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猫と横浜  作者: のらしろ
第二部 結婚するぞ 〜起業編〜

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第47話 病院の完成



 九月も半ばに差し掛かる頃、山手の丘の上では、かつてのイタリア領事館が、俺の思い描く「近代病院」へとその姿を変えつつあった。

 トンテンカンテンという心地よい槌音も、今や大半が止み、ペンキの新しい匂いが秋風に乗って漂ってくる。


「先生! 一階の待合室と、二階の個室、それにサロンは仕上がりやしたぜ!」


 鈴屋さんが手配してくれた大工の棟梁が、汗を拭いながら誇らしげに報告してきた。


「おお、ご苦労さん、棟梁。

 素晴らしい出来だ」


 俺が中に入ると、そこはもう立派な病院だった。

 かつての外交官の屋敷が持つ気品を残しつつ、機能的に改装された空間。

 一階の広いロビーは、患者がゆったりと待機できる待合室になり、二階にはプライバシーの守られる個室(もちろん、VIP用の豪華なトイレ付き特別室も)が並んでいる。

 南向きのサロンは日当たりが良く、患者の憩いの場になるだろう。


「ただ、先生……」


 棟梁が少し顔を曇らせた。


「残るは『手術室』と『隔離部屋』なんですがね。

 こいつが、先生の仰る通りにタイルを張り巡らせたり、空気の通り道を工夫したりと、ちと厄介でして……。

 完成は、お披露目のギリギリか、下手をすりゃ間に合わねえかもしれやせん」


「そうか……」


 俺は少し考え込んだ。

 本格的な手術室と隔離病棟。

 これらは感染症対策の要だ。

 妥協はできない。


「構わない。

 そこは焦らなくていい。

 開業してからでも、奥の工事は続けられるだろう。

 まずは、ここまで完成した部分で『お披露目』をやろうじゃないか」


「へい! 合点承知の助でさぁ!」


 棟梁が威勢よく返事をして、現場へと戻っていった。

 さて、ここからが俺の頭の悩ませどころだ。

 「病院のお披露目」という一大イベントの準備に入らなければならないのだ。


「お披露目……か」


 俺は今の屋敷の縁側に座り、PCの百科事典のデータ(手書きのメモ)をパラパラとめくった。

 この時代、鹿鳴館はまだ健在だ。

 夜な夜な、貴族や外国の要人を招いた豪華絢爛な舞踏会が開かれているはず。


 だが、さすがに俺のような「南米帰りの(自称)もぐりの医者」上がりで、つい最近までパン屋のおじさんだった男が、鹿鳴館のような貴族限定の超絶セレブパーティーを真似ることは不可能だ。


「結さん、どうしたものかな……」


「そうですねえ。

 侯爵様ご夫妻もご招待しておりますし、横浜の重鎮の皆様もいらっしゃいますから、それなりに『格』のあるおもてなしをしなければなりませんわね」


 隣でお茶を淹れていた結さんが、小首を傾げる。

 俺の病院設立に際し、彼女の伝手で鍋島侯爵が名代を出席させてくれることになっている。

 さらに、柳澤頭取をはじめとする横浜財界のドンたちもこぞってやってくるのだ。


 そこへ、明日香さんとイルサさん、メアリーさんと小泉ハナさんも集まってきた。

 俺のハーレム……いや、優秀な病院スタッフたちによる「お披露目パーティー緊急対策会議」の始まりである。


「ねえ、一様。このお披露目は、病院の開業だけじゃなくて、一様と結さんの『婚約発表』の場でもあるんでしょう?」


 明日香さんが、からかうように俺の顔を覗き込む。


「うっ……まあ、そうなるな」


「それなら、中途半端なことはできませんわよ!

 女性陣としては、最高にロマンチックで華やかなパーティーにしたいですわ!」


 小泉ハナさんが、珍しく目を輝かせて力説する。

 理系エリートの彼女でも、やはりパーティーや恋愛ごととなると乙女になるらしい。


「オー、パーティー!

 ワタシ、ドレス着るの久しぶりよ!」


「私も!

 美味しいお酒と音楽があれば最高ね!」


 メアリーさんとイルサさんも、すっかり乗り気だ。

 俺が女性陣の熱気に圧倒されていると、ふいに「ニャーン」という声が響いた。

 振り返ると、いつの間にかあの「謎の猫」が縁側に上がり込み、結さんの膝の上にちゃっかりと陣取っていた。

 俺をこの明冶時代にタイムスリップ(?)させた、あの毛並みの良い、やたらと人懐っこい猫だ。


「あら、いらっしゃい」


 結さんが嬉しそうに猫の頭を撫でる。

 すると猫は、喉をゴロゴロと鳴らしながら、結さんの胸元に顔をスリスリと擦り付け始めた。


「……おい、お前」


 俺はジト目で猫を睨みつけた。

 こいつ、俺が飼っていることになっているが、本当に気まぐれにしか姿を見せない。

 しかも、俺の前では絶対に腹を見せない(ハラテンしない)くせに、結さんや明日香さん、ユキなどの女性陣の前では、隙あらば甘えまくり、あまつさえスケベそうな顔をして胸や太ももにすり寄るのだ。


「にゃ〜ん」


 猫は俺をチラリと一瞥し、「お前には用はない」とでも言いたげな顔で、再び結さんの膝の上でくつろぎ始めた。

 絶対にオスだ、こいつ。

 しかも、相当なタラシである。


「まあ、可愛いわねえ。

 この子もパーティーの準備、手伝ってくれるの?」


 明日香さんが猫の喉元を撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細めた。


「こいつが手伝うわけないだろ。

 ……で、パーティーのアイデアなんだが」


 俺が咳払いをして本題に戻ろうとすると、女性陣は猫に夢中で、俺の話など聞いちゃいない。


「お料理はどうしましょう?

 やっぱりフランス料理とか?」


「でも、うちにはそんな専属のシェフはいませんわよ」


「それなら、一様の『唐揚げ』と『カレーパン』を出しましょうよ!

 あんなに美味しいんだもの!」


 結局、彼女たちがキャッキャと猫を撫でながら出すアイデアは、どれも俺を悩ませるものばかりだった。

 あいつは何しに来るのだ。


 時々現れては、俺の真剣な会議を妨害し、美女たちを骨抜きにしていく。

 俺は、結さんの膝でスケベ顔をしている猫を恨めしそうに見つめながら、頭を抱えた。


 病院のお披露目と、俺自身の婚約発表。

 この一大イベントを、一体どうやって成功させればいいのか。

 俺の(ハードボイルドとは無縁の)悩める日々は、まだまだ続きそうだった。



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