第三章 半角スペース/モノガタリ
「ねえ、君は数え切れない程の罰を与えられて。」
「心が壊れてしまった。」
「素敵な色を、沢山持っていたのに。」
「その現実すら、もう目に入らないようだ…。」
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「え…?」
怯えた声を聞いて、少し躊躇う。でもこの機会を逃してたまるものかと、俺は彼女へ手を伸ばして少し震えた声を発した。
「君は?」
「え…えっと…皇秋桜です。」
子兎のように身を縮こまらせている。可愛いと一瞬目を細めたが、俺はそれは口に出さず会話を続けた。
「変わってるね。うん…初めて聞いた名前だ。」
「…。」
大きく花が咲いたような瞳が、俺を見上げている。赤金に輝いた虹彩は、この秋を示すようで何より聡明さが際立つ。膨らんでは三角を作り、四角形まで辿り着かない感情に、俺自身が翻弄されながらも、彼女の足元に跪いてスケッチブックを拾い上げた。
「描くの?」
「え…?え…っと。」
「怖がらないでよ…。こんなに優しく話しかけてるんだから。」
自虐的な雰囲気で自分に都合よく、状況を造り変えようと奔走する。けれど、上手くいかないのは何故だろう。首を傾げて彼女をじっと見つめたら、視線が少し揺らいだのを感じた。
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まっさらな紙が、夕陽の風に吹かれたようだった。必死で助けを乞う瞳を隠した青年に、私は少し動揺しながらも深く息を吸い込んだ…。
秋色に染まった世界で彼の姿だけが、異質と呼べる色覚に振れている。声を掛けただけで壊れてしまいそうな、それでいて強い軸を心の内に持っていそうな…。
「貴方は…?名前を教えて欲しい。」
「…冷泉空だけど。」
「ソラさん?」
私よりも幾分か歳上に見える。大学生…位なのだろうか?白シャツに黒ズボンで、痩せた少し病的な雰囲気、そして繊細なディテールが施された線帯は、彼を非現実的な存在へと昇格させていた。
「…。」
とても絵になる美しい青年だと想う、と同時に少しの危機感を感じていた。この男性が、何を目的としているのか分からない。
「ソラさんは、如何して此処に来たの…?私に何か用?」
「ああ…。」
少しの諦めと共に、彼が悲しげな表情を浮かべる。彼が指を自らの腕に食い込ませているのを見て、ふと私はスケッチブックを跡が付くほど、抱きしめている自分に気が付いた。
「私は此処で絵を描こうとして、立ち寄ったのだけど…。ソラさんもこの場所に相似的な感情を覚えたの…?」
ハッとした雰囲気で、急に彼が私の手を掴んでくる。言葉を間違えたかと焦るが、次の瞬間に彼が口にしたのは、理解者への深い尊敬と安らぎの気持ちだった。
「君だけだ…。そんな風に、俺がこの場所に来る理由を捉えたのは。」
「そう…どうしてそう言い切れるの?」
「空間に幾つもの世界を見出す存在に…初めて出会ったんだ。」
その言葉に、心臓が揺らぐのを感じた。
「何故、そんなことを…?」
「君は瞳の奥から強い光を発して、その白いワンピースさえ、秋桜へと変えていた。」
日常的に画角として存在する空間認識。確立された自己の世界。自分の創造性を作品へ投影させる事が好きなのだと直感した。
「何か…貴方にも自分が自分で居られる、特別な技巧があるのね。」
「…そうだった筈なんだがな。」
見えない瞳の奥には、まるで迷いがあるようで…。私は思わず、腕を握る彼の手をそっと自分の手で触れていた。
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「…。」
2人の間に静寂が生まれる。熱病に犯されたように、恍惚とシュオと名乗った少女を見つめた。そのまま、一歩踏み出して、彼女に救済を求めようと、美しい皮膚に自らの指を添わす。
「君…俺の部屋の隣に引っ越してきた子だろ?」
「え…っと。」
無感性な激情のまま、少女を抱きしめて初恋に狂った男のように、秋の花々を散らす。真白の箱に、病棟から漏れ出た不純を、区切ってしまった。そんな、恐ろしい程の愉悦。
ぐさりと心臓に刺さった、一億年前のユーフラテス川に俺は、衝動と欲望の鏨を置き忘れてしまったみたいだ。
「一緒に行こうよ…。俺の凡てを見てほしい。君の彩色でぐちゃぐちゃになった、俺のイラストを骨組みから変えてほしい…。」
「…。」
怯え?当たり前だ、こんな赤の他人から、感情を無理に突き付けられて、悲鳴を上げない人間が居るものか。受け入れてくれる?笑わせる。そんな、権利がこの腐りきった、化け物に赦されるものか。
可能性があるとすれば、それは…。
「…っ。」
急な暴力への戸惑いと、まだ幼く世間を知らない故の惑い。そして…そう、これが俺が君を選びたいと思った理由。
「…どんな、色を貴方は見るの?」
「…はは。」
この英知、同じカテゴライズで世界を切り取る、脳みそを持った人間なのだ。君は…。最高の女性に出会ってしまったようだ。
「魅せてあげる…何処までも…。」
「…。」




