第11話 子らが覚えるもの
「御見事」
子どもが腰を落とし、削り残しのある木片を腹へ横に当てた。
「三原様の、秋水のごとき最期だ」
木片の先が着物へ沈んだ。その前へ、もう一人の幼い子が飛び込んだ。清之助の弟だった。両手で木片を払い落とすと、乾いた音がして、板は二人の足もとへ滑った。
明治元年の冬、清倫館は、止めていた講を少しずつ戻していた。以前の館生だけでなく、初めて文字を習う幼い者も、同じ時に出入りしていた。その日の始まりに大人が教えたのは切腹の作法ではない。子どもが拾ってきた言葉と木片が、学ぶ場へ先に死の形を持ち込んでいた。
「やめろ」
「何すんだ」
「兄ちゃんは、そんなんで死んだんでねえ」
真似をしていた子が弟の肩を押した。弟はよろめき、すぐ押し返した。次には互いの袖と襟をつかみ、片方の膝が敷物から外れた。周りにいた子らが退き、二人分の場所だけが広がった。
元信は抱えていた帰着札を置いた。
「離れろ」
二人の間へ腕を入れた。弟が振り上げた拳を手首で止め、もう一人の襟をつかんだ手を外させる。子どもの爪が元信の手の甲を擦った。二人を腕の長さより遠くへ分けても、弟は前へ出ようとした。
「木ィ腹さ当てた」
「ただ真似しただけだ」
「死ぬ真似すんな」
「三原様は立派だったんだぞ。御見事で、刃は秋水みてえだったって」
子どもは地に落ちた木片を見た。元信は先に拾い、手の届かない所へ置いた。
木であっても、腹へ向ける形は分かった。子どもの手には血も、刃の冷たさもない。元信の右手は、柄を引いた時の重さを覚えていた。
役目表を包んだ書役が戸口へ向いた。藤吉が左腕を伸ばした。久馬が下がれと命じた。それでも、自分は刀を抜いた。三原の死を正しいとも誤りとも決められない。だが、見事と呼ばれた死が城内へ残した圧しに、自分も押された。座っていれば名を奪われる、退けば清之助の名を守れない。そう狭めた先で、行く手にいた藤吉の腕へ刃を下ろした。
善いものを守ろうとしたから傷が軽くなることはなかった。
「片倉様だって、刀ァ抜いたって聞いた」
周りの一人が言った。元信はその子を見た。
「抜いた。吉田藤吉殿の左腕を斬った」
子らの動きが止まった。
「だが、お前の真似と一つにはするな。俺は刀を持つ責を知る年だった。止められても抜いた。お前たちと同じだったことにすれば、俺のしたことを軽くする」
真似をした子は腹から両手を下ろした。清之助の弟は元信を見ず、乱れた袖を引いた。
「兄ちゃんは帰ってた」
「分かっている」
「戻れって言われて、帰ってたんだ」
「そのとおりだ」
弟はそれより先を言わなかった。元信も、兄の死を弟に説明させなかった。
小原が学ぶ者の間を抜けて来た。二人の顔と手を確かめ、血が出ていないことを見ると、離れた場所へ座らせた。誰が先に殴ったかを競わせず、見ていた子へ、起きた順だけを言わせた。
「木片は」
「こちらです」
元信が示すと、小原は拾い上げなかった。
「誰から三原様の話を聞いた」
真似をした子は口を結び、やがて答えた。
「人が話してた」
「どこでだ」
「道で。大人が」
「名は知っているか」
首が横へ動いた。別の子は、ここへ来た者から聞いたと言い、その者も家で聞いたらしいと続けた。秋水と言った者、御見事とだけ聞いた者、三原が一人で水枝を救ったと聞いた者がいた。どこからどこまでが同じ話かは揃わなかった。
小原は口伝を禁ずるとも、聞いた者を罰するとも言わなかった。
「今日はここまでだ。二人は帰る前に、互いに手を出さず話を聞けるところまで離れて待て。ほかの者は、初めにいた人数を数え直せ」
子らが互いの顔を追った。一人が数え、別の一人が数え直した。木片は小原が布に包み、元信へは渡さなかった。
清倫館が再び人を入れるようになっても、元信の帯刀停止は解かれていなかった。大小は城預かりのままで、腰には何もなかった。押込から外へ出されたのも、道路の修繕、救護の荷、帰着の確認など、命じられた用のある時に限られていた。どこへ行き、誰の下で働き、いつ戻ったかは、そのたびに控えられた。
この日は、道直しへ出た者の帰着札を小原へ届け、清倫館で照らし終えた札を城へ戻す役だった。子どもを止めるために呼ばれていたのではない。
「片倉」
小原が呼んだ。
「いま聞いた言葉を、岩井殿へそのまま届けてくれ。お前が何を思ったかは、その後に分けて話せ」
「承知しました」
元信は帰着札を拾った。札の数を確かめる。来た時と同じだけある。木片だけが、別の包みに収まっていた。
城へ向かう前に、二人の子がそれぞれ迎えられたことを見届けた。清之助の弟は母ではない大人の脇に立ち、振り返らずに出ていった。真似をした子は、包まれた木片を一度見たが、取り戻そうとはしなかった。
元信は記録奉行詰で、久馬へ出来事を告げた。
「最初の言葉は」
「『御見事』です。次に木片を腹へ当て、『三原様の、秋水のごとき最期だ』と」
「清之助の弟は」
「木片を払い落としました。兄はそのように死んだのではない、戻る命に従っていた、と申しました。そのほかは言わせておりません」
「負傷は」
「ありません。袖と襟をつかみ、押し合いました。私が分けました」
「口伝の元は」
「取れていません。道で大人から聞いた者、家で聞いた者、別の子から聞いた者が混じっています」
「家ごとに聞き取り、最初の口を探しますか」
書役が尋ねた。
「探せるところまでは聞く。だが、子どもが名を知らぬ者へ、こちらで名を当てるな。話した家を一つずつ咎めるための人別も作らぬ」
小原から届いた追い書にも、誰から誰へ渡ったかを一本につなぐ証言はなかった。同じ言葉を別々の場所で聞いた者があり、御見事だけを聞いた者が、後から秋水を足していた。三原の死を見た者の口から真っ直ぐ清倫館へ来た話とは、記録できなかった。
久馬はそこまでを書役に復唱させた。
「お前が思ったことは」
元信は空いた腰へ手を置かなかった。
「俺も、死を飾る言葉に押されました。清之助の名を守らねばならぬと考え、久馬様の制止を聞かず、藤吉殿を斬りました。子どもの真似と同じではありません。俺は成人で、抜いた刃の行き先を負う者です」
「三原様の死を、誤りだったと申すか」
「申しません。裁ける者でもありません。ただ、あの死を見事と呼ぶ言葉の中へ、自分の抜刀を隠しません」
久馬は元信の言葉を、子どもの喧嘩とは別の行へ置かせた。
久馬は、三原の死を記した綴りを記録奉行詰で開いた。
正式回答、切腹に立ち会った者、介錯、医師が死亡を確かめた刻。そこに見事、誉れ、秋水を公式の評価として置いてはいない。その判断を改める理由はなかった。
別の証言には、死亡確認後に年寄が口にした評が、発言者と刻を分けて残っていた。
「御見事であった。三原様の刃は、秋水のごとし」
評は消されず、発言者と刻を伴う証言として残っていた。
それでも、子どもへ届いた時には発言者も刻も落ちていた。三原が寺村の要求へ応じても水枝の処分が終わる保証はなかったことも、義政が三原の死を水枝の忠義の手本とすることを許さなかったことも、子どもへ届いた話には残っていなかった。御見事と秋水だけが、木片を腹へ向ける姿へ変わっていた。
久馬は小原の報告と、元信の申立てを一つに綴じなかった。子どもの行為、口にした文言、喧嘩、制止、元信が自分の傷害を申し出たことを分けた。木片は道具として受け取り、その形や長さは写させなかった。
翌日、久馬は小原とともに新田家を訪ねた。清之助の母は幼い子を自分の脇へ座らせ、久馬たちの前へ両手をついた。弟の袖には、前日の掴み合いでついた皺が残っていた。
「この子が手ァ出したことは、悪かったです」
母は先に言った。
「けど、三原様の真似だって、木ィ腹さ当てるのァ、もう聞かせねえでくなんしょ」
「三原様のお名前も、伏せるべきだとお考えですか」
「オラに、それァ決められねえです。三原様が何なさったか、消せとも言えねえ」
母は弟の袖を直した。弟は母の方へ身を寄せず、膝を離して座っていた。
「清之助の名も、消さねえでくなんしょ。あの子ァ、帰る御役目で、戻る列さおった。死ぬために出たんでねえ。そこは、この子にも知ってもらいてえ」
「はい」
「でも、兄ちゃんみてえに死ね、なんて覚えさせたくねえです。清之助がどう死んだかばっかり、子どもに渡さんでくなんしょ」
母は、名を残すことと、死に方を教えないことを久馬へ同時に求めた。
久馬は、若い名を徴発の人別へ移さず、内部の役目表を外へ渡さなかった。初めて字を習う者へも、名を死の模範に変えぬための仕切りが要ると考えた。
数日をかけ、久馬は小原と初学の者へ読ませる抜書を作った。後に初学教材と呼ぶものの、最初の一枚だった。三原の名も、清之助の名も、元信と藤吉の名も書かなかった。見事、誉れ、秋水、忠義、模範も入れなかった。
ある家老が藩の判断の責を負って自裁した。ある輸送の者が退く命に従い、帰る途中で死亡した。ある責任者が制止に背いて刃を抜き、人を傷つけた。
その下へ、死を役目の成否としないこと、止める命を聞くこと、帰った者を確かめることを書いた。
久馬は一行ずつ原の記録へ照らした。名を外したのは書き漏らしではない。子どもが一人の死へ自分を重ねないよう、事例だけを渡すためだった。人別控への書き移しを一名で止め、その未成稿を外へ出さなかった時と同じく、受け手が名を別の目的へ使えないようにした。
小原は、幼い者にも意味を取れるよう文を改めたが、名を戻せとは言わなかった。清倫館で一度読み聞かせ、字の分かる者には写させた。久馬は使う前の案でなく、実際に読まれた一枚を控えとして受け取った。
その日の勤めを終える前、小原の使いが記録奉行詰へ来た。
「新田清之助の母御が、清倫館で使った抜書をお持ちです。岩井様へお返ししたいと、岩井家で待っておられます」
久馬が家へ戻った時、清之助の母は一枚を膝前へ置いていた。
沙江は、母の指が一枚の端を離さないのを見た。
折り畳んで持ってきた跡はあるのに、岩井家へ入ってからは開いた形を崩していない。清之助の弟は母から二人分ほど離れ、敷居に近いところに座っていた。前に新田家で久馬の話を聞いた時のように、母の袖をつかんではいなかった。
「こちらが、清倫館で使われたものですね」
沙江が尋ねると、母は一度うなずいた。
「この子ァ持って帰ってきました。兄ちゃんの話が出たって言うから、読めるところァ読んでもらったんです」
母の人差し指が、「ある輸送の者」の行へ動いた。
「これァ、うちの清之助のことだべ」
「はい」
久馬が答えた。
「帰る途中で亡くなったとあるのは、清之助の記録から取りました」
「なら、何で名ァねえんです」
「死者の名を、初めて学ぶ者へ模範として渡さないためです。名も評も外しました」
母の指が止まった。紙面から手を引かず、顔だけを久馬へ向けた。
「オラは、清之助を真似ろって書いてくれとは、頼んでねえです」
「そのようには受け取っておりません」
「死に方ァ教えねえでくなんしょって、頼みました。清之助の名ァ消してくなんしょとは、頼んでねえ」
弟が敷居の方へ目を向けた。母は呼び寄せなかった。
「この子が読んだのァ、ある者、です。清之助ァ、どこさ行ったんですか」
「完全な記録には残っています」
「オラも、この子も、その記録ァ見ねえです。渡されたこれには、いねえ」
母は一枚を押し返さなかった。指を離し、久馬と自分の間へ置いた。
「立派な死にせんでいい。けど、死んだ子そのものまで、いなかったことにせんでくなんしょ」
久馬はすぐに答えなかった。
沙江は父の右手を見た。記録奉行詰から戻るときに持っていた包みへ伸びかけ、膝へ戻った。その包みには、抜書を作るために照らした清之助一人分の控えがある。完全記録の文箱は書きつけの間にあり、鍵は父が持っていた。父が本営へ出た夜に預かった鍵は、帰宅した父へ沙江自身が返している。
「今日のところは、この一枚をお預かりします」
久馬が言った。
「改めるまで、清倫館では使わせません」
母は頭を下げなかった。
「清之助の名ァ、次は戻るんですか」
「何をどこまで初学の者へ渡すか、決め直します」
「決まるまで、また待つんですね」
返答を聞くと、母は立った。弟も立ったが、母のすぐ横へは来なかった。沙江が式台まで送る間、母は一度も清之助を立派と呼ばなかった。
戸が閉じてからも、抜書は久馬との間に置かれていた。
翌朝、父はその一枚と清之助一人分の控えを持って城へ出た。初学の抜書は回収を命じ、清倫館で使った事実は消さずに残すと言った。母へ何を渡すかは、決めていなかった。
沙江は父の帰りを待たなかった。
久馬が抜書を作るために用いた清之助の控えは、城へ戻す前に同文を照らした副えが岩井家に残っていた。父の私的手控へ紛れたものではなく、清之助の死亡記録から初学用の文を作る際、出典を確かめるために用意された一枚だった。そこには、母へ以前伝えたものと同じ事実があった。
沙江は書きつけの間の文箱へ触れなかった。錠は閉じ、鍵はない。完全記録を開く必要もなかった。
新しい一枚の上へ、まず氏名を書いた。
新田清之助。
死亡日は、控えにある日付をそのまま写した。刻は確定していないため加えなかった。
所持品。氏名を確かめた木札一枚、外に「母へ」と記した折紙一通、身につけて戻った品一包み。任務用の縄は本人の所持品ではないため、書かなかった。
最後に担っていた役。楢木宿までの薬と暮らしの食の輸送、馬荷と荷縄の扱い。
誉れも、模範も、辞世も置かなかった。死因から教訓を引き出す一行も足さなかった。母が求めたものを沙江の言葉で飾れば、父と違う評を付けるだけになる。
末へ、この一枚は新田清之助一人について遺族へ渡すものと記した。完全記録の写しとも、初学の者へ回すものとも書かなかった。作った者として自分の名と刻を記し、元の控えを戻した。
新田家へ着くと、母はすぐ戸口へ出た。弟は奥にいたが、母に呼ばれると近くへ来た。前日ほど離れず、紙を覗ける位置で止まった。
「父の許しを得て参ったのではありません」
沙江は先に告げた。
「私が、用途を限って作りました。受け取るかどうかは、お決めください」
母は一枚を両手で受けた。
最初に清之助の名を読んだ。次に死亡日の行で止まり、指を置いたまま長く動かなかった。所持品へ移ると、「母へ」とある折り紙の箇所を二度なぞった。最後の役は、声に出して読んだ。
「楢木宿までの薬と暮らしの食。馬荷と荷縄」
「はい」
「帰る列さおったことは」
「完全な記録に残っています。この一枚には、氏名、死亡日、所持品、最後の役だけを置きました。死に方を教えるためのものにしないためです」
母は清之助の名へ指を戻した。
「この子ァ、これを見ていいんですね」
「そのためにお渡しします。ただし、初学の者みなへ回す一枚ではありません」
弟は母の手の下から名を見た。腹へ手をやることも、兄の最期を尋ねることもなかった。
「清之助がした御役目は、ここさある」
母が言った。
「はい」
「立派に死んだとも、同じにしろともねえ」
「書いておりません」
母は一枚を畳まず、家の内へ持っていった。清之助の木札を置いてあるところへ運び、隣へ並べた。沙江は上がらず、戸口からその動作だけを見た。
弟が母の袖へ近づいた。母は片手を空け、袖をつかませた。
「岩井様には、オラからも言った方がいいですか」
「いいえ。私がいたします」
「叱られますか」
「許しを待たずに渡しました。何をしたかは、私の名で残します」
沙江は一礼し、新田家を出た。
父へ伝える前に、交付した事実を手控へ記した。清之助一人分であること、完全記録の文箱を開いていないこと、用いた控え、渡した先、刻。母が受け取ったことも記した。
父が帰るまで、書き直さなかった。
久馬は沙江の記した交付の覚えを、初めから二度読んだ。
「文箱は開けていないな」
「はい。鍵は父上がお持ちです」
「何を元にした」
「初学の抜書を作る時に照らした、清之助殿一人分の副えです。元の記録へ戻せるよう、出所も記しました」
「母御へ何を渡した」
沙江は氏名、死亡日、所持品、最後の役を答えた。久馬は一つずつ、交付の覚えと照らした。
「なぜ、私を待たなかった」
「待っている間、母御の手元には、清之助殿を『ある輸送の者』とした一枚だけが残ります。完全記録に名があると申し上げても、母御へ渡す用途にはなっておりませんでした」
「お前が決めてよいことではない」
「はい」
沙江は退かなかったが、正しかったとも言わなかった。
「ですから、私の名と刻を記しました」
久馬は交付の覚えを閉じなかった。
久馬は交付の覚えを見たまま、初学の抜書と、人別控への書き移しを一名で止めた時のことを思い返した。徴発する側へ渡さぬ名と、遺族へ返す名を、一つの仕切りで扱うことはできなかった。
完全に残すものを、全員へ同じ形で渡す必要はない。
「清之助の一枚を、新しい帳として増やすつもりはあるか」
「ありません。遺族へ、必要な一人分を渡しました。初学の抜書にも、運用の帳にも綴じません」
「分かった」
久馬はその夜、清倫館で使った抜書を完全記録へ添えた。岩井久馬が名を外して実際に子どもへ読ませ、清之助の母から死者を消したと受け取られた一枚として綴じた。沙江が許しを待たず個人の一枚を交付したことも、沙江の名で残した。
年が改まるころまでに、久馬は記録奉行詰と岩井家の書付を三つの用途へ分けていった。完全記録、運用記録、初学教材。開く者、使う場、収める事実をそれぞれ定めた。
書きつけの間の文箱へ納める完全記録には、名を残した。三原が何を負うと述べ、誰が死後に秋水と評したか。久馬が公式評価へ採らなかったこと。清倫館の閉門、役を示せなかった失敗、清之助の死、元信の無断出立と抜刀、藤吉の傷、久馬の裁可前発送。判断の順を替えず、傷も責任も削らなかった。証言には発言者と刻を添え、藩の評価へ混ぜなかった。
その文箱を、子どもへ開いて読ませることはしなかった。
城の記録奉行詰では、次の役に使う運用記録を綴った。白井は道路修繕の持ち場を確かめる時、氏名より先に、出る人数、帰る刻、作業を中止する者を読んだ。橋板が動く、川水が定めた印を越す、退く者と進む荷が同じ狭い所へ重なる。そのいずれかが起きた時は、道の責任者が作業を止め、安全な側へ退かせる。止める命が届かなければ、近い組が先に人を退避させ、連絡の者を帰す。そうした撤退条件も、出立前に読ませた。
救護へ出す組では、持ち場に入るはずの一人が朝から起きられない日があった。以前なら、近くにいる若い者を呼んで穴へ入れたかもしれない。運用記録には交代する者が先に定められていた。その者を救護へ回すと、元の持ち場を誰が守り、交代した者を何刻に戻すかまで確かめてから出立させた。
「病の者の名は外しますか」
書役が尋ねた。
「外さぬ。務められなかったことと、代わりを出したことを残せ。咎めるためではない。次の者へ二つの持ち場を負わせぬためだ」
人の負傷と道具の損耗、交代、帰着確認は、次の出立前に必ず読む項目になった。
「三原様の最後の御言葉と、秋水の評も、運用記録へ移しますか」
書役が尋ねた。
「移さぬ。完全記録で、証言と評価を分けて残す。今日の道をどこで止めるかには用いない」
「片倉元信と吉田藤吉殿の名は」
「残す。検分の場で制止に背いて役目表へ向かい、傷害が起きたことは、次に誰へ中止を命じさせるかに関わる。ただし、元信を卑怯とも、勇み過ぎたとも評するな。したことと、次の配置に要る条件を書け」
ある日、越後境往還へ出した道直しの組が、定めた刻を過ぎても一人足りなかった。
「どこで最後に見た」
白井が帰着を取り終えた者へ尋ねた。
「崩れた土を運ぶ所です。道具を戻すと言って、後ろへ残りました」
「捜しに戻った者は」
「おりません」
運用の一枚には、未帰還を確かめた刻、最後の持ち場、捜索を始める刻、先に報告する相手、捜しに出る二人、残る者の交代があった。白井はそこへ新しい名を思いつきで足さず、すでに交代として定められた者を呼んだ。
捜索の二人が出る前に、遅れた者は道具を抱えて戻った。足を傷めたのではなく、壊れた道具を別の置き場へ返し、告げずに道を変えていた。
白井は帰着へ印を付けただけで終えなかった。中止の命を受ける者へ行き先を告げず、持ち場を離れたことを、本人の名で損耗の脇へ記させた。捜索を始める前に戻ったこともその行へ加えた。次の組は、その一枚を見て、道具を返す場所と報告先を出立前に確かめた。
初学の者へは、その記録を丸ごと渡さなかった。
小原は、改めた一枚を子どもの前で読み上げるより先に、清倫館へ弦を呼んだ。久馬が三原の場で聞いた言葉を、どの手順へ直すか確かめるためだった。弦は学ぶ者の座へ入らず、外寄りで小原と向き合った。
「死者の名を読ませなければ足りるか」
小原が尋ねた。
「足りません」
「では、何を残す」
弦は、子どもたちが集まる方を見た。
「子らが覚えるは、死にようではない」
小原はその言葉を書き取らなかった。
「戸ヶ崎殿。ここからは私が預かる」
「はい」
弦は頭を下げ、子どもの前へは立たなかった。久馬とともに、少し離れた場所へ退いた。
小原は子らを呼び、初めに全員の名を答えさせた。切腹を真似た子も、木片を払い落とした清之助の弟も、その中にいた。どちらにも事件を語らせず、二人にも同じ問いをした。
「いま、ここに何人いる」
一人が数えた。別の一人が、向きを逆にして数え直した。答えは同じだった。
小原は空の籠二つと、荷に見立てた軽い包みを置いた。
「五人であちらまで運ぶ。一人は先を見よ。一人は後ろを見よ。包みを持つ者が足を止めたら、先だけを進ませるな。戻る場所は、私の前だ」
五人が自分の役を口にした。先を見る子が歩き、二人が籠を持ち、清之助の弟が後ろから人数を見た。切腹を真似た子は、戻って報告する木札を持った。
半ばまで進んだところで、小原が手を上げた。
「前に人が集まり、通れぬ。誰が止める」
先を見る子が止まった。後ろの子へ手を上げ、五人すべてが足を止める。籠を持つ二人が先へ押されかけたが、後ろを見る弟が「五人いる」と言った。
「退く。籠は持てるなら持て。持てぬなら置け。人を籠の代わりに残すな」
子らは向きを変えた。一人が包みを拾いに戻ろうとし、木札を持つ子が袖を引いた。
「戻るって言われた」
五人は小原の前へ戻った。
「何人戻った」
弟が四人と答えた。自分を数に入れていなかった。別の子が五人と数え直した。
「一度違えた。誰の落ち度だ」
小原は弟へ答えさせず、自分で言った。
「数える者を一人にし、数え直す役を置かなかった私の落ち度だ。次は二人で確かめる」
弟を外さず、もう一人を数え直しへ加えた。
二度目には、途中で籠を持つ者一人が膝をつく役を命じられた。子どもは実際に傷を負ってはいない。残る四人は、籠を置き、膝をついた者の両側へ一人ずつ付いた。先を見る者が小原へ戻って交代を求め、待っていた一人が籠ではなく、歩けない者を支える役へ入った。
「荷は」
「置きます」
「誰が取りに行く」
「人が戻ってから、先生に聞きます」
小原はうなずいた。
三度目には、木札を持つ子だけを別の戻り口へ向かわせた。子は言われた方へ進み、誰もいないところで立ち止まった。ほかの者は小原の前へ四人で戻り、一人足りないと告げた。
「最後に見たのは」
「あそこで、札ァ持ってました」
「すぐ全員で捜すか」
子らは動かなかった。帰着を数える者が小原へ報告し、交代に決められた二人が捜す役を受けた。小原は出す前に、どこまで行き、いつ戻るかを言わせた。その時、木札の子が自分から戻ってきた。
「戻る所さ、誰もいなかった」
小原はその子を叱らなかった。
「私が違う場所を示した。お前は命じられた所へ行った。間違えた命を、受けた者だけの失敗にするな」
初めにいた人数へ戻ったことを二人に確かめさせ、そこで授業を終えた。見事に戻ったとも、臆病でなかったとも言わなかった。籠を置いた場所、交代へ入った者、報告を受けた者を、子ら自身にもう一度指で示させた。
小原が授業のあとに残した一枚には、人数の取り方、退く合図、交代を求める順、戻って告げる先だけが書かれた。弦の一言そのものは書き留められなかった。
明治二年と呼ぶころになると、運用の一枚は救護と道路の持ち場でも使われるようになった。
元信は帯刀停止のまま、道直しへ出る者の帰着を確かめた。空いた腰を隠す羽織を着ず、名を呼ぶ時は自分から先に答えた。救護の荷を受ける日は、出した包みと戻った籠を照らし、足りない物があれば損じの理由を尋ねた。
藤吉のために水枝が負った費えも、傷害の記録から切り離さなかった。治療に用いた薬、療養中の食と宿、後送の人馬と道中の費え。すでに渡した分と、後から請求を受けた分を照らし、受取の控えを運用の記録へ添えた。藤吉本人からの言葉は一つもなかった。元信から手紙も伝言も出させなかった。
久馬は、元信の役を記す一枚を本人へ読ませた。
「清倫館の閉門後、許しなく会津往還へ出たこと。検分の場で制止を聞かず、役目表へ向かい、吉田藤吉殿の左前腕を斬ったこと。この二つを、次の運用に要る事実として残す」
「残してください」
「お前が道路と救護へ加わったことで、前の二つを改めたことにはしない」
「承知しています」
「藤吉殿が、お前の働きを認めたことにもせぬ」
「認められていません。赦されてもいません」
元信は一枚から目を上げなかった。
「俺が止める命を聞かなかったことは、俺の名で残してください。名を外せば、上にいた者の失敗へ移せません」
「上にいた者の名も外さぬ。検分を止め切れなかった私、原本を持ち出そうとした寺村殿、抜刀したお前、傷を負った藤吉殿を、したことの順に残す」
「清之助は」
「お前の失敗を教えるために死んだとは書かぬ。清之助の役と死は、清之助の名にある」
元信は長く息を吐いた。
「それでお願いします」
久馬は元信の名を削らなかった。道路へ出す日の一枚には、持ち場と帰る刻、止める者、交代、未帰還なら捜索を始める刻を書いた。傷害の全経過を毎回持たせはしない。だが、無断で往還へ出たことと、検分の場で制止に背いて動いた履歴があるため、元信を単独の中止命令者にしないという判断は、出す側が読めるところへ残した。
完全記録を開く者は、誰の判断で何が起き、誰が傷つき、誰が責を負ったかを確かめる。運用記録を持つ者は、今日どこへ出て、どこで止まり、帰らぬ時に誰が捜索を始めるかを知る。初学教材を受ける者は、出た人数を戻し、止め、退き、交代し、上の者へ報告する動作を覚える。死者の最期は、その教材へ入れなかった。
新田家へ渡した一枚は、そのどれにも新しい第四の帳として加えなかった。完全に残っている事実のうち、遺族へ返すべき一人分を、沙江が用途を限って渡したものとして、交付の覚えだけを残した。
久馬は書きつけの間へ沙江を呼んだ。
文箱は、久馬が本営へ出た夜と同じ場所にあった。久馬は帯の内から鍵を出した。あの夜、沙江へ預け、帰ってから返された鍵である。
「前に預けた時は、私が戻るまで箱を開けずに守れと命じた」
「はい」
「今日は違う」
久馬は錠へ鍵を入れた。蓋を開き、完全記録に、清倫館で使った抜書と沙江の交付の覚えが加わっていることを見せた。二枚を元へ戻し、蓋を閉じた。
「この鍵をお前へ渡す」
沙江は手を出さなかった。
「文箱を自由に開き、すべてを誰にでも見せてよいということですか」
「違う。記録全体を外へ出す最終の決定は、私が持つ。お前に渡すのは、必要な者へどの部分を見せるか、その閲覧の判断の一部だ」
「清之助殿の一枚のように、ですか」
「そうだ。遺族へ一人分を返す時、次の実務に要る失敗を抜く時、私の返事を待てば間に合わぬとお前が判断したなら、開いた箇所と渡した先を自分の名で残せ」
「父上と判断が異なった時も」
「異なったことを消すな。私の決定を破ったなら、破った刻と理由を記せ。だが、箱ごと渡すことも、全記録の公開を一人で決めることも許してはいない」
沙江は文箱と父の手の間にある鍵を見た。
「私が記録奉行の娘だから、でしょうか」
「違う」
久馬は鍵を掌へ載せた。
「私は、若い名を守った時の判断を初学の子へも用い、清之助を『ある者』にした。お前は私の許しを待たず、その一人分を母御へ返し、そのことを自分の名で残した。だから渡す」
沙江は両手を出し、完全記録の鍵を受け取った。




