第二十五話 誘拐
それから二日間、俺は宿で鬱々と過ごした。格好を付けて信じているとか言っていたが、それは飽くまで彼女の性根の話までの事。実際にクシャラルの選択がどうなるのかは彼女次第だ。仲間になるのは嫌だと言われれば、それはもうどうしようも無い。彼女なら秘密を吹聴する恐れもないし、勿論自由に冒険者家業を続けてもらって構わない。俺の精神的なダメージは兎も角。
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クシャラル視点
あたしに信じられない事が起こった。ポムさんは何とシグマだったのさ。あれだけ脅しを掛けて来たシグマが敵どころか、ポムさんだったなんて。それに宝やら能力やらの話。あたしは全てが分かった瞬間に、シグマの奴を張り倒してた。あいつ位の実力なら躱す事なんざ容易い筈なのに、怯む事なく受け止めてたね。あれで何とか溜飲は下がったよ。あたしがシグマに理屈は分かるけどって言ったのは本当さ。凄い秘密を抱えちまったら新人をどう扱うべきかの理屈をあたしも納得して聞いていたしね。今も念じれば脳内プログラムとやらの能力も使える様になってるから、これが凄い事だってのはあたしにも分かるさ。結局今回の事はシグマの苦渋の選択だったって事もね。でも感情では納得出来ないって事もあたしの本音さ。やっぱり実際に騙されたら随分と傷付くもんだね……あたしはこれからどうするべきなんだろうか。あいつと組むのが本当は正しいのかね。分かんないよ。結局はあたしがあいつを信じられる事が出来るかどうかなんだろうね。
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約束の時間が迫っている。宿を出て大通りを歩き合流地点へと向かった。脳地図上のクシャラルの光点を確認すると、彼女も宿を出た様だ。暫くして脳地図上のクシャラルの周りに、赤色の光点が群がり遂には合流地点とは反対の方向へと彼女共々移動し始める。へ?! この赤色の光点って前に気になる連中だから赤色にしておいた筈だ。それと一緒にクシャラルの光点も移動してるって事は。ナンパされて付いてった? 俺と大事な話する時に? そりゃ無いな。
なら不味い事になったかも知れん。もう貧民街の廃屋の沢山ある地域に運ばれた。急がないと取り返しの付かない事になる。近くの家の木製の壁に飛び掛かり蹴って跳ねる。それを交互に繰り返し壁を登って行った。屋根のひさしに飛び付くと、逆上がりの要領で屋根に辿り着く。クシャラルの方向へ一直線に疾走するが、今走っているのは2階建ての建物の屋根の上だ。
前方には路地を跨いで三階建ての建物が聳えている。迷わずに路地を飛び越え二階の木窓を拳でぶち抜きながら、部屋の中に着地した。
そして建物の中の壁をぶち抜き扉があれば吹き飛ばし、更に階段を上がり三階から屋根へと移動する。住民達が騒ぐが、今は構ってられんし無視をした。そんな移動を何度か繰り返し、脳地図の光点群に辿り着いた。今まさに廃屋にクシャラル達が到着した処だ。何とか間に合った様だ。俺の普通の視覚には二階建ての廃屋が見える。脳のマップには四つの赤点とクシャラルの光点が固まって見えている。一つだけ離れた位置にも赤点がある。忍び足で階段を登ると、二階の広間に人の気配がする。そっと覗いて見た。部屋内は縦横10メルド位で、ガラクタが部屋の隅に転がり長く放置されていた部屋の様だ。
五本ほどの剣が邪魔だったのか、壁際に置かれている。
四人は窓際で、この世界のジャンケンであるムーラを行っている。クシャラルはうつ伏せにされ、後ろ手に廻した腕を縛られていた。暴れるクシャラルの様子から、拉致されて拐かされたのは間違いない。四人はまだムーラをしている。今だ! 俺は扉を開けると素早くクシャラルに駆け寄り抱き起こして拘束を解いてやる。
「「「「ウワッ」」」」
4人が驚愕の声を挙げる。ジャンケンに集中し過ぎだ馬鹿たれ。
「おい、お前はシグマだな? 何故ここが分かった。いや……そもそも女を浚ってから幾らも経っていない。何故こんなに早く気付いた?」
猿顔のサルマンとか言ったか。ポムさんとして会った時は随分と上機嫌で自慢話を披露してくれた奴だが、流石に今は噛み付きそうな猿みたいに歯茎を剥き出して威嚇的な表情だ。
「教えると思うか? そんな事より、よくもクシャラルを浚ってくれたな。覚悟しろ」
一番手前にいた奴に向かって踏み込み、左の刻み突きを放つ要領で手を伸ばして奴の髪を掴んで引き寄せると、奴の首の後ろで両手を組み固定する。俺は右膝を跳ね上げて奴の顔面に叩き込んでやった。俺の膝に奴の鼻が潰れる感触が伝わると同時に、首を固定した両手を押し下げた。すると首の骨が砕けたのか奴の躯が弛緩し床に突っ伏した。
床に突っ伏した奴の腰に足を掛け飛び上がり、いまだに状況に付いていけず呆気にとられている三人の内、一番近い奴の首に殺すつもりで本気の蹴りを放つ。充分に力を溜めてから放った蹴りで奴の延髄を刈ってやる。奴は流石に急所を刈られて意識を失い崩れ落ちた。
着地した俺に残りの二人の内、サルマンではない奴が右拳で殴り掛かって来る。俺の顔面に迫る拳を避けながら俺も踏み込み、奴の右腕に外側から被せる様に左の拳を振り抜いた。所謂クロスカウンターの形だ。俺の左の頬を軽く抉りながら奴の拳が後ろに抜けるのと同時に、俺の左拳を内側に捻り込む様に叩き込んだ。左拳に凄い手応えの感触を感じ、奴の顎の骨が粉々に粉砕される音が広間に響き渡った。激痛を感じる前に奴は白目を向いて膝から崩れ落ちた。
さて残るはサルマンだけと成った訳だが、流石に今の攻防に思う処があったのか仰け反りながら目を剥いていた。
「シグマ、いやシグマさん何か誤解があった様だ。俺達は友人に成れる。だろ?」
阿呆かサルマン。敵わないから懐柔策か。まあ無理もないか。
「悪いが無理がある。心配するな。苦しめる積もりはない」
床を蹴り、サルマンに近づいて右掌を奴の胸に添えた。サルマンは意味が分からないのだろう。首を傾げて自分の胸に添えられた俺の掌を見た。
「むん!」発勁。
猿顔の穴と言う穴から血を噴出させてサルマンは絶命する。
「大丈夫か?」
「シグマ……助かったよ。流石だね、四人も倒しちまうなんて。あと一人が厠に行ったんだけど、もう物音で気付いた筈さ」
「だろうな」
振り向くと床板を軋ませながら、へルマンとか呼ばれていた奴が姿を表す。二つ名が閃光だとか呼ばれていると言ってた奴だ。
「お前ら仲間を殺っちまったのか。親友のサルマンまで許さんぞ……覚悟はいいか」
猿顔の奴はサルマンて名前だったか。もう忘れたわ。んな物。震えるへルマンは殺る気満々なのだろう。こちらを睨み付けてきた。
「クシャラル下がってろ。コイツは結構強いらしいから油断出来ん。おい! 確かへルマンとか言ったか、まだ暫定だが仲間のクシャラルを拉致しといて何を被害者の顔してんだよ」
「お前ひょっとしてシグマか? お前とその女が痴話ゲンカしてたって噂を聞いてな、浚って楽しんでからお前への人質にして闇試合でお前に八百長させるつもりだったんだ。しかしもう八百長処じゃねぇな。あと何故俺がへルマンだと知っている?」
俺の女だと思われたか、あん時は痴話ゲンカだと思われたって不思議じゃないな。ポムさんの時に会ったから、そりゃ分からんだろうさ。
「さあなへルマンて顔してたからかな。それにしてもよく道端からクシャラルを連れ出せたな。衆目もあるのに」
「シグマ! 奴らの仲間がケンカの振りをして周りの人の注目を集めて、残りの奴らが路地裏から口や手足を抑えてきたのさ」
解説あんがとクシャラル。
「まあいい、お前は俺の仲間を殺っちまった。だから殺すだけの事だ」
「勝てないから八百長させたかったんだろ? 殺すのはもっと無理だろ?」
「違う。勝てるが念には念をだ。サルマンが、その女を気に入ったのもあるがな」
猿が。何をやる積もりだったのか。
さて闘いを始めるが、これは試合ではないのだ。不意打ちでまずへルマンに近付き刻み突きを三連発かましたが、素早く頭を振って避けられた。反射神経が並大抵じゃないな。
「俺は相手の動きが何故かゆっくり感じるみたいでな。速いのは驚いたが当たらんよ。お前の噂は大袈裟だった様だな」
自分の勝利を疑っていないのだろう。ヘルマンが嗤う。へルマンが疾風の様に踏み込み、拳を飛ばしてきた。閃光と呼ばれるだけはあり、多分俺の刻み突きに匹敵する速度と回転数で連打を繰り出して来た。だが俺も反射神経には自信がある。
お互いに刻み突きを繰り出すが全く当たらない。最速にして、風切り音すらするのにも関わらずだ。どうやらへルマンが天才だというのは、サルマンの身内贔屓じゃなかった様だ。たまに前世にも、こんな奴は居た。優れた反射神経に閃光の様な拳速を操るヘルマンなら闇試合でも活躍出来たかも知れん。ただし俺が居なければの話だ。
へルマンが天才なら、こちらにもやり様がある。そろそろ、王さんからの最終課題の成果を存分に試したかったが、天才なら丁度良い。
「へルマン、なら本気でいくぞ?」
「ククッ、出来るのか? 俺に当てられる訳がないだろ。さっきの速いパンチが最速なのは分かっているんだ。強がりもそこまで行くと滑稽だな、そのうち俺の攻撃を叩き込んでやる」
奴が嗤う。
「『無念無想』」
俺は無念無想という特殊な状態へと己を変化させた。周りの空間を容易く全て把握出来てしまうと言われる状態だ。腰を落として摺り足で床板から足を離さず、滑る様にへルマンに肉薄する。接吻が出来る程の距離で向かい合った。へルマンは余程驚いたのか後ずさる。
「なっ、なんだ! その動きは! 全く見切れん。何故だ? こんな筈がない!」
そりゃ王さんから習った奥義を使っているのだ。たかだかちょっと天才肌の田舎者如きに見切られちゃ、四千年も泣こうという物だ。
「更に行くぞ? 次は右肩に当てるからな」
移動を開始する俺を見て、へルマンが腕を交差させ右肩に構える。へルマンの目前で奴の後ろに回り込み右肩を後ろから殴り飛ばす。この奥義は全ての攻撃が勁力を帯びて、強力無比の威力を発揮するのだ。
「グワッアアッ!」
肩を殴り飛ばされてへルマンが吹っ飛び、壁にぶつかり止まる。右肩に力が入らない様で脱臼か粉砕骨折でもしたか。
「な、なんで。集中してたのに目の前で掻き消えたぞ。どうなってるんだ、何者なんだお前」
何か泣きそうだなへルマン。多分今まで天才の能力に胡座を掻いて、修練なんてしなかったと思われる。見切りが出来ない事から、錯乱を引き起こしているのだ。
「さっきの威勢が消えたなへルマン。どうした嗤えよ。次は左肩を貰う」
「精霊! 加護はどうしたぁ、俺を助けろぉ、早く! 奴が、奴が来るだろう。糞っ、集中すれば見える筈だ、集中集中集中っ!」
必死で神頼みするへルマンは、自分の能力を加護だとか思っていたのだろう。近付いて目前で拳を放つ。
今度は左肩を俺に潰されて吹っ飛ぶへルマン。奴はさっきの背後からの攻撃は兎も角、俺の真正面からの攻撃すら掴めない。
何故なら無念無想から繰り出す技は、予兆を相手に読ませないのだ。所謂、無拍子と呼ばれる技だな。床を転がり痛みで呻くへルマンは、倒れたままでは殺されると分かったのか顔面と足を使い何とか立ち上がる。
「な、なあシグマ、いやシグマさん。この街から出ていって二度とあんた達の前には現れないと精霊に誓うから、頼みます! 見逃して下さい! お願いします」
「駄目だ。な、クシャラル?」
離れて壁際で見ていたクシャラルへ振り返り話を振る、すると紅唇を半開きにして驚いている。多分前半の闘いは速度や身体能力に圧倒されていた筈だ。そして後半は、俺が普通の動きのみで一方的に攻撃しているのが不思議なのだろう。まあ一見すると普通に見えるだけだが。
「だね。流石に犯されそうになって許す訳がないじゃないか」
「だそうだ……諦めろへルマン」
振り向くとへルマンは唯一残った攻撃手段の口で、俺の首筋に噛み付こうとする。再び奴が嗤う。しぶといわ。
実は無念無想の効果で、へルマンの動きを全て把握していたのだ。振り向きざまに右掌で掌を放つ。奴は迫る掌を避ける事が出来ず、額に俺の掌を喰らう。
掌の感触からへルマンの頭蓋骨が粉々に粉砕されたのが分かった。そこから掌を螺旋運動させて徹しを放つ。
『破!』
へルマンの後頭部は、以前とは次元の違う徹しの圧力に耐えきれず裂け、その中身を後方へとぶちまけた。




