2話 炎
「や、夜獣⁉」
馬車の後ろに現れた黒い四足歩行の化け物を見て、ラリーは驚いた。
それは、夜獣と呼ばれる生き物だった。名前の通り、夜に活動している獰猛な獣なのだが、実際は暗い場所であれば昼間でも行動はする。馬車が出てきた森は、陽の光が入るように、ある程度は整備されていたはずだ。なのに、馬より二回りほど大きなあの夜獣は、太陽の光を疎ましそうにしながらも、目の前を走る馬車を追いかけていた。
「どうなっている……あんな巨体な夜獣は、この辺りにはいなかったはずだぞ!」
ヤザイールは剣を構えつつ、馬車へと向かっていった。馬を止めるためではなく、その後ろを走る夜獣を討つためだ。
「なぜ誰も手綱を握っていない! 誰か、中にいないのか! もう村に突入するぞ!」
ヤザイールの問いかけに、声は帰ってこなかった。だが、桃色の髪を持つ眼帯をつけた青年が、閉じられた幌から前身を乗り出し、揺れる手綱を握りなおした。
「くっそ、なんでオレがこんなことを……!」
眼帯の青年は、無理に身を乗り出して手綱を引く。あまりの力強さだったらしく、馬は引かれた強さに驚き、前脚を上げて嘶いた。
「わ、わああっ!」
馬の勢いはもう村の入り口にまで迫っており、ちょうどラリーの頭上にて前脚は上げられた。
慌てて転がってラリーが避難するも、馬の興奮状態は続いており、まだ暴れている。
「暴れんな、このクソ馬! 落ち着けって!」
眼帯の青年は、無理に手綱を引いている。そのうちに、馬車の後ろから初老の男性と、眼帯の青年と同じく桃色の髪をした若い女性が降り、さらに眼鏡をかけた背の低い男性が、顔色を青くしながら降りてきた。
「あ、先生……アシュトン先生!」
ラリーが駆け付けると、眼鏡の男性―アシュトン医師―はハッと顔を上げた。
「ラリーくん! ということは、ここはトトルラの村だね……!」
「そうです! いったい何が……あれ、夜獣ですよね?」
ヤザイールが戦っているはずの夜獣へ目を向けると、ちょうど初老の男性が杖を向け、強力な魔法を放った瞬間のようだった。
巨大な火球が空から降り注ぎ、夜獣の身体を焼いていく。
「ギャオオオオオ!」
しかし、夜獣は呻いてもまだ倒れない。
「む……威力が落ちているな……すまないメル殿、頼めるか?」
「はい。わたし、決めちゃいますね」
桃色の髪の若い女性は、目にも止まらぬ速さで夜獣に駆け寄り、その顎を蹴り上げ、横から殴り、さらには空高くに跳ねたと思うと、とてつもなく重たい蹴りを落とした。
「おしまい」
蹴りを決め込むと、若い女性はくるりと宙返りをして、音もなく地面に降り立つ。
夜獣はさすがにダメージが大きかったのか、動きが止まり、その場に倒れた。頭がガクンと地面に落ちたところで、その身体はゆっくりと霧のようになって消えていった。
「なんと……こんな、あっという間に……」
ヤザイールも、その場で腰を落とした。どうやら怪我はないようだが、逆に手も足も出なかったようだ。剣を落とし、痺れたように震える手首を抑えている。
「す、すごい……アシュトン先生、この方たちは……?」
一部始終を見守っていたラリーは、アシュトンへと話しかけた。アシュトンはラリーへ視線を向けると、肩をすくめた。
「いや、実は僕も出会ったばかりでね……ただ、人を探しているとしか」
「へえ~……でも、こんな田舎に……?」
「失礼」
二人が話しているところへ、初老の男性が歩み寄ってきた。白金色の髪を一つにまとめ、穏やかな夕暮れ色の瞳を携えた紳士的な男性だった。
「あ、どうも……」
自分よりも遥かに背が高い初老の男性に、ラリーは少々たじろいでしまう。夕暮れ色のその瞳は、穏やかながらもどこか強いものを秘めているようで、ラリーは目が離せなかった。
「あの……夜獣を退治していただいて、ありがとうございました。あなた、魔法使いなんですね」
「……私はラフィトアから参った。魔国賢人会の一人、ハイウェット・ジーンと申す」
「えっ……」
ハイウェットが名乗ったことにより、ラリーはさらにたじろいでしまった。いくら田舎の村の人間とはいえ、魔国賢人会がどういうものかは知っている。国を担う者を目の前にすることなど縁がないと思っていたラリーだったが、一歩だけ引き、少しだけ背筋を伸ばし、せめてもの礼儀を示した。
「魔国賢人会の方が……どうして、こんなところに?」
聞いていいのかどうかも、わからない。だがラリーの口から、疑問は出てしまった。
ハイウェットは特に無礼を指摘することもなく、懐からひとつのガラス玉を取り出した。その中では、炎が激しく揺らめいている。
「この炎が、こちらへ向かう度に揺らぐのだ」
「炎……? それがまた、どうして……?」
「……探しているのだ。救世主の遺志に従って、自身を操れる者を」
何の変哲もないように見える炎。ガラス玉の中にあり、勝手に揺れているのは、おそらく何かしらの魔法であるということは、ラリーでも容易に想像がついた。
「……」
ラリーは、すっかり炎から目が離せなくなっていた。特別、美しいというわけでもない。ほんの手のひらに収まる程度の球体に入った、本当に炎かどうかもわからないもの。それなのに、どうしてこんなにも気になってしまうのか。
「あの……それ、触れてみてもいいですか?」
答えを探るように、ハイウェットを見上げる。断られるだろうと思っていたが、ハイウェットは素直に炎の入ったガラス玉を差し出した。
炎は、より激しく暴れまわる。まるで、ここから出せとでもいうように。
「すごい……まるで、生きているみたいだ……」
心臓がやけに高鳴っている。恐る恐る指先を伸ばすと、炎はガラス玉を満たすように広がった。
それを見て一度躊躇するも、ラリーは意を決してハイウェットから炎の入ったガラス玉を受け取った。
「あっ……⁉」
すると、ガラス玉は弾けた。炎は大きく広がり、空高くへと舞い上がる。
それから再び、ラリーの手の中へと戻ってきた。炎はすっかり落ち着き、ゆっくりと揺らめいているだけとなっていた。
「なんだ、この炎……熱く、ない……?」
その姿を見て、ハイウェットはゆっくりと目を見開いた。
「見つけたぞ……遺物が集いし、柱よ……!」




