第十七話 闘技
俺の挑発に乗ってくれた男は、ガダルと云う名前らしい。早速審判役のカッツオーネの手下に、俺達二人の試合を申込んだ。そしてルールを聞かされる。基本的には何でも有りだが、出来るだけ殺さない様に闘えだと。戦闘続行不可能と判断されるか降参したら終了。武器は使用厳禁で、身に寸鉄すら帯びてはならないとの事だ。こんな場末の闇試合でも、それなりに配慮しているようで感心な事ではある。
俺達二人は既に広間中央で向かい合って、後は審判の合図を待っている状態だ。相手のガタルは、まあ髭面の体格の良い男ではある。頭一つ分は俺より背が高く横幅は同じ位か。しかし見た目が若造の俺を侮っているのか、余裕綽々の態度で太い腕を組んでいる。まあ遊んでやろうか。
「始め!」
立会人の声が広間に響き、観衆の注目が集まった。さっきまでガタルを怒らせた事を後悔するだろうとか、あんな大口を叩くのだからきっと勝つとか、評論家気取りで観衆が騒いでいたのだが、流石に試合が始まると沈黙している。
だが盛り上がるのはこれからだ。相手のガタルとやらに挑発目的で声を掛ける。
「始まったな。準備はいいか? 自分が誰の前に立っているのか理解しているのか?」
こんな感じに台詞を繋げてから溜める。そして観客の期待値を上げてから、颯爽と勝利するのが俺の筋書きだ。観客の誰かが、ゴクリと唾を飲んだ音が聴こえる。
「くっ、只の餓鬼だろ! お前なんか」
俺の自信満々な態度に何かしら感じたのか、ガダルの顔から余裕が抜け落ちている。本来の臆病であろう気質を覗かせているのだろう。何となくだが、ガタルからはそんな雑魚の持つ匂いを俺は感じるのだ。
「どうかな? 圧倒的な力の差を見せつけてやるぞ」
「いや、俺はガタルだぞ! こんなガキに負ける筈がねぇ!」
挑発はもう充分の様だな。俺は左構えで左掌を顔の前、右拳を固めて顎の辺りに添える。
ガタルは足音を響かせながら近くまで寄って来て、野球の投手の様に拳を振りかぶり俺を殴り倒そうとして来た。さっきの連中と同じ稚拙な攻撃だ。結局ガタルは防御すらろくに考えもせず、大振りで拳を振り抜いて来た。
顔面目掛けて迫る右拳をを、左掌でキッチリと流す。するとガダルは体勢を崩し泳ぐ様な体勢に成っている。このまま俺の拳を突けば、瞬時に決着は付くだろう。だが派手なデビューを飾るには、観衆にもっと俺の強さを魅せないといけないだろう。
左の刻み突きをガタルの顔面に放つ。空気を切り裂いて放たれた拳は、ガタルの頭を跳ね上げた。その次元の違う突きの速さに、観衆から驚愕のざわめきが漏れる。
只の刻み突きでしかないが、それですらガタルにとって強烈な威力だった様で怯みながら後ずさった。まあ俺は赤ん坊の頃から今日まで鍛練してきた。普通はそんな人間いないのだ。従って只の刻み突きですら、かなりの威力で放つ事が出来る。
「クッ、何だ今のは! 全く見えなかったぞ」
ガタルは驚愕を顔に張りつけながら、頭を振っている。
「闘技、紫電」
まるで何かの必殺技を披露したかの様に呟いて、更に動揺を誘ってみた。勿論、只の刻み突きの事だ。
しかしガタルには理解出来まい。固く握った拳を、渾身で振り回せば良いと思ってる奴ばかりだしな。
だから架空の闘技名を名乗ったのだ。神秘性というのも話題性に満ちていて好都合だしな。
「闘技だと……聞いた事ねぇぞ」
そりゃ今作ったから。
「なら、覚えておけ。
お前を倒す技だ」
ちょっと過剰な演出かも知れんが、今のこの場では丁度良い塩梅なのか観衆も目を見開いている。
「ほざけ! 昔にお前みたいに速いだけのパンチを打つ奴はいた。でも同じ事だ。昔の奴らは、皆潰してやった。こうやってな!」
ガタルは両腕を交差させて前面に構え、突撃して来た。
「ガハハハ、近づいてからが地獄だ。こうやって近っけば何も出来なくなるだろう。そうやって以前の奴も潰したんだ」
成る程な接近戦に持ち込んで、俺が刻み突きを打つ空間その物を消す訳だな。そしてガダルは拳を我武者羅に振り回すのだろう。刻み突きを実用化しようとした目端の利く奴もいた様だが、どうやら足捌きや防御と結び付けられずに頓挫した様だ。
充分に近づけたと見たのか、ガタルが右腕を振りかぶり拳を放つ。俺は拳を払い退けながらガタルに話し掛けた。
「ガタルとか言ったか、腕自慢らしいがその程度では俺には通用せんぞ」
「馬鹿か、俺の思った通りの状況になっただろうが!」
ガタルはここが勝負処だと思ったのか、両腕で拳をを放ちまくる。息もつかない高速連打だ。
俺は屈んだり反ったりしながら左右にも上半身を振り回してガダルの拳を掻い潜る。更に腕で払ったり弾き返し華麗にガダルの拳を捌いていく。観客は随分と静まりかえっているな。まあ、これだけの拳の弾幕が掠りもしなけりゃ当然か。
「当たらないな、ガタル?」
「な、なんで……」
ガタルは呟くも、腕を振り回し続けた。確かにガタルは俺達の前に闘ってた奴等よりも身体能力面では上だ。随分と体力もあり威力も充分にある。しかし、それだけでもある。所詮は当たった者勝ちの勝負から脱却すら出来てはいないのだ。
動きの鈍って来たガタルを置き去りにして、刻み突きをガタルに噛ましながら周りを回り、更に速度を上げた。
「ガアッ!」
ガタルは気合いを入れる為なのか獣の様に咆哮を上げる。だが最初に奴が渾身の力で腕を振って来た時点で、俺にはこの結果が見えていた。ガタルが更に拳を放つが、俺は既にそこには居ない。
ガタルの右脇腹、後頭部、左脇腹へ一発づつ刻み突きを放ち、振り向いたガタルの顔面に更に三発の刻み突きを入れた。ガタルは拳を放った格好のまま固まる。どうやら意識が飛んだ様だ。
ガタルの周りを回りながら、刻み突きを超高速で叩き込んでいく。既にガタルは俺の拳の嵐の中で意識を失い、踊り狂っているかの様に身体を揺らすも倒れる事すら許されない。倒れそうに成ると、俺が殴って起こしているからだ。俺が攻撃を止めると、ガタルは膝から崩れ落ちた。
「それまで!」
立会人の声が広間に響き渡る。
「つ、強い……ガタルが何もさせて貰えなかった」
「左の拳だけで倒したぞ。初めて見た」
賭けの勝ち負けで騒いでいる観衆にも、奇異に見える試合だったのだろう。左は異世界を制すだ。
「今の試合を見ても挑んで来れる、愚かな闇者はいないか?」
周りを見渡すとガタルより劣る者ばかりなのか、俯いてしまう闇者ばかりだ。
さっき観衆から聞こえたが闇者とは、この闇試合に出る奴をさす言葉だ。
「俺がやる!」
見ればジェイドが飛び出して観衆がまたもや騒ぐ。
「おいおい[魔神の剣]のエースさんが出て来るなんて聞いてない」
「奴ら基本的には冒険者の活動をしてる筈だ。幾ら強くても中々出ない筈だからな」
観衆は無責任に評論し始め、賭けも盛り上がっている様だ。
「良かろう。先程の闘いを見ておきながら、生贄に自分から成りに来るとは愚かな男だ」
少し偉そうな演技に疲れて来たが、ジェイドはこの界隈では有名人らしいからな。是非とも俺の餌食にしたい。
「ガタル如きと[魔神の剣]のジェイド様を一緒に考えんなよ! 確かにお前は速いかも知れない、だが俺も速さには自信がある」
へえ。
「良かろう決まりだ」
俺達は審判に闇試合を申し込み、向かい合う。
「お前、俺を楽しませるんだぞ。いいな?」
俺が唇を歪ませて嗤ってやったら、噛み付きそうな顔で睨まれた。
「調子に乗りやがって、殺してやる!」
いや、ルールで相手を殺しちゃ駄目だろうに忘れたのか?
「始め!」




