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第九章 触れても消えて、離れたら忘れて…

「傾く本当は、君だったのか…」

「ただ、夢の中で描く飛行機雲と向日葵…」


「ずっとずっと前から」


「奇麗事に紛れて、それでも失いたくなくて」

「拒んでいたんだよ…」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ママ…。」

「久しぶりね。」

 バニララテを飲みながら、ちらっとママの方へ視線を送る。奇麗に化粧をして、薄いベージュのスーツ。

 ママはカフェオレを飲みながら、静かに窓の外を見ている。パパとも、ママとも、そんなに話したことはないから…何を話すべきか分からない。

「それ…。」

「え…?」

 ママが口を開いたから、びっくりして聞き返す。

「まだ持っていたのね。」

「あ…。」

 トートバックに付けてる、お守り代わりの犬のぬいぐるみ。これって…確か。

「パパが買ってくれた…プレゼント。」

「あの人に、ぬいぐるみを娘に送るセンスがあるなんて、知らなかったのよね…。」

「うん…私も。」

 急にチャットで、今週の日曜日に会いましょう。って言われた時は、少し不安だったけど…。

「あげるわ…。」

「どうしたの…?これ。」

「出張のお土産よ。」

 海外に行ってきたのだろうか…?ドイツ語が書かれたお菓子の箱と、小さなクマのぬいぐるみ。

「ママ…ありがとう。」

「ええ…。」

 カフェの柔らかい暖色の雰囲気が、心の中に染みわたる。人々の話す声、間接照明の優しい明り。

「好きなケーキ、頼んでいいわ。」

「マカロンが良いな。」

 注文して、直ぐ届いた甘いメレンゲを食べる。少しホッとする気持ちと…なんでだろう…。


 ほんの少し…寂しい感情が、甘いお菓子に溶け込むようだった…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 傘を持たずに雨の中に逃げ込む。紫陽花を口に含んで、柔らかな微笑を称えよう。この世が数千の雨粒で再生されるのなら、俺はオレンジの皮を剝く…。

「…。」

 冷たい水を飲み込み、電車の揺れに合わせて、倒れ込みそうな身体を支える。理解もされず、人は死ぬ。 

「…。」

 疲労は蓄積し、あっと言う間に増殖して、寂しいと狂う感傷に、海辺の淡雪が昇るのだ。

「…。」

 橙色の空が、朝焼け色の空が、夜更けの空が、青く輝く色彩が、俺の言葉を喰う。

「…。」

 これほど空しいなら、指から零れ落ちる砂金の悩ましさは…きっと、俺を毒するだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃあ…また一か月後に会いましょうか。」

「うん。またね…。」

 駅前のカフェでママと別れた私は、雑踏から少しだけ離れて、落ち着きを取り戻すように、ふーっと息を吐いた。

「良かった…。」

 呟きを心に反響させて、すっと視線を上にあげる。

「あれ…?」

 顔色を極限まで悪くしたソラが、普段は縛ってある髪も縛らず、ふらふらと遠くで歩いていた。

「荷物も持ったまま…実家から帰ってきた…ばっかりなのかな…。」

 具合が悪いのだろうか…それとも。

 私は、トートバックを肩に掛け直すと、ソラの方へと運命に手繰られたように、走り出したのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「疲れ…た。」

 電柱に寄りかかる。すぐに立て直して、また歩き出す。雨音が激しくなる。冷たい水温は、秋雨となって心を濁す。冷たい数多の光源、その欠片を口に含んで美味しいと笑う。

「荷物…捨てたい…。」

 なんだか…肩に掛けたカバンが重い気がする。断続的に引っ張られているような…。

「あ…。」

 気づいたら、此処まで来ていたようだ。秋桜が咲き廃止された工場から煙は昇る。秋風が涼やかで、心地良さがあるのに、空気は湿っている。

「ん…?」

 振り返ると、息を切らしたシュオが俺の荷物を掴んでいた。どうしたと言うのだろう?此処は、黄金の光に満ちていて美しい。

「本物…?」

「え…?」

 偽物しかない、この世界で。君は誰より輝いてるように見えた。君だけが本物だから、俺は迷ってしまった。

「音が遠く感じるんだ…。」

 色彩もこの世界の凡て空色、微かに灯る黄金の穂。シュオの声も聞こえない。


 なんだか、疲れてしまったみたいだ。

 

 俺は、シュオを抱きしめると、そのまま地面に転がるように、枯れた草原に横たわって、目を瞑ったのだった。

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