第二九話 嘘発見人
一瞬だけ途轍もなく物騒な考えが頭をよぎるが、この世界に魔法が存在したなど聞いた事もない。存在したとしても、それが即ち俺の犯罪を証明する魔法だとも限らない話だ。詰所の人間を悉く皆殺しにしたとして、クシャラルと愛の逃避行と洒落こんでから一体どうすると云うのか。合流予定の双子達にも、一緒に犯罪者として一蓮托生になってくれとでも頼むのか。最悪どん底まで追い詰められれば、巡って行くのはそんな方向性だろう。そもそも俺は聖人君子ではない。いざと云う時は先程の物騒な考えすら行う心積もりはあるが。だが今から魔法爺さんが何をするのかさえ、分かってはいないのだ。ここは落ち着いて対処するべきか。物騒な思考をした瞬間に、一瞬だけ握り込んでしまった拳を弛めた。拳から俺の緊張と汗の雫が滴り落ちて消える。
「初めましてシグマと申します。ヒポグリフ博士とお呼びすれば宜しいのでしょうか?」
「その呼び方で結構じゃよ。別にお互い仲良くする為に名乗り合った訳でもあるまいに。儂は自分の理論を実際に現場で活用出来れば満足じゃからして、お主は儂の実験で自分の身の潔白を証明すれば良かろうて。本当に無実ならのぉフェフェフェ」
簡単に言ってくれるが、俺が真犯人なんだよ! 俺が屑どもを闇から闇へ葬ったの! 捕まったら死ぬの! 分かった? まあ葬らなけりゃ屑に纏わり付かれて、更に繋がりが出来ていただろう。そして周りの人々から屑の知人認定されて、殺した時に疑われる材料が増えたかもな。だから只の試合相手だった位の立ち位置で屑を手早く葬れたのは良かった。まごまごしてれば、もっとややこしい事になっていただろう。あの状況で穏便になんて考えられん。ガタルは確実に追い込みを掛けようとしてたかんな。どうやら運悪く、ガタルの連れが面倒臭い立場の奴だったのは予想外過ぎたが。兎も角、爺さんの真理実験とやらが想像した通りの魔法なのか確かめよう。もし誤魔化せなければ詰むな。おい! プーケット! 爺さんの不躾な態度に何か言ってやれや! 俺はプーケット隊長に視線を送った。
「シグマ君、私は基本的に全ての容疑者に成りうる可能性のある人物を、疑って掛からねば為らない。それは己の命も顧みず、冒険者の集団に殴り込んで恋人を救いだそうとする君でもだ。分かってくれるね? これは君の為なんだ。博士が行う事に付き合えば身の潔白を証明出来るさ。衛兵としてじゃなく個人として私は君を信じてるよ」
嘘八百並べてんじゃねぇ! 大体お前屑共の遺体が発見されたとは言っても、死因とか全然説明してねぇじゃねぇか。でも何らかの事件性は匂わせて事故ではない事をこれでもかと強調しやがって。俺から事件性があった事として殺人やら何やら尋ねたら嬉々として何で殺人だと思った? なんて突っ込み入れる気満々だった筈だろ。白々しいんだよ! 糞! 雑魚の冒険者共に散々絡まれても化物に襲われても余裕を持って対応出来たが、国家権力は流石に無理だ。
どっかの主人公みたいに国王様に上等こける根性は、俺には無いな。国家の最高権力者ですら説き伏せられるとか驚愕に値する。俺の現実は木っ端役人と鎬を削るのが精々だ。
「どうやら私はガタル氏が死亡した際に発生した事案の、何らかの容疑者としてこの場に居るのだと再認識した方が良い様ですね。その事は非常に残念に思いますが、信じて下さるプーケット隊長の為にも容疑を晴らさせて頂きたいです。ですがヒポグリフ博士が行う事柄の内容を知らない私からすれば、こう言っては何ですがヒポグリフ博士の胸の内一つで結果が左右されないとも限らないですし。その辺りの事情や、行う事柄の実際の内容がまだ私に説明すらされていません。これでは私には、ヒポグリフ博士の行う事柄で本当に私の無実が証明出来るとは到底思えません」
この発言でヒポグリフ爺さんのやる事から、何とか信憑性を剥ぎ取る事が出来れば万々歳なんだが。
「喝! 儂の崇高なる研究をそこらの俗な輩の物と一緒にしおってからに、儂が大事な成果を適当に報告する訳があるものか!」
プーケット隊長が頬を掻きながら、地団駄を踏む爺さんを宥める。
「まあまあ博士、シグマ君も自分の事ですから色々確かめたくはなるでしょう。シグマ君、博士は元精霊教会所属の医師で引退してからも精力的に御自分の研究をなさっていてね。博士の研究が捜査に有効に作用する事から協力をお願いしたんだよ。それからは博士の実験で怪しいと判断された者だけを、少々強引に尋問してみたんだ。すると今の処、全員が犯人しか知らない事を自供してね。大幅な尋問時間の節約や冤罪の回避にも役立っているんだよ。私達も、人の叫びや苦悶の声を好き好んで聴きたい訳ではないからね。それに実験と言っても、博士が医師をなさっていた頃の様に手首の脈拍を測りながら、質問にハイかイイエで答えるだけの事なんだよ。どうだい? 簡単だろ?」
なんと! 脈拍を計りながらハイかイイエで答えるって嘘発見器みたいだな。どうやら爺さんの医師時代の経験則から発展した原始的な嘘発見人と見たが、確かめないとな。でも実際問題、脈拍を人間の指先で測るだけでそんな事が分かるのかと云うと、恐らく可能だ。前世の研究者が人間の指先の感度実験を行ったが、成人男性の指先が何とレーザーポインターの刺激に反応出来たのだ。光の粒子すら把握する事が可能な人間の指先なら、少しの脈拍の変化を捉える事すらも可能だ。
爺さんの指先は年齢による鈍化が考えられるが、医師時代の経験の方が物を言うだろう。多分脈拍だけじゃなく、瞳のまばたきとか。嘘をついたら目が左上を向く事。これは想像を司る左脳を無意識に覗き込もうとしてしまうからだ。逆に真実を言うと右上を向く。記憶の引き出しを司る右脳を、これも無意識に覗き込んでしまうからだ。まあ、飽くまで目安だが。あと、掌の汗や顔色、表情筋に数え上げれば切りがない。
前世の嘘発見器は、腹、胸、指先、手首に測定機器を着け、腹や胸で呼吸を測定し、手首で血圧と脈拍、指先の汗からの電気信号の変化などの生理的反射を測り嘘を見破る物だ。もっと綿密に測定する場合は脳波や声紋なんかも測るらしいが、流石に爺さんは脳波の事など知らないだろう。
「は?! 済みませんが御二人が何のお話しをしているのか、さっぱり分かりません。私の脈拍を計りながら質問にハイかイイエで答えるのですか? それで犯人かどうかの判断が着くのですか?」
全然分かって無い素振りをしないといけないだろう。彼らにしてみれば最新の研究成果なのだから、俺みたいな冒険者如きが理解出来てはいけない事の筈だ。
「ジグマ君がそう思うのも無理は無いが、事実だと思って貰うよ。博士によると人間は嘘を付く時に身体がその兆候を示すそうだよ。ですよね? 博士?」
「まあの、その認識で間違ってはいないがの。精霊様が人を創り出した時に科した制約じゃよ。それを儂が読み取る事は精霊様の御心に沿う行いだと思っとるよ」
よし! 精霊とか寝惚けた事を言ってるが、前世の嘘発見器と同じ様に読み取るだけならやり様はある。何とか切り抜ける事が可能かも知れない。爺さんも精霊まで引っ張り出して語るなら、偽証したりはしないだろう。単純に研究馬鹿みたいだし、言動からはぶっきらぼうだが直情的一面や職人気質な誇りも感じ取れる。彼らに俺が嘘を付いていないと判断させられれば、多数いるであろう容疑者からは外してくれるだろう。
「分かりました。私にその実験をしてください。無実を証明して見せます」




