第十章 秋桜の咲くあの場所で…
「失ってしまった物が多くて、見つからないよ」
「このゲームの道を決めるんだ」
「終わらせるか…」
「それとも君は何て言うかな…?」
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眠るように微睡んだ。人生は残酷だ。何もかも諦めて自由に、鳥のように生きたい。俺は自由だと、青空を滑空したい。でも、それは出来ない。
「何でだと思う?」
「…?」
このまま、本当に眠ってしまいたいと思った…もう疲れたから嫌だと。
「…。」
枯れた雑草が指先を撫でる。躊躇った息遣いを傍で感じる。夕陽が乱反射して、瞳を焼いていく。苦しい苦しいと、藻掻くことをやめて。俺は少女に目を合わせた。
「シュオ…。」
「どうしたの…?」
頬を撫でると感覚が伝わってくるようだった。ゴッホの向日葵を連想させるオレンジ色が差し込んでいた。その奇麗さに、思わずなにも見たくなくて、服の袖で目を隠した。
「ソラ…?」
「俺は何色だ…?」
人間は桜色を持つように優しい色合いで身を灯す。シュオは、美しい水銀の色でほほ笑む。きっと俺の色は…。
「青くて奇麗だよ…。」
そうだったら良かった。このまま詩のような世界に溺れていたい。時間がゆっくりと過ぎ去って、寒さも空腹もなく、人間としてではなく…空という…一人の人間として。大地に倒れ伏して夕日が沈み、秋桜の香りに包まれ、そのまま死んでしまいたい。
「もう…ダメだよ。」
「何が…?」
シュオが俺から離れて立ち上がる。自分からこの瞬間を、捨て去ってしまうなんて。君は何て強いんだろう…。俺は、上体だけを起こすと、ぼんやり彼女を見つめた。
「ダメじゃないよ…。」
「死にたい…。」
ぼそりと呟いた言葉の品のなさに、頭を振る。
「…。」
「シュオは…一緒に死んでくれる?」
「嫌だ。」
意志の強そうな瞳を見つめて、俺は思わず笑ってしまった。
「そっかぁ…。」
もう一回、地面に倒れ込もうとしたら、シュオに腕を掴まれた。銅色に染まった瞳が、俺を見据えていた…。
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緩やかに、秋の涼しい風が頬を撫でる。倒れそうになるソラの腕を掴み、私は少しの間だけ…躊躇した。
「不思議の国のアリスを知ってる…?」
「え…?」
ソラが、首を傾げて見上げた。暗い瞳に微かな青が混ざった光。優しくも気だるくもなく、まるで幼子に酷似した緋色の記憶…。
「大きくなる、小さくなる…巨大な惑星は近づき、遠のく地球は、月と別れを惜しむ。」
「…。」
「秋桜も同じように…艶やかなピンク…真白の地上に咲いた、秋色の轍を惜しむ。」
「それは…。」
ソラと私は、受け取り方が違う。この不思議な世界への見方も、ソラが抱えた重さも、私が抱えた想いの波も、穂先が揺らぐ潮騒で吞まれるように…。
「だから…。」
私がソラの腕を離すと、ソラは片方の手で、自分の体勢を支える。繊細な黒髪が、秋の光線を受けて輝く。怯えて、取り乱したような表情が、ふいっと背けられて、見えなくなってしまう。
「…。」
その光を消す、意図は分からなくても…。
「え…。」
同じ創作者として、彼が自分を消すことだけは、許せなかった。
「エプロン…?」
「…は買ったの、私には絵を描くことしか出来ないから。これも、私にとってはキャンバス。」
バッと拡げた白磁のエプロンに、物語性の欠片もない色彩が踊る。青の隣にピンク、黄色の隣にオレンジ、塗り潰した黒煙と、夕陽と共に萎れる秋桜。
「貴方だけのキャンバスは、何処にあるの?」
「え…。」
「分からなくても良いけれど、貴方の青は、冷たい青じゃないよ。」
「…。」
最初に出会った時から、きっと分かってた。彼は私とは違う人…ソラは、空を飛べない鳥だけど、地上で生きる方法を…探しているんだって。
「貴方自身を、何重にも染め上げる…美しい色なんじゃないかな。」
「ああ…。」
これ以上は要らない。彼は、彼として生きていかなければならない。そして私も…。
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「…。」
選択肢は複数ある。でも俺たちの世界には、一つの選択しかない。
「…凄いな…。」
シュオから受け取った、エプロンを見つめる。今の俺には、塗りつぶされた絵具は、ただただ目に染みて辛かった。
でも、それでも一人で死ぬのが怖いからと、シュオを道連れにするのも、一人で死ぬのも。どれも今は、違うような気がしていた。




