↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/142

第九十八章 赤いドレスの少女

俺は馬鹿みたいに、呆然とチラシを見つめていた。いや、これは絶対に見たことがない。少なくともここでは。プロエリアでしか見たことがなかった。


それとも俺は気が狂いかけているのか?


頭を振って、その考えを振り払った。そんなはずがない。パソコンに駆け寄り、焦れったい思いで起動を待ち、それから検索を始めた。


「唯一神」、か? 検索結果は顔のない男の画像で埋め尽くされている。関連サイトも山ほどある。一体何なんだ、この狂騒は?


考えて、「キリスト教」と入力してみた。ふう、どうやら情報はあるみたいだ。大筋では正しい。というか、俺は信者でもなかったし、興味もなかったんだが、大まかな印象は一致している。待てよ、もしかして……


「聖書」のオンライン閲覧を検索してみると、ページが空白だった。さすがにこれはおかしい。


うーん、じゃあ俺が覚えているのはタイトルだけってことか?


「キレート効果――多座配位子のポリデンテート性」


何もない!


俺はにやりと笑い、ゆっくりとアパートを出て隣人を呼んだ。まったく反応がないので、「レーナ」のドアをドンドン叩き続けた。すると少し怯えた様子で彼女がドアを開けた。またあの猫耳をつけている。


「にゃ?」


「話があるんだけど、いいか?」


少し迷ったあと、彼女は脇に退き、俺を中に入れてくれた。彼女が部屋に案内して座るのを待ってから、俺は質問した。


「何も覚えてないのか? お前の父親はファリン、村の長老だぞ。ほら、思い出せよ!」


眉をひそめて、彼女は床を見つめた。


「俺たちは夫婦だ! 娘が三人いるんだぞ、エヴィナとクリスティーナとアルビが!」


びくっと震えて、セフィーナは両肩を抱き、まつ毛の動きから察するに目を閉じた。長い数分が過ぎ、その間、俺の読みが外れたんじゃないかという裏切りのような考えが頭から離れなかった。だが、自分の発見を思い出しながら、俺は何度もその考えを追い払った。


「あなた……私の夢の中身を全部知ってるはずないわよね?」しばらくして、少女の小さな声が聞こえた。


「そうだ! まさにそれだよ! 俺たちは何かのクソったれな罠にハマってるんだ! 思い出せ、セフィーナ、俺たちはポータルに入って、それからこんなことになったんだ」


少女が立ち上がり、おぼつかない足取りで俺に近づいてきた。すぐ近くまで来ると、俺の目を見つめて弱々しく微笑んだ。俺はセフィーナを引き寄せて熱くキスをした。彼女の緊張した体が徐々にほぐれていくのを感じながら。


「そうにゃ! それは確かに覚えてる」今度は嬉しそうに微笑んで、長いキスを終えたセフィーナが言った。「でも、どうすればいいの、ニコ?」


もちろん、いい質問だ。どうやら、俺は徹底的に、自分がまだ普通の人間で、いつ死んでもおかしくないと信じ込まされようとしていたらしい。そのために俺の記憶から周囲の環境を再現したが、俺が覚えていないことや知らないことまでは作れなかった。セフィーナも俺と一緒に巻き込まれたようで、同じ状況に置かれていたが、何らかの理由で彼女は俺の世界に押し込まれて、召喚後に起きたことは全部幻覚に過ぎないという確信をさらに強めるための道具にされたんだ。


宗教の件は読み違えたみたいだ。どうやら連中にとっては、神々の試練を受けながら高次の力を信じない人間がいるなんて、信じられないことらしい。


俺が出会った新顔で、積極的に俺に影響を与えようとしてくるのは、看護師だけだ。そこから攻めるしかないな。


セフィーナに自分の推測を話すと、賛同の鳴き声が返ってきた。迷わず、馴染みのレストランに電話して席を予約し、その情報をメールで「新しい彼女」に送った。


時間はもうあまりなかったので、身支度を整えて、セフィーナに声をかけようとしたそのとき、また痛みが戻ってきた。冗談じゃない、くそ、俺は病気じゃない! 病気なんかじゃないんだ!


やっとのことで踏みとどまり、壁に手をついた。薬、そこにあるじゃないか、すぐそばに。もう一度飲んで、この苦しみを鎮めたくてたまらない。でも、もし飲んだら、起きていることを信じてしまう……


唸り声を上げて、俺は内ポケットから小瓶を取り出し、遠くへ投げつけた。セフィーナは物音を聞いて部屋から飛び出し、俺のもとへ駆け寄ってきた。


「ニコ、どうしたの、何があったの?」少女は心配そうに声をかけながら、俺を支えた。


苦しそうに笑って、俺は体を起こした。痛みが徐々に引いていくのを感じながら。


「大丈夫だ。行こう」


「マジで、本当に?」


セフィーナの顔から不安は消えなかったが、俺が元気よく階段を駆け下りていくのを見て、彼女は諦めて俺の後を追ってきた。どんな言葉より、それが答えだと理解したんだろう。


早めに着いた俺は、彼女に金を渡して、目立ちすぎず、かといって遠すぎない席を確保してもらった。まあ、あんなことをやった連中から本当に隠れられるかどうかは、正直自信ないけどな。


セフィーナには俺の世界での生活について説明があったらしく、目立たないよう振る舞いは結構自然だった。彼女がコーヒーを注文するのを確認してから、俺は辛抱強く待つことにした。


やがてターニャが現れた。短い赤いドレスを着ていて、下着がギリギリ隠れてるかどうか、って感じだ。どうやら特定の印象を与えようと決めたらしい。


胸元の谷間から覗く胸を突き出して、彼女は可愛らしく微笑むと、俺の向かいに座った。


「やっほー! そんなに待たせちゃった?」


「あ、いや、俺もついさっき来たとこ」


女の子はクスクスと笑って、俺が嘘をついたことに気づいたようだが、それでも俺の頑張りは評価してくれたみたいだ。俺は軽めのサラダを二つとシャンパンを注文した。グラスを高く掲げてカチンと音を立て、俺たちは退院を祝って乾杯した。


「ねえ、あなたが無力な状態で横たわっていた時、本当に可愛かったのよ。毎日あなたを見ながら、この日を夢見ていたの。そしてついに、ついにその日が来たのよ!」ターニャは自分の言葉に照れながら、小さな声でそう言った。


「ああ、もちろん、それを知っていたらもっと早く目を覚ましたのに」俺は陽気にそう言いながら、サラダを口に運んだ。「でも、やっぱり暗い話題に触れておくけど、医者に診てもらったんだ。もしかしたら、俺たちが会うのはこれが最初で最後かもしれない」


ターニャの顔が悲しげになり、彼女は切なそうに溜息をついた。


「わかってるわ、コーリャ。それでも、一度でも会えた方が、何もなかったことを後悔するよりはずっといいでしょう?」


「そうだな。俺は最近、この先どうなるんだろうってことをよく考えるようになった。若い時は死について考えないものだが、色々な説があるじゃないか。天国とか、煉獄とか、それともただの虚無で何もかも終わりとか」


ターニャはそんな話題を聞いて、目を輝かせた。


「唯一神は言っているわ、死後には素晴らしい世界に行けるって! でも、それは生きている間にちゃんと神に仕えた場合だけよ」


シャンパンを一口飲んで、俺は慎重に言った。


「信じたいもんだな」


その後、俺は痛みに苦しむかのように身を縮こまらせた。もう何度もやってきたことだから、問題なく演じられる。


「ああ、だめ、コーリャ、大丈夫なの!? お薬はどこ!? ねえ、黙ってないで!」ターニャが素早く喋り始めた。声には勝ち誇ったような響きが混じっている。


「俺……忘れた、うっ……」俺の小さな囁きは、ホールで流れている音楽にほとんど掻き消されていた。なぜかスタッフは誰も俺のところに駆けつけてこない。「ターニャ……」今度は少し大きめに言った。


彼女が席を立って近づこうとした瞬間、俺は床に倒れ込んだ。倒れた俺は喘ぎながら、彼女の露出した脚にしがみついた。ターニャは振りほどこうとしたが、俺はしっかりと掴んでいた。


「お願いだから、行かないでくれ。一人で死にたくないんだ」哀願するように言いながら、看護師を掴み続けた。結局ターニャは諦めて、傍らにしゃがみ込み、苛立った様子でため息をつきながら俺の頭を撫でた。


「大丈夫よ、もうすぐ終わるわ。私がそばにいるから。もう少しだけ我慢して」かつての優しさのない声で、彼女は独り言のように呟いた。俺はその間、秒数を数えていた。


「チップが再起動しました」


「市民ステータス+1」


「繋がりの再起動――進行中」


「お待ちください……1%……2%……」


「このクソ野郎!」


女は空いている方の足で俺の腹を思い切り蹴りつけてきた。痛みに顔をしかめながら、俺は慌てて飛び起きた。


目を細めたが、繋がりはまだ作動していない。くそ!


ターニャはテーブルからナイフを掴むと、俺に向かって突進してきた。だが、彼女の背後から怒りに満ちた鳴き声が響いた。セフィーナが背後から飛びかかり、女の首に……弓の弦を?


喉を鳴らしながら、看護師は相手をナイフで刺そうとしたが、セフィーナは巧みに身を捩って攻撃を躱した。


俺も飛び上がって、ターニャの憎たらしい顔面に気持ちよく一発食らわせた。返ってきた数発の蹴りは楽に避けられた。最後に、女は喉を鳴らして床に崩れ落ちた。


「それで、これからどうするの?」息を切らしたセフィーナが辺りを見回しながら訊いた。客も従業員も、何事もなかったかのように食事を続けている。


俺の持ち物が見当たらない以上、指輪もブレスレットもない。そのまま戻ることはできないだろう。繋がりを待つしかない。


「とりあえず入口から離れた場所に隠れよう。まだ誰か来るかもしれないし」


警察のサイレンが聞こえてきたが、警官たちがホールに突入してきた頃には、俺とセフィーナはもう厨房に身を隠していた。ただ、ここは武器の調達が明らかに問題だ。


最初の銃声が響き、俺たちは非常口から駆け出した。外はもう薄暗くなり始めていて、通りは占拠したパトカーのライトで煌めいている。


まだ20%……


辺りを見回して、俺たちは近くにある車を選んだ。年代物のウアズじゃないか、一体どこから掘り出してきたんだ! 錆びついたポンコツにしか見えない。近づいてみると、俺たちは事態に無関心な警官を運転席から引きずり出して、鍵を奪った。


エンジンを唸らせて、俺はすぐに方向転換して前へと走り出した。後ろから弾丸が飛んできて後部ガラスを割ったが、一番遠い車を選んだのは正解だった。ただ、どこへ向かえばいいんだ?


路地を縫うように走り抜けて、俺は渋滞に巻き込まれないよう賑やかな道路から離れる方向へと車を飛ばした。まあ、人気のない道路そのものはそれほど嬉しくもなかったが。


とはいえ、十分も経たないうちにエンジンが咳き込んで車が止まってしまった。ポンコツから飛び出して、俺とセフィーナは近くの中庭に駆け込んだ。この辺りのことはあまり詳しくないが、とりあえずマンションの階段を駆け回ってみるか。


ヒュンッという音と共に、俺たちのすぐ傍を火球が通り過ぎ、アスファルトに激突して轟音を立てて爆発し、俺と女の子を吹き飛ばした。素早く立ち上がると、爆発の跡には巨大なクレーターができていて、そこで灼熱の炎が燃え上がり始めているのが見えた。その熱は数十メートル離れた場所からでも感じられ、まるで燃え盛る焚き火のそばに顔を近づけているかのようだ。爆発範囲に入った砂場は、炎の舌が表面を舐めた箇所で、溶けた砂がキラキラと光っていた。セフィーナを抱え上げて走り出し、一瞬だけ振り返った。二メートルほどある、動物みたいに湾曲した脚を持つロボットが、股間と腕の部分を赤い布で覆っていて、頭部のランプを点滅させながら、奇妙な手つきで何かやっている。その周りには同じような火球がいくつも回転していた。


「対象を解析……完了。セリフを選択……完了。死すべき者よ、逃げるな。大丈夫だ!」機械的な声と、かすれた電子音の笑い声が背後から聞こえてきた。


駐車された車の間をウサギみたいにジグザグに駆け抜けながら、転倒時に足を痛めたセフィーナを必死で支えた。女の子は絶えず足を引きずっていて、これは全部現実じゃないんだと説得しようとする俺の試みすべてに、痛みで顔を歪めるだけで、気を逸らすことができずにいた。


もう一つの火球が近くを飛び、誰かの四駆を吹き飛ばした。炎はすぐに高級車を飲み込み始め、焼けたプラスチックの悪臭を辺りに撒き散らす。警報が鳴り響く他の車の陰に隠れて、俺はタイミングを待った。爆発だ! 部品の破片が周囲に飛び散り、ガラスを叩き割った。


60%


ロボットがゆっくりと近づいてくるのを追いながら、俺はエントランスまでの距離を測った。もう一発、間違いなく飛んでくる。


「言い訳を選定……完了。死すべき者よ、お前が悪い。さっさと死んでりゃ、誰もお前を焼こうとは思わなかっただろうに」


この知ったかぶりの声を無視して、俺は走る準備を整えた。セフィーナが頷いて準備ができたことを示し、俺はスタートした。


だが遠くまで逃げることはできなかった。火球が俺たちの間をすり抜け、奇跡的にかすりもせずに、ほんの数メートル先に激突したからだ。


呆然と頭を振って、俺は耐え難い熱気で息が苦しくなるのを感じた。幸い、爆発で俺たちは十分遠くまで吹き飛ばされたおかげで、乾いた薪のように燃え上がることはなかった。


息を止めようとして、俺は目を細めた。目を乾かす空気に耐えられない。セフィーナは爆心地により近く、彼女の服はもうくすぶり始めていた。あとほんの少しで炎が本格的に燃え上がる。だから俺は歯を食いしばって彼女に駆け寄り、力を振り絞って遠くへ引きずった。徐々に意識を取り戻した彼女も手伝い始めたが、もう時間は失われていた。


機械のヤツは、歩きながら笑い声を上げて、もうすぐそこまで迫っていた。強力な打撃で次々と車を弾き飛ばしながら、俺たちに向かって進んでくる。


80%


駐車場を車で埋め尽くしてくれた連中全員に心の中で感謝しつつ、俺は再び走る準備を整えた。セフィーナは黙って俺を放し、ロボットに向かって歩き出そうとしたが、俺は素早く彼女を引き戻した。


「何考えてんだ、そんなヒロイックなマネは無用だ! お前が繋がりなしで死んだらどうなるか、俺には分からないんだ。だから絶対にやめろ!」俺は少女を叱りつけながら、クレーターという障害物のせいで、今度は迂回して玄関に近づいていった。


すすり泣きながら、セフィーナは「あなたの方が大事」といった台詞を言おうとしたが、俺は素早く彼女の唇にキスして、それを遮った。


「さあ、もうちょっとだけ我慢してくれ、本当にあと少しだから!」


幸いなことに、ここのドアはこの辺りではよくあるタイプで、インターホンが壊れているのが隙間から見て取れた。大きく息を吸い込んで、俺は腰を上げ、俺たちは走り出した。


勢いよくドアを開け放ち、セフィーナを中に押し込み、自分も飛び込んだ瞬間、また一発の球体の爆風が背中を直撃した。


熱い戦闘の後の心地よい冷気が満ちる玄関ホールで、俺たちは上へと階段を登り始めた。下から扉が押し潰される音が響き、続いて轟音。窓から覗くと、エントランスのドアがぐしゃぐしゃの金属の塊になって遠くに転がっているのが見えた。


「繋がり再起動完了!」


「現在の残存寿命――49+(173)。能力発動用ボーナス年数:69(66)(係数0.4)(捕虜――4)」


セフィーナに視線を向けると、俺は繋がりを開いた。「殺害――拠点で復活」


少女が消え、下から爆発音が響いた。階段が足元から崩れ始めたが、俺は飛び出した鉄筋に掴まることができた。


やっぱりな、下にクソロボットがいやがる。バギー召喚。


高くはないが、天井の高さから車が敵の真上にドスンと落下し、床に叩きつけて押し潰した。


補給物資召喚、攻撃ドローン。


上からもう一つ補給品のキューブが落ちてきて、ドローンは従順に降下しながら獲物を撃ちまくった。爆発が轟き、バギーと補給物資の手榴弾の誘爆で威力が増幅された。力を発動させて、俺は身体を引き上げ、無事な足場によじ登った。


ロボットが妙に静かになった。まさか、あれで十分だったのか? だが、俺はどうやって戻ればいいんだ?


できた穴を覗き込んで、俺は頭から飛び降りた。


◇◇◇


気がつくと、俺は何かのコンテナの中に横たわっていた。復活の選択肢は出なかった。どうやら、これは全部本物じゃなかったからだろう。それとも、自殺には自己犠牲が発動しないのか? 確認してみると、1年奪われていた。


頭に絡まった大量のケーブルを引きちぎって、足元にある開口部から素早く這い出た。


巨大なホールだった。空気には金属の匂いが漂い、床一面に錆びた格子が敷き詰められている。床から高さ六メートルのアーチ型の天井まで続く巨大な窓からは、赤い荒野が見渡せた。遠くに「唯一神」の像が見える。


見渡す限り、辺り一面にコンテナが並んでいた。俺が這い出てきたのと似たようなものもあれば、開いているものもあって、その一部には様々な型のロボットが動かずに横たわっていた。


もう見学は十分だと判断して、石材を回そうと準備していると、すぐ近くで機械音声が聞こえた。


「レストランにでも連れてきゃ黙ると思ったか、コーリャ?」


◇◇◇


「現在の残存寿命――48+(173)。能力発動用ボーナス年数:69(66)(係数0.4)(捕虜――4)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。