第11章 逆逆十字の覚醒 -リバース・クロス-
彼がその姿で永い眠りから目覚めたのは、1人のみすぼらしい青年がこの世界のカラクリに気づき始めた時であった。
(………ん………?)
そこは辺り一面真っ暗で、自分の手足すら見えないような場所であった。周りを見渡してもその眼に飛び込んでくるものは闇以外に何もなく、物音1つすら聞こえない。
(…夢の続きでも見ているのか…?)
―夢。
そういえば長らく見ていた気がするが、どのような内容であったのだろうか?彼はふと思い出そうと試みる。
(…そうだ、久しぶりにあいつの顔を見たんだった。あいつ、いつの間にか大きくなってたな…。)
夢の中で彼が見ていたのは、1人の少女が雪と氷に覆われた世界を放浪している様子を、様々な視点から観察している光景であった。時には彼女の頭上から、時には彼女の真正面から、時には遥か遠く離れた空の上から。
文字通り神の視線かと思う程自由過ぎるその光景はまさに夢と呼ぶべきであろう。そのような状態の中で不自由なことを挙げるとすれば、その視点を自分の意思で操作することができないことと、馴染みの少女がこちらの姿を捉えていないことくらいである。
だからこその夢なのだ―と彼は改めて納得する。
しかし時々彼の馴染みである少女以外の人物も何人か、その光景の中に映ることがあったことを思い出す。
(…銀の長髪に、金の二つ結い。あいつらは一体何者なんだ…?オレと何か会話をしているようだったが…。)
それは彼の馴染みの少女以上にはっきりと覚えている。特に沈黙と顔に書いたような銀の長髪の女性は、こちらの顔を時々振り向きながら段々と表情に焦りと驚きを見せ始めていた。おそらく、その女性は滅多にそのような表情をするヒトではない。まるで、自分がとてつもない事実をその女性に伝えているようであった。
金の二つ結いの少女も同様であった。彼の馴染みの少女と相応の歳と思われるその少女は、こちらと何かを話している合間、その手に持った水晶をずっと覗き込んでいた。その水晶の中では、なぜか彼の馴染みの少女の姿が映っていた。その姿を見た二つ結いの少女は、やはり驚きの表情をしていた。
(オレはあいつのことを話していたのか…?だが、赤の他人に話して驚かれるような話ではないよな…)
それにしても、大変もどかしい夢だ。景色や場面はこんなにもはっきりと覚えているのに、その内容には全て音声がないのである。そして、そのもどかしさを消すことができないまま、彼の夢の記憶は最終章に入る。
再び視線の先には馴染みの少女が映っていたが、その少女は瓦礫のような場所で両膝を着きながら泣き崩れていた。それでもやはり、彼女の泣き声はこちらには届かない。結局その少女は謎の白い光に包まれたかと思いきや、その姿を忽然と消した。それと同時に、彼の夢の記憶もプツンと途絶えた。
―
彼がハッと我に返り眼を覚ますと、そこは完全に見慣れない空間であった。
まず始めに感じたのは肌寒い空気だ。その空気に何となく懐かしさを覚えるのも束の間、それ以上に強く感じた違和感の正体にすぐに気づく。
(ここは…、外ではない?どこかの…部屋…?)
そこの天井には、何本もの氷柱が彼の脳天を狙うようにびっしりと敷き詰められていた。そして、辺り一面には香ばしい匂いを放つ茶褐色の円筒の物体が幾つも並んでいる。
(何なんだここは…?なぜオレはこんなところにいるんだよ…?)
彼は夢の内容を思い出すように、この謎の部屋に来るまでの記憶を呼び戻そうとする。しかし―。
(…ぐッ!?あ、頭が痛い………!!)
彼は突如激しい頭痛に襲われ、不意に頭を抱える。
その際に、さらに2つの衝撃に襲われた。
(何も…思い出せない………!?オレの…名前も………!!)
鮮明に覚えていた夢の記憶とは逆に、現実世界での記憶は思い出そうとすると頭痛によって再生を遮断されてしまう状態となっていた。
さらに彼は、夢の記憶を再生する際にも感じていた違和感の正体にも気づいてしまった。
(…え!?み、耳が………ない………!?)
彼が両手をあてた部分は、ヒトの身体でいえば聴覚を司る器官があるはずの場所である。しかし彼のその部分には、本来両側に合わせて2つあるはずのそれが2つとも欠損していた。
「ア………アア…ッ!」
(…聞こえない…、自分の声ですら………!!)
彼は夢の記憶の最後に見た馴染みの少女の名を不意に口にしようとするが、その行為によって自分自身にトドメを刺してしまうこととなった。
自分が覚えているのは支離滅裂な夢の記憶のみ、さらにその夢にまで影響を与えていた聴覚は原因不明の損失状態、極めつけはやはり身に覚えのない場所への強制召喚。これらの理不尽な出来事は彼を怒りへと導くには充分過ぎていた。
「…アアアアアアアアアッッッ!!!」
―ザンッ!!!
彼はその身体を瞬時に燈色に輝かせ、聞こえない絶叫をあげながらその場で右手を左から右へ一薙ぎさせる。すると目の前にあったはずの香る物体が全て目の前で横に真っ二つにされていた。さらにその衝撃で頭上にあった氷柱が雨のように降り注いだが、奇跡的に彼の身体には1本も当たらなかった。
自らが作ったその光景に驚く瞬間、彼の脳裏に馴染みの少女の名前以外の情報が流れ込んできた。
(…ヤ…マ…ン…タ…カ…。“梵斧”……!この力………!!)
彼の右手には、十字を模った蒼い斧が握られていた。斧の中心から左右に伸びた先にある2つの刃の鋭さは、獲物になった全ての香る物体と、その中に入っていた無数の木の実の均等な切れ口によって証明されていた。
その場に向かって上空から一筋の光が差し、周囲の気温が弱冠上がっていることに気づいた彼は、氷柱と共に抜け落ちた天井の一部を仰ぎ、右手にある“梵斧”を掲げた。
(きっと、あいつはオレを探しているに違いない…。待ってろ、必ずお前に会いに行く。)
そう心に誓った彼の両眼は、掲げた“梵斧”と共に天井を力強く見つめながら漆黒に輝いていた。
続きます。




