第二十四話 告白
「分かった……お前は馬鹿だ。世間って物を知らな過ぎだわ。何も考えずに首を縦に振ってりゃ、溢れる程の金を稼げるのによ」
俺は近付くと、彼女が反応出来ない程に素早く背後に回り込む。片腕で彼女を両腕ごと抱き締めて拘束すると、短剣を抜いて首筋に当てた。
「なっ……あんた何考えてんだい! この変態野郎が噛み千切ってやるからね」
斜め背後から見える彼女の瞳が、本気の色を映していた。
「さっきは、お涙頂戴のご高説ご苦労さん。お前には力で言う事を聞かせる事にしたわ」
短剣を更に喉元深くまで食い込ませる。掠り傷位は付くかな。
「どうすんだ! 大人しく言う事を聞くかここで死ぬか選べ! 但し、この場を言い繕って切り抜けようとしても殺す」
演技だと悟られる訳にはいかない。だから本気の殺気を込めてやった。
「クッ、殺すなら殺しな。あたしは信念を曲げてまで生き延びようとは思っちゃいないさ。ただねポムさんはあたしの命に免じて見逃してやっちゃくれないかい」
俺は短剣を仕舞い。彼女の紅唇に用意していた猿轡を噛ました。舌を噛めない様にだ。クシャラルの気性だと舌を噛んで自害しそうだからだ。だがこれで心配はない。前世の創作物なんかで、舌を噛み切ってから数秒位で死ぬ描写は嘘だ。本来は噛み千切った舌が喉元に詰まって時間が経ってから窒息死するのが本当だ。それか長時間の失血死位か。兎に角、難易度の高い方法だろう。
「強情な女だな。じゃあ最後の機会をやろうじゃないか。素直に首を縦に振るんだ。簡単な事だろ?」
しかしクシャラルは首を縦には振らない。俺を睨み付けるだけだ。参ったわ。
「なら地獄へ行けよ」
クシャラルは、この期に及んでも蒼穹の清々しさを思わせる瞳で俺を憐れむ様に見詰めるのみだ。俺の完敗だな。彼女の心が折れて裏切りを承諾するだろうと俺は思っていた。しかしクシャラルは折れる処か憐れむ様に俺を見詰める始末だ。逆に俺の前世での偏見の心が折られたかもな。何か特別な出来事が俺の前世に有った訳じゃない。普通に誰もが心に抱える不信感て奴だ。相手を簡単に信じても大丈夫なのかと。ある意味で深読みのし過ぎとも言えるか。彼女なら俺の業を吹き飛ばしてくれると、心の何処かで期待していたのかも知れん。
後々にもし彼女に魅せられたのが何時かと誰かに訊かれたら、間違いなくこの時だと俺は答えるだろう。だが現実とは色々と過酷な物だ。クシャラルの信念をへし折りにあの手この手で迫る事だろう。今世の俺なら護ってやれる力がある。それが男の甲斐性って奴かも知れない。俺は彼女の首筋に手刀を落として意識を奪った。そして路地裏でポムさんに再び変装をする。俺はフード付き外套を着込むと、彼女が覚めるのを暫く待った。するとクシャラルが目を覚ます。
「クシャラルや、大丈夫かの」
クシャラルの猿轡を外した。彼女は多少よろけるが何とか立ち上がる。
「ポムさん! どうして路地裏に居るのが分かったんだい。あ、そんな事よりあのシグマって奴が戻って来るかも知れないね。早く路地裏から出ないと危ないよ。あたしはシグマの奴に襲われたんだ。早く行こう! ポムさん」
彼女と外に出て大通りの適当な飲食店へと入り込んだ。熱い茶を啜るとクシャラルは漸く安心した様で、深い安堵の息を吐いた。
「クシャラル、シグマに儂が手付かずの遺跡地図を持っている話を聞いたんじゃろうが、それは嘘なんじゃよ」
「当たり前だね。最初っからあんな奴の言う事なんて信じちゃいないさ。でも何でポムさんはシグマの事を知ってるんだい。昨日は何か言ってた覚えはないしさ」
クシャラルの問い掛けを無視して、取り合えず話を進める。
「正確には……儂はこの国にある全ての遺跡の地図を持っとるのじゃよ」
「全ての遺跡の地図……ポムさんそれって……」
クシャラルは暫く固まってしまった。無理もない。
「恐らくなんじゃが、数十億ゴルド位の話にはなるじゃろう。遺物も沢山手に入るの。もう化物にも苦戦なんぞはせん様にもなれる」
「数十億……ほ、本当なのかいポムさん。嘘を付いてるとは言わないけどさ。どうやってそんな事が可能になるのさ」
クシャラルが唇を舐め始め、喉が渇いたのか茶を啜って息を吐く。
「儂は精霊の加護を受けていての、それで帝国遺跡に触れる事で神の力とやらに目覚めたんじゃよ。地図だけじゃなく他にも色々との」
転生云々は元来言う意味がない。だから精霊様で全部の説明を済ますなきゃだな。
「まだあんのかい! どんな力だか教えてくれないかい」
俺は割愛してだが脳プログラムの利用法や他の人にも適用可能だとか、既に別行動中の双子達が活動中で連絡を取り合っている事と、秘密の部屋などの事もクシャラルに伝えた。
「あたしゃこんなに驚いたのは生まれて初めてだよ。でも本当の事なんだよね」
紅唇を舐めて金髪まで弄り出した。最高潮に興奮している証拠だ。
「本当の事じゃよ。儂の魂に誓っての」
「ポムさんがそう言うなら信じるさ。そうか! だからあのシグマって奴はあんなに必死であたしらを嗅ぎ回ったり、抱き込もうとして情報を得ようとしてんだね。漸く得心がいったね。次に会ったらぶっ殺してやろうじゃないか」
「クシャラルや、それは違うのじゃよ。儂らが凄い秘密を握った時に、人手の関係上で仲間を増やさざるを得ないと判断したのじゃが。その時に問題視したのは仲間に入れた奴が裏切る事じゃ。そして全てを御破算にされてしまうかも知れんという事じゃった。ならばと相手と長年付き合えば腹の底まで読める様には成るかも知れん。更には相手を信じる事も出来るかもじゃ。だがの、例えば全てを秘密にして一年も二年も一緒に過ごしてから大丈夫だと判断したとしよう。しかし秘密を打ち明けてから、もしも裏切られたら阿呆らしいとも儂らは考えたんじゃよ」
「ふんふん、それは最もだとは思うね。あたしでもそうするかもさ。それで?」
「何しろ秘密を保持した多大な労力の全てが無駄に成るんじゃからの。だいたい四六時中一緒に活動する相手に秘密を持つなぞ困難極まりないぞい。そして慣れない冒険を有利に出来る能力を使いたくても使えん事にもなろう。それに酷く危険でもあるの。そいつに利用されたり情報を売られたりするかも知れん。そもそも、もしも相手が信頼出来る奴だったとしても、数年間騙されたとあっては相手に取っては裏切られたとしか受け取れんじゃろ?」
俺は湯呑みから茶を一口飲んだ。この店は結構旨い茶葉を使っているな。
「確かにね。数年経ってからじゃ幾ら何でも酷い扱いに聞こえるね。なら半年……は駄目か。半年だと短いかも知れない。けど時間を掛ければ掛ける程に問題が更に拗れそうじゃないかい?」
「じゃろ? だから儂らは仲間に入れる新入りには、試験をする事にしたんじゃ。銭やらで釣ってみたり、強い組織の仲間にしてやるとかじゃの。まあ試験をせんで単純に相手を信じる選択も有るには有るが……駄目じゃろうの。流石に危険過ぎるんじゃ。時間を掛けるのも駄目。無条件に信じるのも駄目。結局は最初から試す方法しか、儂らにはなかったんじゃ。そしてそれが正解じゃったんじゃよ。さっき言った仲間の双子は、新入りの男女を見つけるまでに二回の試験をしたんじゃが、二回共に裏切られとるんじゃからの」
「ポムさん! まさかそれって……シグマも仲間だって言ってんじゃないだろうね! 幾らポムさんが取りなしても、あたしはシグマを許せるかどうか分からないよ。どうなんだい!」
爛々と瞳を燃やすクシャラルがそこにいた。無茶しちまったし仕方ないか……南無三!
「済まんのクシャラル、シグマは儂の本当の姿なんじゃよ」
「はあっ!? ポムさんがシグマ? 御免ポムさん。ポムさんが何言ってるのか、あたしには一寸分からないね」
俺は辺りを見回すが、この店はテーブルごとに衝立で仕切っている。そして空いている時間帯なのか客も疎らで、こちらに注意を向けている者もいない。変装を解いていきフクレ草の効果も脳プロで回復させた。そして服装も変えるとシグマとしてクシャラルと向き合う。その間、クシャラルは目を剥いて眺めるだけだ。
「あんたは……本当の姿って事は……」
クシャラルが完全に固まってしまった。
「クシャラル今まで騙して悪かった。許して欲しい。これは俺が決めた必要な措置だったんだ。さっきは怖かっただろうが、何とか理解してくれないか」
「……巫山戯んな!」
クシャラルが腕を振りかぶって、右拳を俺の顔面に放って来た。俺は拳を避けなかった。脳プロの防御も切ってこれを甘んじて享受する。何故なら、この拳は避けてはいけないと思ったからだ。俺は吹っ飛んで食堂奥の壁に叩き付けられた。流石に他の客が騒然としているが、構っちゃいられん。店員がこちらに来ようとしたが、クシャラルが睨むと引っ込んだ。
「あたしも馬鹿じゃないさ。試験が必要だっていう理屈も理解出来ない訳じゃない。でもね、人間には感情って物があるんだよ! こんな風にされて頭にこない訳ないだろが! そんなにあたしは信用出来なく見えたのかってね! それとね。あたしが一番気に入らないのは、あんたの人を信じられないちっぽけな度量だね。男なら器って物を見せて見ろってのさ!」
彼女は肩を上下させて激昂している。さっきまでは仮定の話で重要な秘密を握ったら、どうやって仲間を受け入れられるか一緒に考えてくれていた。だが、流石に“はい、そうですかって”訳には行かないか。
「そうだな。そんな器なんて物があんなら最初っからこんな事はしねぇよ。だけどな。人を信じられるかどうか何て分かる訳ないだろうが。分かりゃ誰も苦労しねぇし、もっと平和な世の中になってるだろうさ。だからお前の言ってる事は理想論でしかないんだよ。哀しい事だけどな。でもな、最後で短剣を出したろ。あれな。本当は実行する予定じゃなかったんだよ。仲間とも酷いから止めとこうってな。でもお前なら撥ね退けると心のどっかで思ったから実行したんだ。お前の考える信じるって事とは違うかも知れないけどな」
今の俺はどんな表情で話をしているのかな……クシャラルは魂すら見透かす様に、俺の瞳を見詰めている。クシャラルなら俺が信じたい何かを体現してくれると俺が信じたからこその行動だ。
「今は兎に角混乱してる。暫く一人で考える時間が欲しいね」
クシャラルが席を立って、店の出口へと向かう。
「それは当然の反応だと思う。二日後に今日合流する筈だった場所で同じ時間に。クシャラル……俺はお前を信じている事だけは言っておくぞ」
クシャラルは振り返りもせずに去っていった。確かにちょっと時間を置かないと拗れて悪くするかもな。店に騒がした事を侘びて少し多目に払う。そして宿に戻って茶を淹れ暫く色々と考えた。実を言うと今現在もクシャラルの試験は続行中だ。これも試験の一環なのだ。クシャラルがもしも感情論だけで、俺がこうするしかなかったと納得してくれなかった場合は仲間としては不合格だ。酷な様だが、ここで感情に振り回されてしまう様なら、いつか致命的な間違いを犯すだろう。でもクシャラルはきっと最善の選択をしてくれるだろうと俺は信じている。




