1話 道の先から
創造と遊楽を尊ぶ誉れ高き国、オルドラバーン。その国の中の、南東部。そこに、トトルラの村という小さな村があった。
山と森に囲まれた牧歌的な村で、村人はほとんどが顔見知りで仲が良い。不便なことといえば、少々市街地からは離れていることだろうか。それでも村人たちは、皆で手を取り合い、平和に生きていた。
そんな村の一角に、鍛冶屋があった。家に張り付けるような形で炉を構え、雨除けの屋根をつけた屋外型の工房は、少しだけ村の雰囲気に似合わない。
その工房内に、赤錆色の髪を持つ青年がいた。その隣には、麦わら帽子をかぶった農夫が一人。農夫は、青年の手の中にある、五つの先に分かれた―しかし三つほど先端が折れている―フォーク状の鍬を見つめていた。
「どうだい、直せそうかい?」
農夫は困ったように眉根を下げ、頬を掻いた。赤錆色の髪の青年は、反対の手に持つ折れた三つの先端と、鍬の本体とを交互に見る。
「うん、大丈夫だよ。こいつも、まだ頑張りたいって言ってる」
そういうと、青年は早速作業を開始した。
折れた部分を火に当て、鉄の部分が変形できるようになると、先端と本体を合わせて優しく金槌で打っていく。先端部分が元の形に戻ると、水に沈めて冷却し、青年は農夫へと鍬を渡した。
「使うなら、明日から使ってやって。俺たち人間でいうところの、大手術をしたようなものだからさ」
「おお、わかったよ。いやあ、それにしても助かった。ありがとうな」
「どういたしまして。また何かあったら、いつでも来て」
農夫はご機嫌に鼻歌を歌いながら、鍬を大事に抱えて帰路へとついた。
その後ろ姿を見つめていた青年に、後ろから声をかける男がいた。
「また金も貰わんで直してやったのか、ラリー」
青年は、自分の名を呼んだ男へと振り向いた。
「父さん! なんで外に……」
ラリーは、自分の父―クラック―へと駆け寄った。杖をついてはいるが、足取りはふらふらとしている。ラリーが駆け寄る前に、クラックは左側しかない手で外にあるベンチを引き寄せ、そこへ座った。
「なに、今日は体調がいいんでな。たまには外の空気を吸わねえと、腐っちまう」
クラックはへらりと口角を上げ、笑う。ラリーは呆れたと言わんばかりに眉間を寄せ、首を横に振った。
「とはいえ……最近はまた具合が悪くなってきているんだから、おとなしくベッドで寝ていないと。お医者さんにも怒られるよ」
「へへ、来る前に部屋に戻るさ。そういや、先生はまだ来てねえか?」
「見てないよ。というか、今日来る予定だった?」
「ああ……まあ、そうだ」
クラックは、わかりやすく口ごもった。
ラリーはクラックが片腕しかなく、年々体調を崩しているのは知っている。だがここ最近は、さらに悪化しているのが目に見えていた。目の下の隈も濃くなり、身体は脂肪を蓄えられず、どんどんやせ細ってきている。だがクラックは、頑なに自分の病状を言わなかった。
どうせ聞いたところで、頑固な父のことだ。何も教えてもらえないだろうとわかっているラリーは、ぐっと背中を伸ばした後、工房の外側へと出た。
「どこへ行く」
「先生が来ていないか、ちょっと見に行ってみるよ。父さんはまだそこで休んでる? もう、家に入っておくかい?」
「いや……ここで待ってる。気をつけてな」
「わかった、いってくるよ」
ラリーはそのまま、村の方へと歩き出した。
鍛冶屋であるラリー宅は、村の端に位置していた。道に沿って歩いていけば、すぐこぢんまりとした商店街が現れる。商店街と言っても、土から引き抜いたばかりの根菜を箱に入れて乱雑に並べたり、布の上に別の町から仕入れた商品を置いてあるだけだったりと、しっかりした店構えがあるわけではない。
そこを抜ければ住宅が少しばかり並び、そして村の入り口―中心都市と繋がる街道―へ至ることができる。
村の入口には、一応門番という形で、村一番の戦士であるヤザイールという男が立っている。険しい目つきが見つめる先は、誰も歩いていない拓けた道と、その先には森が続いていた。
「やあ、ヤザイール」
「ラリー。どうした、資材でも待っているのか」
ヤザイールは、道から目を逸らさないままラリーに訊ねた。
「いや、父さんの主治医が来ていないか聞きたくて」
「アシュトン医師か。確か五日前に出て行って、一度中心都市で薬を揃えてから戻ると言っていたな」
「そうだったんだ。俺はその話、聞いてなくてさ。まだ来ては……いないみたいだね」
「うむ。誰か来るどころか、なにも……ん?」
目を細め、少しばかり身を乗り出して道の先を見るヤザイール。だがラリーには、何も見えていない。
「どうしたの?」
「なにか……騒がしいな?」
ヤザイールと共に、道の先の森を見つめる。何もわからず首を傾げるラリーだったが、なにか地響きのようなものが聞こえ始めた。それに続き、メキメキと音を立てながら木が倒れていく。
「木が……⁉」
「ラリー、お前はここを離れるな!」
腰にした剣を取り出し、ヤザイールはさらに目つきを険しくして森の先を見つめた。
またいくつか木が倒れる。それから少しして、馬車が飛び出してきた。
「馬車? なんで馬があんなに暴れて……」
「……違う! 追われているんだ!」
ヤザイールは駆け出した。
馬車の後ろから、黒い四足歩行の化け物が現れたのを見て。




