第二十三話 業
観衆達が爆発した様な歓声をあげた。賭けの事は兎も角、闇試合の内容に皆が興奮して口々に騒ぎ立てている。
「ドズンに勝ちやがった! 」
「ドズンを吹っ飛ばしただと! 有り得るのか!」
充分だな。ドズンより強い奴なんてそうそういる筈がない。これで舐められる事もなく冒険者稼業を出来るだろう。ふと、クシャラルも観戦していたのかなと捜した。観衆の中に紅唇を半開きにして固まっている彼女がいる。これでシグマは凄腕なのだと、クシャラルに印象付ける事に成功した筈だ。観衆が興奮している内に報酬も受け取った。それから人目を避け外の暗がりまで行き再び変装を施す。暫く待機してから、またポムさんとして広間へと移動した。そして観衆の中で佇むクシャラルに声を掛けた。
「クシャラルや、どうじゃった? 楽しめたかの」
「あ、どこにいたんだいポムさん。見てたんなら分かるよね。あのシグマって奴は化け物だと思わなかったかい? あり得ない強さだね」
「そうじゃの何者なんじゃろか。じゃが強い奴をみると羨ましいのう。儂らにもあんな強さがあれば、もっと儲かるんじゃが」
「そうだね……まあ上を見上げても仕方ないしね。他は他、内は内てな風に考えなきゃやってられないしね。あそこまで規格外だと特にね」
「じゃな儂らは儂らで、地道にやって行くだけの事じゃな。さて充分に楽しませて貰ったしの。そろそろ帰るとするかいの」
「そうだね。刺激的で楽しかったし、帰ってもう寝た方がいいね」
クシャラルを宿まで送ってから、俺も宿へと帰った。明けて翌朝、何時もの様に俺達は訓練を行った。そして朝食を食べてから、残り一日の休みを満喫する為に別行動を取る事にした。お互い一人の時間も必要なのだ。その後に合流する事になる。暫く俺は冒険者の溜まり場の店を廻り、ポムさんとして挨拶を繰返して冒険者達を脳内に登録し続けた。そして宿で変装を解きシグマに戻ると、変装道具を携えてクシャラルとの合流場所へと向かった。
人通りの沢山ある安全な場所を、クシャラルとの合流場所に指定してあるのだ。彼女は既に合流場所で待っていた。早速クシャラルに声を掛ける。
「俺はシグマって者なんだけど、一寸話があるんだけどいいかな?」
初めてシグマとしてクシャラルに話し掛けた。結構緊張する。まあ俺は今からクシャラルを仲間として相応しいのか、試そうとしているのだから当然だ。
「あんた昨日の……誘ってんなら御門違いだね。悪いけど、あたしはそういうのは全部断ってんのさ」
偉いぞクシャラル。初対面の男に誘われて、容易く釣られる様な娘じゃない。
「昨日のって事は闇試合の事かな、楽しんでくれたのならいいけどな。あと誘うとかそんな事じゃない。話があるって言ったろ」
「あんたの試合は確かに凄かったさ。楽しんだのも事実だね。でも、話とか言って巧く誘い込もうとしても無駄足だよ。その手口は随分と古すぎるね。勉強して出直して来な」
「まあ勘違いされるのも無理はないな。でも本当に話があるんだ。君の相棒のポムさんて呼んでいる人に付いてのね」
「どういう事だい? あんた……まさかポムさんに何か良からぬ事を企んでんじゃないだろうね。だったらあたしが唯じゃ置かないよ!」
嬉しい事言ってくれるな。仲良くした甲斐がある。
「待った待った。そんなに興奮しないでくれないか。俺の話って云うのはさ。不思議に思わなかったのか? 何でポムさん程の年寄が今更冒険者なのかって。何故に曲がりなりにも唯の農村の中年農民だった者が、長い間鍛えたらしいと思わせる程の剛力を発揮しているとか。どうかな? 興味深くなってきたかな?」
「あんたポムさんの何を知ってんだい。奥歯に物が挟まった様な言い方じゃなくて、もっと分かりやすく喋りな」
紅唇を舐め始めている。クシャラルの緊張している癖だ。しかも金髪まで撫で始めた。初めて見る反応だ。それだけポムを大事に思ってくれていたのか。疑っていた?
「おっと、これ以上は人通りが沢山ある場所じゃあ言えないさ。でも、俺の指定する場所には来てくれる積もりがないだろ? だからそこの路地裏へ15メルド程の場所でいいから、来てくれないかな? それ位大通りに近ければ、叫び声さえ挙げれば大通りに届いてすぐにも安全が保障されると思うんだけど。どう?」
「まあ幾らあんたが強くても、それなら大丈夫だろうけどね。変な素振りを一寸でもしてみな、あんたの大事な物をチョン切ってやるからね」
クシャラルは短剣の柄を撫でて、威嚇的に睨んで来る。
「おっかないな、変な事は誓ってしないさ。じゃあ行こうか。ポムさんの正体を知る為にね」
ポムさんの正体と言った瞬間にクシャラルは眉根を顰めた。迷いを捨てたのか俺の後に付いて来る。路地裏と言っても五メルド位の幅広さがある。クシャラルは壁に凭れ掛かり、反対側の壁の俺に向き合う形だ。顎だけを振って続きを促すクシャラル。
「そうだな、まずポムさんと呼ばれている男の過去の話だが、農民だったのは間違いない。確かに俺の調べた限りでは、独身で子供はなく農民をしていた唯の男だ。だが五年前から変な行動を見せる様になったと、周りの村人達が証言している。体を鍛え始めて、村長に地域の伝承なんかをしつこく尋ねたり、文字を勉強し始めたのもこの頃の事だ。ある消息筋からの確実性の高い情報だか、ポムの奴は手付かずの遺跡の地図を手に入れたそうだ。何故に確実性が高いのかは渡世の掟って奴で教えられないが、ポムの奴が地図を持っているのは確実なんだよ。そして俺の狙いはその地図なんだよ。そこでだ……あんたの出番って訳だ。分かったかい?」
「ふん! ポムさんの正体だとか大層な言い方するから、何事かと思ったら結局は胡散臭い輩が嗅ぎ回っていただけじゃないか。結構あんたを凄い男だと思っていたけど陳腐な奴だね。あたしが仲間を裏切ってあんたに協力するとでも? 舐めて貰っちゃ困るね。確かにあたしはまだ短い間しかポムさんと一緒にはいないさ。でもね信用ってのは時間の長さが問題じゃないんじゃないのかい。そりゃポムさんから地図の話はまだ聞いちゃいないさ。でもポムさん事だからきっと何かの事情があって黙っていると思うね。あんたの話ってのはそれだけかい? 無駄骨だったね」
一寸感動した。
「待てよ、本題はこれからだ。お前だって貰える物を貰えれば、すぐに気が変わる。どうせ自分の価値を釣り上げる為の駆け引きなんだろ。ほら……金貨を二枚も前払いしてやってもいいんだぜ。やる事さえ確実にしてくれれば、更に二枚追加でやるよ。何、簡単な事だ。ポムの奴に薬を盛ってくれれば、後はこっちで後始末しとくからよ。お前は地図の隠し場所を事前に確かめるだけの簡単な仕事だ。その後は一緒に遺跡まで行こうじゃないか。既に俺の強さは知ってるだろう。詳しくは教えられないが色々と支援だってある。あんな農民崩れの中年には宝の地図は勿体無いのさ。まさに宝の持ち腐れって奴だな」
「分かんない男だね! 銭金の話じゃないんだよ。信義の話さ!」
「まさかお前本当にあのポムって中年に義理立てして協力しない積もりかよ? 目を覚ませよ。地図の場所までたどり着くのにも、金、知恵、人、武力と色々必要なんだぞ。俺ならお前を遺跡まで、容易く連れていってやれるんだ。あんな中年と一緒なら何年掛かるか分かったもんじゃない。考え直せ」
「あんたの言うあんな中年だからこそ、あたしはポムさんと一緒に遺跡へ行きたいね。今のあたし達じゃ力不足だろうし、何年かは掛かるだろうさ。でもね……人を裏切って魂を腐らせてまで金に執着しちゃ。あたしはあたしじゃ無くなっちまうのさ。分かったかい? この下衆野郎」
紅唇が今まで見た事がない程の嫌悪に溢れた歪みを見せる。合格だなクシャラル。この一幕は全てクシャラルの性根を確かめる為だ。そして、この次の段階がまだある。それは双子達と酷いから止めておこうと実施を諦めた段階なのだが。俺はクシャラルの心構えの底を、無性に確めてみたくなってしまった。恐らく俺の我儘でしかないのだろうとは思う。だが前世の業からは逃れられなかった。




