第二十二話 山脈
俺がシグマとして広間に姿を見せると、観衆が騒ぎだした。[魔神の剣]のジェイドを俺が倒した事で、周りの観衆達にも凄腕の闇者であると認知された様だ。実際に広間にいる他の闇者達は、俺が視線を向けると眼が合わない様に俯いている。[魔神の剣]のジェイドは確かに身体的には中々の手練れだったと思う。しかし前世の記憶と技術を持ち、赤ん坊から鍛えた俺が負ける訳がない。
そこまで考えた時に、広間に詰めかけた観衆達の様子がおかしい事に気が付いた。観客達は斜め上に視線を向けて、何かを期待する様に待っている。どうやら彼らの目当ては、宿屋の二階にある張り出した廊下に居るらしい。何人かの上級の闇者がいるという話だったが、その内の一人が二階にいて観衆達は期待している様だ。
観衆にも色々な奴らがいる。単純に賭けて楽しむ奴。俺の闘技の新しい概念に魅せられる奴。生意気な謎の闘技使いの新参者を、古参の闇者が倒す事を望む奴だ。だから今の俺は、闇試合の台風の目の様な物だ。そうして居ると、二階の張りだした廊下から声が響く。
「 待たせたな皆の衆! [魔神の剣]のジェイドは専門に闇者をやってた訳じゃあない。所詮は兼業に過ぎん! 基本的には冒険者に力を入れていた為に負けた。後は儂に任せておけ!」
胴間声が広間に響き渡り、二階の手摺から大男が飛び降りた。そして床を軋ませ振動と共に身長2メルド、体重120グルドはある大男が広間に着地した。
「山脈のドズンだ!」
「奴なら大丈夫だ!」
観衆は一斉に歓声を挙げ、カッツオーネの賭け担当者の元に行き賭けを始めた。やはり古参には皆が期待しているのか、オッズは200対1にもなり賭けが成り立たないと担当者が悲鳴を挙げている。
「おい、俺自身に金貨一枚を賭ける」
声を掛けると、担当者が嬉しそうに受け取り窓口を閉じた。
「儂の名前はドズンだ。小僧の名前は?」
ドズンと名乗った男は何もかもが大きく、存在そのものが威圧感を感じさせる。正に二つ名の山脈みたいな感じだな。
「闘技のシグマだ」
まだマイナー流派だし、名乗る度に二つ名も必要だ。技なんざ誰かに教える積もりはないが。
「闘技か……知らんな。ところでお主は今しがた金貨一枚をむざむざと捨てた事に気づいているのか?」
「まさか。賭け率は2対2近くまで持ち直したぞ。胴元が寺銭を回収したとしても、倍の払い位は保証してくれるそうだ」
ドズンは呆れた様子だ。両手で天を仰いだ。
「まあいい、別にお主の金だし勝手にしろ。儂は試合に勝てば、金が払われる様に取り決めをしているが」
闇者のプロみたいな物なんかな。
「シグマ、儂からお主に勝負を申し込む。周り連中もお主も既に賭けていて、滑稽かも知れんが」
そうだった。
「勿論やるとも、やらなければ賭けが成立しない」
ドズンに勝てば、金貨1枚が手に入る。なら頑張るまでだ。
「始め!」
立会人が素早く飛び退く。ドズンが直ぐ様突進して来るのかと思っていたが、意外にドズンは慎重派なのかにじり寄って来て威圧感が半端ない。
奴の攻撃範囲内に俺の身体が入った瞬間、奴の両手が噛み付いて来る勢いで俺の肩に掴み掛かってくる。俺の両肩を掴もうと迫る奴の懐に逆に此方から飛び込んでやった。余程意外だったのか目を丸くして、奴の両手も目標を見失い彷徨ってりいる。大抵は奴が迫ってくると殆どの奴が避けるか退くかして、奴から離れた位置からしか攻撃してこなかったのかも知れない。
奴の懐の中で驚く奴の顔に、急角度の右回し蹴りを放って振り抜いてやった。その勢いで奴の頭部が真横に振られる。だが敵もさるもの、横に振られた頭部を非常識な音をさせながら直し、まだまだとでも言わんばかりに嗤う。
しかし俺は既に先程の右回し蹴りで振り抜いた右足を左側の地に着け、その体勢により充分に捻りを溜めた左足を跳ね上げて後ろ回し蹴りを放った。ドズンの頸部の損傷を、更に重ねる様な俺の後ろ回し蹴りが決まる。
「闘技、龍旋脚」
流石に効いたのか後退る奴の懐に、再び潜り込んだ。そして奴の鳩尾目掛けて、手の平側を上側に構えたままで正拳を突く。奴の鳩尾に拳が触れた瞬間に拳を回転させ捻り込んだ。奴の腹に拳が手首まで埋まると素速く引き抜く。これは前世の現代では禁じ手だ。相手の腹の中で拳を捻る為に、殺傷力が桁違いに跳ね上がる。そのまま奴の鳩尾へ正拳を交互に四発ぶち込んだ。
「闘技、龍連爪」
奴は唸りながら後退り、俺が正拳を打ち終わると膝から崩れ落ちる。奴の登場が派手で雰囲気も只者じゃない感じを受けたが、思ったよりも呆気ない幕切れで正直に言うと拍子抜けだ。
俺は勝負が付いたと判断して審判の方を向いた。するとドズンが突然立ち上がる気配がした。気付くと奴に後ろから抱き付かれていた。
「捕まえた。審判は勝負の判定をまだ下してないぞ。
このまま抱き潰さしてもらおう。審判が終了宣言してないのにも関わらず、試合中に油断したお前が悪い」
ドズンが俺の両腕ごと身体を締め付けてくる。恐らくこれが、相手を捕まえてからの得意技なのだろう。
「確かにお前の言う通りだ。油断した俺が悪い。闇試合は遊びじゃないんだしな」
その場で右足を後ろに引いて、踵を床に落とし震脚。俺の背中に触れているドズンの胴体へ背中から発勁を放った。ドズンが弾かれた様に吹っ飛び、床を数メルド程転がる。ドズンの思惑は抱き付いてさえいれば、打撃技を封じたと思っただろう。
「闘技、龍尾勁」
打撃は振り被って放つ物という思い込みは間違いだ。剄の打撃は基本的に距離を必要としない。対して距離を必要とする筋肉による打撃は、ハンマーを振る事に例えられる。振る空間内で筋肉が躍動、つまり伸び縮みする事で勢いという力を発する。そして、相手に拳なり何なりが衝突する事で力が解放される。だから距離が近いと発力出来ない。距離を必要としない勁の打撃の場合は、拳銃に例えられる。地面に自重が落下する事で足腰に勁力を爆発させてから、上半身へ伝導させる。相手に手が触れていても離れていても、拳銃と一緒で威力は変わらない。
「ぐはぁ……何故儂は吹っ飛ばされている? まさか今のは打撃なのか? 訳が分からん」
「まあ、普通は分からんだろうな」
「まだ終わっては、やらん!」
ドズンが吼えて、膝が軋む程の力を込めて両足を踏ん張り立ち上がった。嘘だろ! 充分な手応えが有った。動ける筈はなかったんだ。幾ら何でも丈夫過ぎるだろ。何食ったら、そう成るんだ?
「なあ……大分ダメージを負った様だが降参しないか? これ以上は死んでしまうぞ。お前程強ければ随分と儲かる筈だ。勿体ないと思わないか?」
「フンッ、儂はそんな物の為に闘っている訳ではない。数十年の安寧よりも一時の濃密な時間の方が遥かに貴重だ。だからお主には感謝すらしている。その為ならば死んだとしてもそれまでだったという事、悔いは無い」
ドズンは馬鹿なんだな。嫌いじゃないが、野放しだと世間様に迷惑な生き物だ。
「分かった。なら遠慮はしない。これから死ぬかも知れんが……いいのか?」
「上等!」
ドズンは床に手を添えてから屈んで力を溜めた。陸上選手みたいにだ。そして弾丸の様に突進してくる。ドズンの決め技なのだろう。恐らく右肩で俺の胸を吹き飛ばすつもりだろう。受けて立ってやる。暴風の様に迫るドズンが俺の間合いに入った瞬間、左足で踏み込んで両掌をドズンの肩にあて存分に練った剄力を放った。
『破っ!』
両掌から剄が放たれ、奴の肩に爆発した様な重低音が鳴る。俺の発勁の威力がドズンの突進を上回った。ドズンの体が交通事故で車に跳ねられた時の様に跳ね飛ばされる。
「闘技、双龍勁」
流石に自分の突進以上の威力は効いた様で、ドズンは意識を失い倒れている。
「それまで!」
立ち会い人の声が響いた。ドズンは嫌いになれない奴だし、回復を施して措くか。




