第百二十三章 書類仕事
そもそも、俺はここに自分の用事で来たはずなのに、いつの間にか他人の用事になってるじゃないか。念のため、俺はわざとゆっくり歩いた。案内役は神経質そうにしていたが、急かそうとはしなかった。ってことは、ただの礼儀訪問で、娘たちは無事なんだろう。
歩きながら、この小さな町にはもう奇跡は起こらないんだな、って考えが頭に浮かんだ。イザベラも一理あったのかもしれない。この世界の特性を考えれば、人々は不具のままでいるより、ある種の「命の前借り」を受け取った方が良かったのかもしれない。
まあ、全員を満足させることなんてできないけどな。これでイザベラから長期的な保証が得られるなら、どこかのヴァンパイアが時期尚早に彼女をぶっ殺したり、彼女の考えを変な方向に向かわせたりする心配をしなくて済む。
落ち着いて、俺は取り付けられた小さな階段を登り、かなり高い位置にある入口へ向かった。ドアが親切にも開き、中に入った瞬間、眩しすぎる光に目が眩んだ。
目を細めていると、二人の若い男が飛んできて身体検査を始めた。クリスタライト製のナイフを取り出すと、専用の容器に収め、出るときに返却すると告げられた。
光に慣れて、俺は素早く周囲を見回した。イザベラの所が簡素な造りだっただけかもしれないが、違いはあまりにも歴然としていた。周りは全て金か、その偽物で装飾されている。壁には彫刻入りの銘板、小さなサイドテーブル、そして警備員用らしき椅子とテーブルまである。
テクガンの一人――黒地に金の装飾が施された、きっちりアイロンがけされた制服を着た男――が、歓迎するような仕草でこの巨大マシンの奥へと続くドアを指し示した。近づいて、小さなモーター音とともにドアが開くのを待つと、目の前に上へと続く階段が現れた。
「あいつ、モデルのリングをあんなに持ってるんだ。ボディチェックなんて意味ねえよ」背後から囁きが聞こえてきた。
「お前には関係ねえだろ。俺たちは心配する仕事で金もらってるわけじゃねえんだから」
ドアが閉まり、一人きりになった俺は素早く指輪を口元に近づけた。
「セフィーナ、聞こえるか?」
「はい、にゃ! どこ行ってたんですか?」不満げな声が聞こえたが、その後にほっとしたようなため息が続いた。
「今のところ男爵夫人たちと話をしてる。平和的にな。そっちは大丈夫か?」
「はい、にゃ。早く戻ってきてくださいね?」
「努力するよ」
階段を素早く上がると、模様の入った鉢に植えられた小さな観葉用のヤシが目に入った。壁を滝が流れ、スピーカーからは鳥のさえずりが聞こえてくる。で、これがまだ控えの間なんだろう、部屋に入る前の。
俺は首を横に振ると、女の笑い声が聞こえてくる次の扉に近づいた。
「それで彼ったら私に言うのよ、『お嬢様、乳首が見えてますよ!』って。そしたら私、『片方だけ? じゃあ、こうした方がいいわよね!』って――胸を全部見せてやったの。あの一件の後、ペインは出世街道を駆け上がったって話よ!」と、陽気で楽しげな声が響いていた。
中に入るとすぐ、ジェシーとケイトが上品に笑う声が聞こえた。二人はソファに座って、手にアイスクリームの器を持っている。見た目には普通だったが、ジェシーとはもうかなり長い付き合いだ。俺が近づくと、彼女の表情がほんの少し変わったのが分かった。「やっと終わる」って顔だ。
部屋は今まで見た場所よりもさらに豪華に飾られていた。ヤシや高級家具に加えて、信じられないほど毛足の長い絨毯が敷かれている。そこら中に、ありとあらゆる金の置物や装飾品が並んでいた。特に圧巻だったのは、この豪華絢爛な空間の主人の頭上、壁から突き出た二つの竜の頭だ。
艶やかな黒髪の美女が、長い髪を丁寧に編み込んだ三つ編みにし、装飾的な金の飾りで彩っていた。玉座のようなものに腰を下ろしている。笑みを浮かべているにもかかわらず、その顔からは冷気が漂ってくる。珍しい鮮やかな黄色、いや、黄金色と言ったほうがいい瞳が、値踏みするように俺を見渡した。笑みが少し歪み、細い造作の美しい顔立ちにもかかわらず、かなり恐ろしげな冷笑へと変わった。
脚を組み、暗い布地に包まれた体は、まるで第二の皮膚のように少女に密着していた。少女は少し前のめりになり、黒と金のブラウスの慎みのない胸元からこぼれ落ちそうな大きな胸を強調した。あるいは、ハイネックのブラウスとして考案されたものが、スケベなデザイナーの構想を経て「長いブラジャー」に変貌した何かと言うべきか。
金の模様が入った爪付きの黒い手袋をはめた手を振って、オフェリアは俺に座るよう勧めた。
極上に柔らかい椅子にどかっと座ると、快適な素材が俺を包み込むのを感じ、突然眠くなった。もうとっくに真夜中を過ぎているだろうことを思い出して。
「さてさて、死すべき者ご本人ですか」男爵夫人は笑みを絶やさず言い、じっと俺を見つめた。
片手で頭を支え、少女はもう片方の指先で、リボルバーが置かれた小テーブルをコツコツと叩いていた。
「黄金の男爵夫人のような有名な方にまで俺のことが知れ渡っているとは光栄です」
オフェリアは朗らかに笑った後、リラックスして「玉座」の背もたれに体を預けた。
「もちろんよ。今は東方領を治めているけど、だからって私がここ出身ってわけじゃないでしょう? ポータルゾーンで子供時代を過ごしたから、死すべき者にまつわる悪夢を山ほど聞かされたわ。卑怯者のアルヴァー派閥が正々堂々とした戦いを嫌って呼び寄せる、恥知らずな化け物。決まった姿を持たず、一分間に五回も姿を変え、全員を皆殺しにするまで止まらない化け物」
「何言ってるんですか、パパはそんな人じゃありません!」とケイトが叫び、オフェリアを挑むように見つめた。
「ま、そうよね、坊や。心配しないで」と男爵夫人が柔らかく言った。まるで赤ん坊をあやすように。「パパってそういうものよ――いつだって誰よりも素敵なの」
「もし俺を呼んだのが個人的な恨みを晴らすためなら、さっさと片付けようぜ。わざわざ俺の家族まで巻き込む必要はなかっただろ」と俺は冷たく言った。
「あら、違う違う、ただ思い出しちゃっただけ」と少女は鉤爪の手袋で手を振った。「あなたを呼んだのはそんな理由じゃないわ。明日は競技会でしょう? あの紅のビッチ、きっとあなたの助けを借りようとするわよね」
「それで?」
微笑んで、少女は立ち上がり、近くに寄ってきて俺に身を屈めた。強烈な香水の匂いが鼻を突いた。
「あなたに彼女じゃなくて、私を助けてほしいの。あなたに提供できるものがあると思うわ」と少女が囁き、片方の胸をあらわにした。
ジェシーの方から歯ぎしりの音が聞こえた。まあ、俺ももうガキじゃないんだが……
「ありがとう、オフェリア。そういう提案は嬉しいんだが、少なくともその方面については俺は十分足りてるんでね」
「あなた……男爵夫人を拒絶するの!?」脅すような調子で少女が囁き、さっきまで見せていた魅力を隠した。
「拒絶ってわけじゃない。君は魅力的だよ。ただ、死すべき者の助力ってのはすごく高くつくんだ、わかるだろ? 最低でも結婚と長期的な協力関係が必要で、一夜限りの情事じゃ話にならない」
唇を尖らせて、オフェリアは俺を睨みつけていたが、やがて席に戻った。
「ってことは、イザベラはもう了承したってわけ?」しばらく考えた後、疑わしげな目で俺を見ながらオフェリアが訊いてきた。
「いいや」
イエスと言ったら、ルールは知らないが、オフェリアがライバルを不正行為で告発する手段を見つけられるかもしれない。ギリギリまで手の内は明かさない方がいい。
「じゃあ、あなたは一体何が欲しいわけ?」苛立たしげに指で机を叩きながら、少女が尋ねた。
「フレムテックとテクガンの両方からポータルゾーンを守る。要するに、楽な稼ぎを求めるテクガンの連中も、いくつかのポータルを抜けて忍び込んだ狡猾なフレムテックも、アルヴァーの領域には足を踏み入れさせない。それに加えてポータルゾーンでの資源収集の取り分と……それから結婚だ」
俺が言葉を重ねるたびに、男爵夫人の目が大きくなっていった。驚きが止まらないようで、爪でコツコツやるのもやめていた。数分考え込んでから、彼女は言った。
「結局のところ、余分なロートクから得られる利益は大部分が私のものになるわ。それに黄金の男爵夫人に逆らいたがる者なんてほとんどいないし。ふむ。話はまとまったわね」
「まだだ」
少女の苛立ちが再び高まり始め、ジェシーとケイトが心配そうに俺を見た。どうやら二人はとっくにここから離れたがっているらしい。
俺は続けた。
「競技会が終わった後に発効する合意が必要だ。書面か、あるいは保証付きの別の形式で。信用していないわけじゃないが、あんたの領域で俺の言葉なんて大した価値はない。それに血を流すのは何より避けたいんでね」
男爵夫人が激昂するかと思ったが、彼女はただ薄笑いを浮かべただけだった。
「わかった。ペインの部下たちが、俺たちのささやかな取引に十分な保証になると思うか?」
あの男について聞いた話を考えれば、十分ありえる。ジェシーに視線を向けると、彼女は素早く頷いた。
「わかった」
ゆっくりと立ち上がったオフェリアは出口へ向かい、俺たちを招いた。
下に降りて短剣を回収し、全員で快適な移動車両を出た。
内装が無駄に派手な四輪駆動車に乗り込み、俺たちは街から離れた方角へ向かった。道のりは二分とかからず、すぐに巨大な軍用テントの前に着いた。
入口には警備兵が立っていた。装備は明らかに上等だ。普通の制服やTシャツではなく、最新式のボディアーマー、暗視装置付きのヘルメット、ダットサイトとグレネードランチャーを備えたかなり現代的なライフルを装備している。
俺たちが近づくと、俺や他の奴らにレーザーサイトの照準点が無数に浮かび上がった。
「こいつは私と一緒だ」とオフェリアは近づいてきたテクガンの男に言い放った。男は俺たちをじっくり見渡してから、テントの中へと道を開けてくれた。
書類で埋め尽くされた長テーブルの前に、四十歳くらいの男が座っていた。シャツのボタンは無造作に開けられ、ネクタイはだらしなく緩んでいる。俺たちを見つけると、男は立ち上がって丁寧に挨拶してきた。俺とは握手を交わし、オフェリアが差し出した手の甲には口づけをした。ジェシーとケイトは、こういうのに慣れていないのか、少し後ろに下がったままだった。
「こんな遅くに来客があるとは思わず、お見苦しい格好で失礼」男は慌てた様子で鼻眼鏡を直しながら説明した。「何かご用でしょうか?」
「誓約の契約書を作成していただきたいの」とオフェリアは男を見ながら、くすくす笑って言った。咳払いをして、ペインの部下である男は何も言わず、書類の山に顔を埋めた。
「どうぞ、条件をお聞かせください」
俺が求める条件を全部説明して、資源の取り分を全体で10パーセント、ただしクリスタリットだけは40パーセントと指定した。それから、婚姻に関する義務は大まかに記載して、俺の名前は一切出さないよう確認した。書類が万が一よからぬ手に渡った場合、誰かを巻き込みたくないからだと説明しておいた。
俺は明日以降、好きなタイミングで義務の履行を要求できる。もし履行されなかった場合は、ペインの部下たちがオフェリアに然るべき措置を取ることになる。
もちろん、契約は相当一方的な内容になった。だから俺は最後まで、男爵夫人の真意を疑っていたんだ。
装甲車に戻った俺たちは、来た道を引き返した。戻ってくると、またあの仮設住宅に通されそうになったが、俺たちが断ると、オフェリアが言った。
「ニコ、もう分かってるわよね? あなたをここから出すわけにはいかないの。今この瞬間から競技が終わるまで、約束を守ってほしければ、ずっと側にいてもらうわ」
苦笑いを浮かべながら、俺は肩をすくめてジェシーとケイトと一緒に中に入った。俺たちには個室が用意され、見張りまでつけられた。幸い、誰も部屋の中でずっと監視するつもりはないらしく、俺は少しホッとした。
「ニコ、これからどうするの?」明らかに焦った様子でジェシーが尋ねた。「私たちは逃げ出せるかもしれないけど、そうしたらこの旅全部が無駄になっちゃう。鳥籠の小鳥みたいに、ここでじっとしてなきゃいけないのよ」
「様子を見よう」
リネル皇女を呼び出すと、俺は少女に小声で尋ねた。
「一定の範囲より外に音が漏れないように、すごく静かに演奏することはできるか?」
「はい、ご主人様。あなたのためなら何でも」エルフの少女は恭しく頭を下げ、演奏の準備を整えた。
車の半径内に制限を設けて、音楽が流れるのを待った。警備員たちが床に倒れる音を聞いて、俺はドアから滑り出し、男爵夫人のところまで辿り着くと「契約書」を探し始めた。どうやらこの娘はもうどこかに仕舞い込んでしまったらしい。人間が眠っている間は寄生体が役に立たないと推測して、俺はインペラの霧を呼び出した。
部屋全体が白っぽい靄で満たされたので、一つの目標に対してはどうやら過剰だったようだ。だが目的は達成した。ディファーと同じように、もう一つの身体を操る方法を直感的に理解したんだ。男爵夫人を持ち上げて、彼女の思考に潜り込もうとしたが、慣れていないせいで、繋がりのない言葉の奔流にただ打ちのめされた。契約のことを考えようと努めると、金庫の記憶とコードまで見つけることができた。
過剰な情報で既に頭が痛み始めていたので霧を解除し、隠されたパネルに近づいて、それをずらして数字の組み合わせを入力した。
契約書以外にも、ここには神々の石がいくつかあった。後で回収しようと決めて、全てを元通りにしてから、女の子たちのいる車の部屋に戻った。すぐに戻ると告げて、慎重に車から出た。
幸い、こんな遅い時間に偶然の通行人はおらず、警備員たちは皆疲れて車の壁にもたれかかっていた。
SUVを手に入れて、既に知っている道を走ったが、一キロ手前で止めた。
暗闇の中を走り抜けて、テクノコマンドを起動し、センサーで警備員たちの位置を確認した。どうやら誰もペインの部下を襲おうなんて本気で考えていなかったらしく、入り口に兵士が二人いるだけで済んでいた。それに遠くの監視塔にいるスナイパーたちだけだ。
近づいて、俺はテントの布を切り裂き、中に潜り込んだ。そして、まだ仕事をしている眼鏡をかけた男に脳内寄生虫を使った。
以前の契約を破棄してもらい、俺は新しい契約書を作成した。そこには装備の一部譲渡と資源の取り分の増額を追加した。それから、もう一つ契約書を作成して、急いで戻った。もしかしたら、こんなやり方なら古い契約書は必要なかったかもしれないが、それでも新しいのを作る時にどこかでミスるんじゃないかと不安だったんだ。
オフェリアの車に飛び込んで、古い契約書を元の場所に置き、再び外に出て、イザベラのところへ向かった。
ここでは警備が問題なく通してくれたが、彼女は再び機嫌が悪かった。
「ニコ、あなたが黄金の男爵夫人のところに行ったって、もう報告を受けたわ。私にはあの人と同じ金額なんて、とても出せないと思うけど……」
唇を噛んで、彼女はベッドに座ったまま体を揺らしていた。俺を見ると、驚いた顔をした。
「あら、その書類は何?」
「サインしてくれ」
書類にさっと目を通すと、彼女は呆気に取られた様子で俺を見つめてきた。
「試合の結果に関わらず、勝者は紅の男爵夫人だと宣言する? というか、全ての賭け金が俺のものになるってことか?」
「ああ」
「そしてペインの部下たちがちゃんと実行させるんだな?」
「そうだ、お前も読んだだろ」
少女は微笑むと、突然俺に飛びかかってきて、俺を倒した。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう!」イザベラは囀りながら、俺の顔中にキスの雨を降らせた。
「おいおい、キスのためだけにやったわけじゃないんだぞ。もう一つ契約がある」
「資源と技術の譲渡義務に、結婚。それなら賛成! ふう……今すぐ結婚しちゃおうよ!?」少女は俺の上でそわそわと身をよじった。
「いや、今はオフェリアのところで自分の役を演じないといけない。全部終わったら、それから考えよう」
明らかに残念そうな様子で、彼女はもう一度俺にキスをして、名残惜しそうに降りた。
黄金の男爵夫人の車に戻ると、俺は娘たちに書類を隠すよう頼み、皇女を呼び出した。その後何も起きなかったところを見ると、みんな職務中に居眠りしていた事実を隠そうと必死だったらしい。
「ねえパパ、なんで結婚契約書が二つ必要なの? 結婚できる相手は一人しか残ってないのに」とケイトが尋ねてきた。「まさかママかエンディスおばさんを……」
ジェシーが息を呑んで俺を見つめた。俺は微笑みながら娘たちを抱き寄せ、妻にも娘にもキスをした。
「息子たち全員を皇女と結婚させたら、遅かれ早かれ息子たちの間で争いが起きる。だから、他の派閥のVIP令嬢を捕まえさせるんだ」
◇◇◇
「現在の残存寿命――48+(318)。能力発動用ボーナス年数:159(140)(係数0.5)(捕虜――41)」




