしょう。彼はゼームの衆だったのです。これがプーケット隊長に私が嘘の証言をした理由です。魔神の剣のアマダカスさん達に確認して頂ければ、ガタルさんと私の様子が変だった事も証言して頂けるでしょう」
「成る程それで二人はあんな格好で死んでいたのか……だとすると何とかあの方にも納得して頂くしかないな」
プーケット隊長はブツブツと独り言を呟くと、俺に向かって宣言する。
「ジグマ君、疑って済まなかったね。君がガタル氏の誇りに配慮して証言を偽証した件は不問とする。トマスもそして私も、決して口外しないと約束するよ」
こうして俺は極悪な殺人犯でありながら、無事に法的な無実を勝ち取った。そして殆ど尋問らしい尋問をされていないクシャラルと共に詰め所から退出した。




