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第十三話 太鼓

 南門の馬車溜りでは、馬車が整然と並んでいる。出ていく馬車、入ってくる馬車と色々だ。それらを通り抜けて、俺は街中へと歩いて行った。


 双子達から遠距離の報告で聞いた内容だが、城塞都市ボイドは南北を貫くメインストリートがある。そして途中には壁が築かれていて、中には貴族街が存在している。更に言うと大小様々な屋敷が軒を連ねているそうだ。平民では入る事が出来ない場所だな。


 貴族街中央に位置する領主館は、ここからでも見えた。館と言うよりは小さな城であろう規模で、辺りを睥睨している為だ。


 流石にメインストリート沿いの建物は赤レンガ造りの家々や商店が建ち並んで小綺麗だし、石畳でちゃんと舗装もされていて立派なもんだ。村の奴らより豪奢な服装の住人もいるし、流石は南部流通の要だけはあるか。


 だが、おおまかに見たところメインストリートを少し離れると木造の建物ばかりで、基本的にその辺の建物レベルは村とさほど変わらない。


 あと城壁に遮られて陽当たりの悪い辺りは、スラムとかも有りそうだ。まあ領主の見栄もあるだろうし、メインストリート位は繁栄してますよって感じを多少は見せなきゃいけないのもあるのだろう。街の雰囲気も掴めてきたし、そろそろハグナムさんの店に行こう。


 暫く歩くと、教えて貰っていた場所に店があった。看板にもハグナム商会とあり間違いない。この大きな通りの中じゃ中堅層位の店構えかな。居抜きを少し改装したとか言っていたが、赤レンガでシッカリと組まれた店は中々の物だ。


「済みません」


 声を掛けながら店内に入ると、カウンターに座る女性と目が合った。まあまあの美人さんだな、ハグナムさんもとうとう身を固めるのかも知れない。邪推かも知れないが。


「店主のハグナムさんに取り次いで下さいませんか、シグマが来たと伝えて貰えば分かると思います」


「畏まりました。

 すぐにお呼びします」


 女性は店の奥へと入って行った。暫くしてから店奥からハグナムさんが出て来た。


「久しぶりだな、シグ坊!お前は冒険者になっちまったか。だろ?」


「お久し振りです、ハグナムさん。そうですよ冒険者です。あとシグ坊は勘弁して下さい。もう成人したんですから」


「まあいい、お前の人生だしな。ふんっ、シグマね……変な感じだから駄目だな。シグ坊で充分だ。兎に角、奥の部屋で話でも聞かせろ」


 口髭を扱きながら笑ってやがる。肩を掴まれ店の奥へと連れて行かれた。暫く世間話や村の近頃の話をしたり、双子が来た時の話や、さっきの美人さんの事を冷やかしたりする。


 あと世間話で気になる事柄があった。領都では闇試合が流行っているそうだ。


 最初は唯の喧嘩からだったらしいが、誰かが賭けを持ち掛けたらしい。そこから次第に盛り上がり、スラムに縄張りがあるカッツオーネとかいう裏組織が、闇試合の興行まで引っ張ったそうだ。機会が有れば、覗いてみよう。使えるかもな。



 そろそろ俺の用事を済ませる事にする。例の貴金属入り皮袋をテーブルに置いた。


「ハグナムさん、買い取りを希望するんですが幾ら位になりますか?」


 あくまで予想だが、1000万ゴルド位のはずだ。まあこの値からして、以前にフォクス叔父さんに渡した宝に、ハグナムさんが付けた値段を参考にしているけどな。古代貨幣の価値は一律で計算できるが、装飾品はなかなか素人が値段を付ける事は難しい。


 暫くハグナムさんは貴金属類を秤で計ったり固さなんかを確かめて、ようやく顔を上げた。


「買い叩くと900万だな。今回シグ坊だから教えるが、知らん奴だったら買い叩いてる。まあ適正価格で1000万だ。どうする?」


 おっ、読みが当たった。それでもハグナムさんのお蔭で助かった。エルヘイブンに居る双子も信用出来る商人をハグナムさんに紹介して貰っているそうだし、随分と助かっている。


「それでお願いします」


 ハグナムさんは頷き、更に奥の部屋から小さな皮袋を持ってきた。皮袋を渡され確認すると金貨10枚がちゃんとあり、商談を終えた。


「シグ坊の儲け話はやっぱり古代帝国関係なんだな? フォクスや双子からも買い取りしたから予想はつくが、もっと発掘出来るなら凄い儲けに繋がるかもな。どうなんだ?」


「そうですよ、古代帝国関係です。詳細は教えられませんが、まだまだこんな物じゃないですよ。楽しみにしてください。あと紹介してくれたエルヘイブンの商人は口が固くて信用出来るんですよね?」


 失礼かも知れんが訊いて、少し探る様にハグナムさんを見つめた。


「当たり前だろ! 俺の紹介だぞ。まあ心配するのは悪い事じゃないが信用してくれ、香辛料で命も店も世話になって、裏切る訳にいかんだろ」


 ニッと笑い掛けてくる髭ヅラに一片の不審さも感じられない。大丈夫そうだな。頭が眩しいんだが。


 その後ハグナムさんに安全性の高い宿を聞いて、店を出てメインストリート沿いにある宿に向かう。辿り着いた宿は炎と水の景観亭といって、老舗らしく落ち着いた雰囲気だ。長年この街で営業していて従業員も信用できるし、客層なんかも裕福な商人ばかりらしい。逆に俺の方が疑われる側かも知れん。鍵を渡して貰い、早速部屋に入る。


 部屋にはゼリム式ベッドやテーブル、椅子、陶器製の水差しとコップなんかもある。天井にも魂具の照明が埋め込まれており、ちょっとしたトコには手縫いのレースで覆って華やかにしていて、この世界にしてはアメニティがある方だ。


 値段は結構高く、1泊銅貨5枚。更に保証金で銀貨5枚もするが、ハグナムさん曰く、これ位の宿じゃないと盗難を心配しなきゃいけないらしい。


 確かにこれなら安心して荷物を置いておける。まあ盗まれてしまっても、炎剣や倉庫箱は脳地図に位置情報が映されるから即座に取り返してやれる。


 まだ時間は正午前だし、早速動いて情報を集めたい。俺は荷物からケソマール草やフクレ草、あと馬の尻尾の毛から作った黒の付け髭を取り出し、変装を開始する。頭髪をケソマール草で黒く染めて、付け髭を付け、フクレ草も顔や腹に塗り太って見えるようにした。


 水を飲んで10アル程待っていると、顔や腹が水分を含み肥えた様に膨れだす。そしてジュゲム父さんのお古の服で、更に見窄らしく見せる。


 部屋の隅に置いてある桶の水鏡には、長い黒髪で目元が隠れ髭ヅラの太った中年男がいた。


 中年に見えるのは、フクレ草の濃さを調整した物を顔に計算して塗ったお蔭だ。中年の風貌にちょっと懐かしさを感じるのは、前世の所為か。


 荷物からフード付き外套を取り出し羽織って準備完了だ。宿から出て歩き始めた。


 最初は情報収集の為にも、冒険者達の集まりそうな酒場にでも行ってみるつもりだ。メインストリートから程遠いスラム近くに、そんな酒場はありそうだ。

俺はこの情報収集を巡礼と名付けた。俺の言う巡礼とは、スラム辺りに存在する冒険者の集まる酒場を巡り、挨拶がてらどさくさに紛れて身体に触らせて貰い、俺の脳内プログラムにチャイルドロック登録する事だ。


 こうした地道な草の根活動が実を結び、徐々に地図上の人物光点も増えて来る筈だ。冒険者共は商売仇であり、警戒心を持って相対するぺき存在だ。従って俺の脳地図に光点として常に表示されれば、それは効果的な冒険者警戒方法と言える。


 スラムの酒場を見つけて入ってみれば、かなりの数の冒険者達が管を巻いている。俺は外套を脱ぐと畳んでベルトに絡ませ固定した。端から順に挨拶という名の登録を行いつつ観察をして、俺の脅威となる奴はいないか確認していった。


 最後の集団、五人の男だけの奴らに近付いて行った。俺は呼吸法の応用で、声を中年の声色に変えて声を掛ける。


「済まんが、ちょっと良いかの? ついこの間冒険者になったヨームと云う者じゃが。こうして冒険者の先輩方に挨拶させて貰っとるんじゃ。まあ顔見せじゃな」


 勿論嘘八百だ。変装して偽名で挨拶して、顔を覚えて貰うも糞もない。だが、こう言えば大抵何らかの反応を引き出せる。それが狙い目でもある。下手に出ているオッサンの新人への対応で、相手の腹の底が垣間見える筈なのだ。


「おうおう、見てたぜ! なんか変わった腹の触り心地なんだろ、オッサン。俺らにも堪能させてくれや。いいだろ?」


 猿顔の男が訊いてくる。

どうやら俺の変装に不自然さは無いようだ。物悲しいが、ちゃんとオッサン呼ばわりされてやんの。実は俺の作成した太鼓腹は、服から溢れて半腹状態で叩きたくなる様にしてあるのだ。


 更に完璧な調整で整えられた触り心地は、この様に皆に騒がれ触られる仕様にしてある。さっきまで他の冒険者達に挨拶した際にも、弄られ捲ったのだ。


 これは何も俺が変態な訳じゃない。これこそが、冒険者達をチャイルドロック登録する為の孔明の罠なのだ。


「仕様がないのう、一寸だけじゃぞい」


「よしきた! 凄え! なんだよこれ、本当に人の腹か! おい、ヘルマンも触ってみろよ」


 ヘルマンと呼ばれた無表情男は億劫そうに俺の腹に触り、無表情でこう言った。


「確かに変わった感触だけど、オッサンの腹じゃな」


 ボソッと呟くが俺には聞こえた。何だと! 俺の腹に満足しないとは何様なんだコイツは。いやいや、なんだか毒されてるな俺は。


 黙ってしまった俺の事が気になるのか、猿顔の男が喋り掛けてくる。


「そんな事より聞いてくれよ。ヘルマンはよ、凄く強えぇんだよ。今まで誰にも負けた事がねえんだぜ。攻撃が速過ぎて雷光のへルマンとか呼ばれてんだ。凄えだろ? 今度は闇試合にも出場する予定なんだぜ」


 へえ、そんな奴もいるんだな。雷光ね。速過ぎるか、覚えておこう。見ればへルマンと呼ばれた奴は、細身だが研ぎ澄まされたしなやかな肉体をしている。要注意だ。前世の知識で鍛え上げてきた俺に匹敵する速度が出せたりするのなら、間違いなく異常だろう。地図上のコイツらの光点は、赤色を付加しておくか。


「何と! 雷光のへルマンですか。二つ名を御持ちだとは、これは凄いですな。噂の闇試合にまで出場するとは、何て胆力でしょうか!この出会いに感謝します精霊様……さてと、お祈りも済みました。素晴らしい方々にも出会えた事ですし、今日はそろそろ退散するとします。それでは失礼します」 


「おう! 何か有ったらこいや!」


 大物ぶった発言をする猿顔の奴に別れを告げ、次の酒場へと行く事にする。


 暫く歩くと西部劇に出てくる様な、スイングドア付き酒場を見つける事が出来た。城塞だけに土地が余って無いのか、三階建ての建物で宿屋も兼用してる様だ。看板には黄昏亭と表記してある。


 建物の内観は吹き抜け広間が酒場、上階には宿泊用の部屋が沢山並び、吹き抜けの広間を部屋前の廊下から手摺越しに見下ろせる造りになっている。


 広間は前世の学校教室四つ分位で、左右の壁には紙が貼られている。おそらくだが、冒険者への依頼の紙が貼ってあるのだろう。


 酒場では日もまだ高いというのに、ここの冒険者達も酒盛りをしていた。まあ命懸けの商売だし、溜まるストレスを発散しているのかも知れん。そんじゃ営業開始だ。俺は手近の丸テーブルで歓談する冒険者パーティーに近付いた。


「すまんが、あんた達は冒険者で合っとるかの?」


 また呼吸法の応用で、中年の声色に変え声を掛けた。


「あん? 何だオッサン。

 依頼でも出しに来たんならアッチだぞ」


 指で宿屋の一階部分のカウンターを指す、20歳前後の男。


「違うんじゃ、儂は冒険者を始める事になっての。先輩方に挨拶がてら、顔を覚えて貰おうと考えとるんじゃよ」


 嘘を吐くのも何だか慣れてきたな。


「プッ、オッサンそりゃ無理ってもんだ。こんな腹してちゃ、まともに戦闘なんか出来ねぇだろ。冒険者なんて諦めろや」


 酔っているのか、ご機嫌で俺の太鼓腹をポムポムしてくる。あんまりやると金取るぞ。


「や、止めてくれんかのう」


 何とか男のポムポム攻撃を手で押し留める。


「ポムってしてて凄ぇ触り心地だな、あんたの腹は何で出来てんだよ」


「へえ、どれ俺らにも触らせてくれ」


 他の野郎共3人にもポムポムされ、俺はちょっとレイプ目に成り掛けた。いつか、この苦労が報われる事を祈ろう。それにしてもこれが冒険者の溜まり場に来ると、必ず起こるテンプレイベントって奴なのか?


「おいっ、ジェイド! 充分だろ! もう触るのは止めてやれよ。ポムさんが困ってるだろ」


 名乗ってもないのに勝手にポムとか呼ばれてら。この変装用に設定したヨームって名前もあるのに。


「おいっ、ジェイド聞いてるのか!」


 最初に触って来たジェイドとか呼ばれてる奴は、余程にポムポムが気に入ったのか一向に止めないのだ。


「もう少しだけ頼んますよ。いいでしょ? アダマカスさん」


 そんなに気に入ったのかよ。


「ジェイド、調子に乗るな!」


 リーダーらしきアダマカスと呼ばれた奴が、何とかポムポムを止めさせて頬を殴って叱りつける。リーダーシップを発揮するってのは、本当に大変だな。


「痛いですよ、アダマカスさん。こんなオッサン位、適当な扱いで構わないでしょ?」


「馬鹿野郎! いいか、ウチは紳士の集まりなんだ。だから適当だとか言うんじゃない」


 更にもう一発、奴はアダマカスさんとやらに殴られた。


「ポムさん、あんたの腹は大したモンだな。それでもメンバーが悪い事したな」


 リーダーのアダマカスって奴が謝って来た。ジェイドは、まだチラチラと俺の腹を見ている。大した腹ってどんな腹だ。


 彼らから聞いたが、この酒場兼宿屋はベテラン冒険者達の御用達で挨拶位ならいいが、新人かつオッサンな俺は睨まれない様に気を付けろとの事。


 もっとスラムの中に行けば、新人や中堅の冒険者達のいる酒場があるそうだ。そちらは別の意味で警戒が必要で、金に困っている奴の餌食にされない様にとの事だ。新人とかだと貧乏そうだしな。挨拶をして次のテーブルに移動した。ポムって名前で、覚えられてしまったが。




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