第13章 嘆きと怒りの炎神 -デスティニー・デストロイヤー-
突如現れた敵に対して驚きと怒りを隠せないダイは瞬時にその身を真紅に染める。
しかしジハトの蒼く輝く左眼から放たれる強烈な睨みによって、その身体が縛られたかのように動きを止められる。
「正義・理想・敵・味方。この場にいる者全ての思想も状況も、今は何の意味もありません。この方がいる限り!…赤髪の貴方にも、この意味がわかっていたはずです!!」
ジハトはそう言うと、その鋭さを保ったまま視線をジロウへと移す。
「むぅ…。」
「じ、ジロウのおっさん…!」
言葉を詰まらせるジロウに対し、ダイは怒りと焦りを隠せないでいた。
「ビャクはただ、世界のあちこちをぐるっと回って来ただけなんだろ!?それだけでなんで―。」
「―ダイ殿。」
ジロウが観念したように頭を垂れ大きく息を1つ吐くと、静かに口を開いた。
「ビャク殿が見てきた世界というのは、何もその外周付近だけではない。我の夢が正しければ、この世界の中心も見ているのだ。」
「だ、だから何だと言うんだよ?つか、この世界の中心なんて―。」
ダイはそこまで言うと、それ以上言葉が出なかった。―否、出せなかった。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。
なぜ不思議に思わなかったのだろう。
「まさか…、“聖域”にも…辿り着いたことがある、ということ…なのか?」
ジロウの部屋に長い沈黙が続いた。それが、ダイの問いかけに対する答えとなる。
「ということは、ビャクは―。」
―パリィィィン!!
部屋中にガラスが拡散する音が鳴り響く。ダイがベッドの方へ瞬時に振り向くと、そこには既に褐色の少女の姿はなかった。
「―逃がしません!…追うよ、姉さん!」
「あいよー!」
ダイが反応するよりも早く、魔法使いと騎士の2人組は一陣の風と共にその場から消える。その衝撃で、割れ残った窓ガラスがガタガタと震えた。
「…我々も追うぞ!ダイ殿!!」
ジロウがその身を燈色に輝かせながら叫び、割れた窓ガラスの向こう側へと身を投げた。
「くっそぉぉぉ!!!」
ダイは重大な事実に気づくのが遅すぎた悔しさを咆哮として昇華させ、全速力でジロウの後を追う。
―
2人が目指す方角は東寄りだった。北側には海が見えており、集落へ着いた後以上に強い潮の香りがダイの鼻の奥を刺す。その慣れない感覚に時折眉をひそませていると、ジロウが走りながら呟いた。
「一体何が起こっているというのだ…?“関門のハシラ”がこんなにもはっきりと視界に映るとは…。」
「“関門のハシラ”―?」
ダイがふと視線の角度を上げると、潮風に舞う砂の中に薄黒い長方形の骨格を持つ2本の巨大な柱が逆八の字を模って砂漠に突き刺さっているのが見えた。地面に対して垂直に立っていないのは、陽炎によって揺らめいているわけではないことが辛うじてわかる。
「遥か昔、あの周辺にも海水が流れ込んでいて、こことその先の陸地は完全に分断されていたらしい。おまけにその境界が複雑に入り組んでいたため、ヒトや物資の円滑な往来を可能にする為に航路の開拓のみではなく橋の設置も試みた。この“関門のハシラ”は、かつてこの世界で起こった大災害の影響を受けた橋の名残と言われている。…ただ、普段はその色合いから景色と同化して見えにくいはずなのだが…。」
こんなに巨大な建造物が見えにくいとは、ダイには到底信じられなかった。今自分達がいる場所からは遥か遠くにあるはずだが、まるで目の前に2軒の家が傾いて建っているように思われる程だ。一瞬自分が広大な砂漠の中を駆け抜けていることを忘れそうになり、砂に足元をすくわれる。細い両足に力を込め、なんとか体勢を取り戻す。ダイが再び前方を見やると、思わず息を飲んだ。
世界の終わりと始まりを同時に起こした“ユリウスの審判”の震源地―“聖域”。その中心にあるモノもそこから見える景色も、たった今存在するヒトの中では誰一人として観ることはできないと言われている。―古本の知識でこのように脳へ刻み込んでいた ダイは、砂のコーティングを施した薄黒い2本の骨格柱の向こう側に見えたモノを観て確信した。
(あれは………聖域………!?)
直感がそう答える。―間違いない。
逆に考えれば、その答えに至るのは容易であった。
その名を持つ場所以外で、このような景色を生み出せる場所は他にない。
そこには、蒼穹と同じ色で燃え上がる炎の城壁があった。
「まさか、ビャクはあそこに…!?」
「わからぬ!ただ、どちらにせよ悪い予感がするのだ…!」
ジロウの予知は必ず当たる―。これまでの付き合いでその能力を頼もしく感じることも少なくなかったダイは、今回ばかりは外れてほしいと切に願った。
しかしその願いも虚しく、“関門のハシラ”が陽炎の影響から解放され、その全貌がはっきりと視界に入ってきた頃、その光景は最悪の形で2人の前に現れた。
“梵牙”も“梵剣”も開放しておらず、完全に丸腰のビャクが苦しそうな表情で宙に浮いていた。まるで、様々な方向からその身体を複数の見えない糸で縛り上げているようだ。
ダイ達から見てその手前斜め下では、その矛先がいつでも宙吊りのビャクを貫けるように“梵槍”の力を溜めているイナバと、両者が最後に激突した際に見せた姿で宙に浮きながら苦しむビャクを見上げるジハトの姿があった。
(な、なんだよあの力は…!?)
ダイがジハトの未知なる力に両眼を細めると、ジハトもダイ達の気配に気づきその頭部を背後に向ける。その左眼はやはり蒼い輝きを放っていた。
「―ボクの“梵棒”は物事を止めることに長けていますが、それらに瞬時に対応することは苦手です。これはその欠点を完全に克服し、聖戦を制する力―。」
ジハトがそういうや否や、瞬時にその姿を消し上空にいるビャクの背後に回る。
「伝説の魔眼―“梵眼”!!」
ビャクがその声を聞いた時には既に遅かった。身体中を複数の見えない打撃が遅い、最後の一撃を食らうと同時に下方で待機しているイナバに向かって一瞬の内に吹っ飛ばされる。しかしビャクの腹部が“梵槍”の銃口の手前までくると時が止まったかのように再びビャクの身体が硬直する。
「そしてこれは2つの蒼い遺伝子が合わさった、完全勝利の方程式―“梵坤”!!!」
その言葉を合図にイナバは“梵槍”を解放し、辺りは凄まじい爆音と閃光に包まれる。
「ビャクゥゥゥゥゥゥ!!!」
「ビャク殿ぉぉぉぉぉぉ!!!」
眼前で両手を交差させ、風圧に耐えるべく細い両足でふんばりながらダイは必死に叫ぶ。しかしそれも爆音によって掻き消される。一方ジロウは爆音と閃光の勢いにも構わず、ビャクがいた方向へと飛び込んでいった。
しばらくして不気味な静寂が訪れ、ダイは本来の聴覚と視覚を取り戻す。辺りはまだ砂が舞っていたがその中に大小2つの影が見え、迷わずそちらの方へと駆け寄る。
大きい方の影は砂地に両膝をつき、その巨大な背中を震わせながら嗚咽交じりに呟いていた。
「…わ、我はこのような未来を本当に望んでいたのか…?だとすればなぜ…、こんなに悲しみと怒りがこみあげてくるのだろうか…!?」
ジロウの透き通った両眼から大粒の滴が2つ、その場で横たわるビャクの額に落下した。ダイはその一部始終を呆然と見ていたが、気が付くと膝下の力が一気に抜けジロウと同じようにその場に突っ伏していた。
「…ウソ…だろ…?なぁビャク、早く起きろよ…!」
穏やかに両眼を閉じ、無垢な表情で横たわるビャクの身体をダイは強く揺すぶる。自分の家にあった食糧保存用の樽から取り出した食糧の塊であってほしいと本気で思う程、ビャクの身体は冷たくなっていた。
ダイが夢中でビャクの身体を揺さぶっていると、その小さな右手からキラキラ光る小石程の大きさの塊が2、3個程零れ落ちた。それらは蒼白く優しい光を放っている。ダイはすかさずそれらを手に取り、その拳を胸に当てて静かに涙を流した。ジロウもその様子を脇目も振らず見守っている。
「―“梵牙”………!」
「ビャク殿は…、決してこの者達に殺められたのではない。…自ら蒼い遺伝子を我々に託すべくその幼い命を差し出したのだ…!」
「…こんなに純粋なビャクが、この世界を終わらせるような存在なわけがないじゃないか…!」
「………その通りだ………!!」
2人が気づいた頃には、既に辺りは無の荒野と化していた。砂はそのほとんどが明後日の方向へと吹っ飛び、ひび割れた地面のみがその場で露出している。2人から見て関門のハシラがある方向には、ジハトとイナバの両者がそれらと重なるように乾いた地面の上で仁王立ちしている姿が見えた。
「…最期の最後で、彼女は正しい選択をしましたね。正にボク達の完全勝利とでも言いましょうか。」
ジハトが静かに言い放ったその瞬間、ダイとジロウは身体の奥で何かが弾け飛ぶ感覚に支配された。
「………我は貴様等を、決して許すことはできぬ………!!」
「…何が正しい選択だ…?何が…完全勝利だと………!?」
「…このようなことが繰り返されるのなら、貴様等共々…!!」
「…僕達がこの後の未来と運命もまとめて…!!」
2人は無意識の内に蒼い遺伝子を共鳴させ、周囲の大地を震わせる。その時、真紅に染まるダイの身体全体を防護するように、燈色に染まるジロウの身体が鋼鉄の鎧を模った状態で覆いかぶさる。そうして両者が合わさると同時に彼らを覆う真紅のオーラが炎のように揺らめく。やがて鎧の色は怒りと悲しみを表すように蒼黒く変化し、内部にいるダイが鎧に込められた感情を代弁―咆哮する。
「―破壊してやる!!!」
続きます。




