第12章 修復の始まり
(この世界には、まだこんな町が残っていたんだな…。)
ダイは薄れた意識の中で、目の前に映る光景を見ながらふとそう感じた。
以前自分が住んでいた部屋のように即席のつくりではなく、均等な大きさの岩を丁寧に敷き詰められてできた壁、吹き荒れる熱砂の侵入を防ぎつつ中の温度を適度に抑えられるよう特殊な加工が施された窓、厳つい全貌とは裏腹に客人を温かく迎えてくれそうな半円上の木製ドアから成る家屋がいくつも均等に並び立っている。今でも熱砂を吹き上げている風は微かに潮っぽい香りがし、近くに海があることを示唆していた。
ジハトの“梵棒”による時間停止は全て解かれていたようで、故郷である集落に入る直前に普段の活気を確認できたジロウは安堵の息をもらした。しかしそれも一瞬ですぐに険しい表情になり、眼を閉じたままのビャクと衰弱しきったダイを抱えたまま早足で自分の家へと向かう。家屋が並び立つ前の砂の道では、その町の住人達が忙しそうに行き交いながら3人の様子を不思議そうにうかがっていたが、ジロウは構わずその間を縫うように進んでいき、集落に入って左側の手前から5番目の家屋の前に来る。
(急がねば…!)
ジロウに抱えられたビャクは、蒼い遺伝子の酷使によって意識はおろか、呼吸まで困難になりつつあった。ジロウはその彼女を大事そうに抱えたまま、左手で家のドアを開け中に入る。ちなみにジロウの右手に掴まれていたダイは既に地に足を着いていたが、やはり足取りはフラフラなままであった。
「お、おっさん…。中途半端に降ろすなよッ!?」
―
3人はダイの家を発ってから幾日かぶりの休息を得た。それまで持っていた食糧は思いのほか十分に余っていたが、それ以上に体力の消耗が激しかった。彼等が道中ずっと熱砂に体力を蝕まれてきた上、2人の蒼い遺伝子の発現者に襲われた後にここまでたどり着けたのは、やはり彼等も同じく蒼い遺伝子の発現者であったからであろう。普通のヒトであれば、そもそも自殺行為に等しい長旅であった。
彼等の中で最も幼く最も小さいビャクは、ジロウの部屋のベッドの上で穏やかな寝息をたてていた。彼女の目の前でダイとジロウは床にあぐらをかきながらその様子を見ていた。
「…だいぶ回復してきたみたいだな。」
「そうであってほしいものだ。」
「コイツに、あんなデカい力があったとは…な。」
「うむ…。我ももともとこの娘の力を危惧していたとはいえ、まさかこの力に助けられるとは思ってもいなかった。」
ビャクの身体に生じた、“梵牙”とは別の力、“梵剣”。前者がビャクの猪突猛進な部分を体現したモノであるとすれば、後者はそれを補って有り余る強力な防御性能を彼女に与え、絶体絶命の危機を救うに足るモノであった。
“蒼い遺伝子の発現者”それぞれが1つずつ持つらしいこの謎の力を、同じ身体に2つも宿す者が存在したという事実は、ダイの中で1つの仮説を生んだ。
それはもともと“蒼い遺伝子の発現者”は1つの存在であり、散り散りになった欠片達がなんらかの形で再び1つになろうとしているということであった。
「それが予言書にある“修復の儀式”ということか…。」
「おそらく…な。あの時出会ったジハトとかいうヤツの存在もあるから、尚更だ。」
「あの魔法使い…か、彼は一体何を企んでいるのだ?」
「流石にそこまではわからないな…。ただ1つ言えるのは、アイツもビャクと同じく蒼い遺伝子をもう1つ持っていて、僕等が知らない僕等共通の記憶を持っているということだ。」
ビャクとイナバとかいう女性が一騎打ちした際に見せたジハトのまさに魔法のような力。それとその際の彼の発言からあれは“梵棒”の力だけではないはずとダイは確信していた。
「ビャク殿が言っていたことか。」
「あぁ。けど僕等がそれぞれ共通の記憶を持っていたとしても、それらがバラバラになってしまっていたら1つひとつが全く別の記憶や情報になってしまう。だから僕等は今までその違いによって対立し、闘うことになってしまっていたんだと思う。」
「逆にその記憶や情報を共有できたからこそ我々は和解し得ることができた、ということだな?」
「ん…、まぁそういうことになる…な。」
自分の考えをただ並べるように話していたつもりのダイは、遠まわしに共感の意を述べるジロウにたじろぐ。しかし以前のように悪い気にはならなかった。
その時、寝息以外の音を立てないでいたビャクの口元から久しぶりに声が聞こえた。
「…うにゃ…、こ、ここは…?」
「ん、やっと起きたな。」
「気分はどうだ、ビャク殿?」
ダイとジロウに見守られながらゆっくりとその上半身を起こすビャク。両眼を小さな両手でこするとそのまま上空に伸ばしながら大きな欠伸を1つする。
「ふぁ…。アタイ…まだ生きてるのダ…?」
「全くもって信じられないし、残念ではあるが…、どうもそうらしいぞ。」
ダイはあくまで普段と同じ対応をしてみせるが、その両眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ビャク殿。ダイ殿はこう言っているが、主が寝ている間ずっと貧乏ゆすりをしながらソワソワしていたのだよ。我もそうだが、それ以上に心配していた。」
「―ちょッ、ばッ、ちがッ!」
ジロウに本心を暴露され、滅茶苦茶に噛みまくるダイ。それを見てケタケタ笑うビャク。
するとビャクはハッと何かを思い出したかのように口を丸くする。
「…そうダ。今更なんだけド、アタイが世界を見てきたって話、聴きたイ?」
「な、なんだよ?藪から棒に。つか、前も言ったけどそれ本当なのかよ?」
「うにゃ~!だから本当なのダ~!」
ビャクがベッドの上で手足をバタつかせる。
「ビャク殿、それについては我も真偽を問いたい。主は一体どこまで世界を渡り歩いてきたのだ?」
「う~んと~。」と首を天井に向けながら、どこから話そうか迷っているビャクに対してボソッとダイが言い放った。
「…つか、だいたいどうやって海を渡ったって言うんだよ?今回の砂漠横断だけならともかく、あんなだだっ広くて西も東もわからないような場所も延々と泳いできたのか?」
するとビャクはひどく首をかしげ、頭上に“?”を浮かばせる。
「なんで“延々と”なのダ?いつかはピタッと止まるのダ!」
「はぁ!?お前ホントにお子ちゃまだな!世界ってのは丸くてだな、例えば同じ方向にずっと進んでいると出発地点に戻ってきてしまうんだよ。それに限られた陸地なら引き戻す必要はあるかもしれないが、それこそ海において“ピタッと止まること”なんてあるわけ―。」
ダイがそこまで言いかけると、ビャクの表情は至極真剣そのものになっていた。まるで、ダイの方がおかしなことを言っていると本気で訴えているように。
「…ダイにーやん。きっとそれはあの本の中の話なのダ。アタイが知っている世界はこの日本“だけ”なのダ。"日本を囲む海の向こう側なんて存在していない"のダ。」
「な…に…!?」
「む……!?」
ダイもジロウも、このビャクの発言の前に絶句してしまった。
この世界には、日本以外の地がない?それどころか、事実上無限に広がっているはずの海が切り離されている?
「だいたい、そうでもなきゃ流石のアタイでも世界を全部見てくるなんて無理な話なのダ~。」
「…おい待て!じ、じゃあ、お前が見た海の端っこってどうなってたんだよ!?」
ダイは捲くし立てるように、ベッドの上のビャクに詰め寄った。
―バンッ!!!
その音が3人の耳に聞こえたのはそれとほぼ同時であった。突如ジロウの部屋のドアが乱暴に開き、それとほぼ同時に3人はドアの方へ顔を向ける。
するとそこには砂漠で出会った脅威が2人、その時と変わらない姿で立っていた。ジロウが念のために厳重に施錠しておいたドアをいとも簡単にぶち破った怪力の持ち主は、相変わらず場違いで陽気な雰囲気を醸し出していた。
「また会ったねー!お邪魔するよー!」
「な!?お、お前ら―。」
なぜここに!?とダイが言おうとするが、それに割り込むように背の低い少年の方がキッと顔を引き締め、右手に持った杖をビャクに向けながら言い放つ。
「―その方を直ちに消すのです!!!」
続きます。




