第10章 世界を繋ぐ者
「…ダイ殿は、この力の正体を知っているのか?これは我の予知にもない、完全に想定外の存在だ…!」
ジロウはビャクの姿に息を飲みながら、ダイに訊く。
「あぁ…しかしまさか、この話の続きを生でお目にかかれるとは…。」
ダイは冷静に答える。しかしこの状況を受け入れる為に、その脳裏ではかつて読みとった古本の内容を必死に整理していた。
ただそれでも不可解な点が1つだけ浮上し、再びダイを混乱に陥れようとする。
(…でも、“梵牙”の力を持つビャクが、なぜ他の―しかも伝説にある“梵剣”の力を別に持っているんだ!?)
その時、それまで沈黙を守っていたビャクが蒼い大剣を前に、弱弱しくその口を開いた。
「―ダ、ダイにーやん…。アタイは…、やっとあの夢の意味を知ることができたのダ…。」
「ど、どういうことだ…!?」
「あれは…夢…じゃなくて、記憶なのダ…。忘れていたわけでも、勝手に作られたわけでもない…、確かにあった"アタイ達"の記憶―。」
ビャクはそう言いながら、首だけをジロウの方に向ける。
「ジロウのおじじ…、おじじが見た予知夢もきっと、間違いではないのダ…。このことを知ってしまった今のアタイは…、多分この世界にいることは許されないのダ…。」
「な、何を言っているのだビャク殿―!?」
始めは本気でビャクを始末しようとしていたジロウが、今は自身の生を否定する彼女を必死に否定しようとする。
―しかし、心身共に限界に達しつつあったビャクは、既に自身の消失を悟ったかのように、寂しい笑顔を見せた。
「…でも、きっとこれで終わり―。」
そう言いながら、ビャクは自身よりも大きな“梵剣”を正眼に構えた。
「…お話はお仕舞いでしょうか…?」
その一部始終を遠巻きに見ていたジハトは、ビャクに向けて“梵棒”を伸ばそうとする。しかしそれは隣にいたイナバの手によって制止された。
「―ハッちゃん、この子はあたしがやるよー。…噛ませ犬とは言わせないよー?」
口調こそ陽気ではあるが、イナバはその両眼をギラつかせ、その身に燈色のオーラを纏いながら新たな“梵槍”をその左腕に生成した。その剣先兼銃口はビャクの脳天を狙っている。その間、“梵槍”は蒼白い光を貯め込んでいくように輝き、その勢いを増していく。
「今度こそ、一点突破させてもらうよー!!!」
そう言うや否や、イナバはビャクに向かって猛突進を仕掛けた。周囲の砂を巻き込み、自身をまるで小さな竜巻に変化させながら。
「ビャク!に、逃げろぉぉぉ!!」
砂に埋もれているダイはビャクに向かって必死に叫ぶが、ビャクは1歩も後退しなかった。
(…最後に、アタイはこの世界の一部であったことを―証明するのダ!)
ビャクがその身に燈色のオーラを纏うと、それと同時に“梵剣”の刀身が巨大な扉の如く縦に分裂し、対の剣となった。さらにそれぞれの剣から“梵牙”のような突起が幾つも現れ、さらに攻撃的な形態へと変貌する。ビャクはその凶悪な雰囲気を醸し出す双剣を逆八の字に構え、竜巻と化したイナバを迎え撃つべく大きく跳躍した。
「―“梵乾”!!!」
イナバの竜巻のような突進に対し、ビャクのその姿はまるで落雷のようであった。双剣の切っ先から2本の蒼い軌跡を生じさせながら、瞬時にイナバとの間合いを詰める。しかしダイ達の眼にはそれが一瞬の出来事のように見えた。
―ドォォォォォォォォォン!!!
落雷が目の前で起きたかのような轟音の後に初めて声を出したのは、ビャクでもイナバでもなかった。
「…無理だよ、姉さん。」
「な―!?」
ダイの眼には、確かにビャクとイナバの2人が衝突したように見えていた。しかし落雷のような轟音が響いた場所の中央にいたのは、その2人だけではなかった。
「―驚きました。まさか”ボク以外にも2つの遺伝子を操れるヒト”がいたなんて…。」
ビャクの双剣はイナバの脳天を捉え、イナバの銃槍はビャクの腹部から向かって左側に大きく外しながら天を仰いだまま停止していた。そのまま時が動き出せば間違いなくイナバの身体が引き裂かれていたであろうその状況を、驚異的な反射神経で完全に回避したのはジハトであった。
“梵棒”を竹のようにしならせて2者の武器を受け止めたまま、その左眼を蒼く輝かせながら少年は静かに呟く。
「姉さん、ここは撤退しよう。このままじゃ分が悪すぎるよ。」
「くぅー。く、悔しいけどそうするよー。」
「な―、ちょ、お前ら―。」
ダイは身動きできないままジハト達の離脱を止めようと声を上げるが、それと同時にジハトとイナバの身体を蒼い粒子が螺旋状になって包み込んだ。
「反逆者の皆さん。ボク達は必ずこの世界の崩壊を止めます。…またお会いしましょう。」
ジハトがそう言い残し、2人の姿は完全にその場から消失した。
―
突如現れた、新たな発現者達の襲撃。ヘイシュウに広がる広大な砂漠のほんの一部で彼等が残していったモノは、戦闘と熱砂で体力を奪われ身動きがとれなくなった男2人と、腹部を貫かれてもなお最後の力を振り絞って未知の力を解放した少女1人。
「ぬぅ…、ふんっっ!!」
休息を終えた蒼い遺伝子を再び発現させ、その力で先に両足の自由を得たのはジロウであった。その右腕の弩をダイの足元に向け、彼の両足の枷も同様に粉砕する。
その細い両足で立つ感覚を思い出そうとする前に砂の拘束から解放されたダイは、その場で尻餅をついてしまった。
「いってて…、もっと優しく―。」
ダイはジロウに文句を言おうとしたが、目の前に立っていたジロウがいつの間にか両腕で抱えていたモノを見た途端、言葉を失ってしまった。
ジロウの腕の中では、やはり歳相応の女の子であったのだと思い出させる程無邪気な表情のまま、静かに眼を閉じているビャクがいた。
「…まだ息はある。我の故郷へ着けば回復するかもしれぬ。」
「じ、じゃあ急ごう!!」
まだフラフラな状態で何とか姿勢を保ちながら歩き始めようとしたダイは、熱砂の上ではなく宙を歩いていた。
「―て!?もう歩けるよおっさん!!」
「もう先がわずかとはいえ、そのような足取りではまたすぐに力尽きてしまうぞ、ダイ殿?」
いつの間にかビャクを肩車し、ダイの上着の襟を後ろから持ち上げながらジロウが大股で力強く歩み始めた。
「足となる代わり―というわけではないが、ダイ殿よ。教えてくれぬか?」
「…え、一体何を?」
「ダイ殿が持つ予言書の伝説…。」
ダイには見えなかったが、ジロウの表情はこれまで以上に厳しく、真剣そのものであった。それを察してくれたと感じたジロウは言葉を続ける。
「もしビャク殿が言ったように、我々が見ていた夢が誰かの記憶の一部であったとすれば、それは一体何者なのか?そしてなぜ我々はその記憶に込められた目的の完遂を本能的に渇望し、闘わねばならぬのか?」
「………。」
ダイは肯定も否定もせず、黙ってジロウの話を聴いていた。
確かにこれまでに起こったことは、全て予言書と夢に導かれている。しかしそれら全てを1つに集約しようとしても必ずどこかに空白があり、噛み合わない部分が生じてしまっている。そもそも“予言書にある伝説”というのがまず大きく矛盾しているのだ。
(…待てよ?と言うことは―。)
「そういうことか…!」
「わかるのか、ダイ殿?」
「この本によれば、“蒼い遺伝子の発現者”はもともと1つの存在だったんだ。それがいくつかに分かれて別々の存在として生まれ変わったとしたら、同じように記憶もバラバラになっていてもおかしくない。」
「な…!?もしそうだとすれば―。」
ジロウは無意識にダイを地上に降ろし、彼の背を見つめながら話を聴く。
「―あぁ。"この本を含め"、僕達の記憶は全てもともと1つの予言なんだ。それは過去の伝説の続きでもあるんだ。
―
かつてこの地は、そこにある何もかも全てを闇に飲み込まれる大災害に見舞われた。
ヒト、動物、植物、大地、海、空…。多種多様な生命の大半と、それらが存在するのに最低限必要な環境さえも混沌の中に消えていった。
さらに、それはたった1人のヒトの手によって成された。自らを王とする彼は、親友・家族・息子…自身以外のほぼ全ての存在と引き換えに生物として得てはならないモノを手に入れた。
―不死の力、永遠の命―。
しかしその代償は世界の崩壊のみでは留まらなかった。世界中の膨大な生命エネルギーを背負った彼はその尋常ならざる重荷に耐えきれず、身体と魂を1●の欠片に引き裂かれ、崩壊した世界の至る所へと拡散してしまったのだ。その際の反動により、さらなる地殻変動が引き起こされ、一部のヒトと大地を残して従来の「日本」は消滅した。
それから長い時間が経ち、王の心身を構成していた欠片は別の新たな生命体へと変化し、再び荒廃した大地に姿を現した。王と同じくヒトの姿をし、不死の力を受け継ぐ存在―“蒼い遺伝子の発現者”の出現である。
彼等はもともと王という1つの存在を構成する部品にすぎず、その存在を正しく再構成する為の規則が必要であった。その為に王の欠片にはそれぞれ●●を意味する名前が与えられていた。
―
「―そして、この本によるとそれらが全て1つになった時―。」
ダイがジロウの方を振り向き、一陣の風に揺れた長い前髪の隙間から右眼をのぞかせながら言った。
「―ヒトの王“ペトロの代行者”が再誕し、世界はあるべき姿に修復される。」
続きます。




