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5話 地球の星歌 その1

 使節団員達の仕事はこれと言って定められたものは少なく、元いた職場の仕事をそのままリモートでやっている者が多い。仕事は居住船の居室に充分な広さの机があるし、居室の窓には自由に風景を表示することも出来て快適に出来るのだが、すぐに飽きて多くの者は公園で仕事を始めることとなった。公園には本物の土や木、草花があり、ベンチや芝生の上に座って思い思いに仕事をしている。


 なかには昼寝をしている団員や、将棋をしている団員もいた。従来の銀河連邦には地球のチェスに近いボードゲームがあり、多くのプロが活躍している。それは日本の将棋のように取った駒を持ち駒として使えるゲームではなかったため、その目新しさから瞬(またた)く間に銀河連邦内に将棋ブームが発生した。

 公園で対局している将棋は駒も盤も拡張現実(AR)技術を用いており、対局者はAR手袋を介して盤駒に触れ、網膜上にレーザーで投影される盤駒を見て対局している。AR手袋は重力制御と精密なアクチュエーターが組み込まれており、実際に物を触っている感触を得ることができて、重力制御によってAR手袋の存在を感じさせず、さらには仮想物体に手を掛けて体重を乗せることさえ出来た。


 そしてさらにひとり、異様な行動をしている人物がいた。公園にキーボードを持ち込んで演奏しており、同時に歌を歌っているように見えるが、その音声は周囲に一切聞こえてこない。弾き語りをしているらしいその人物は、アイドルで芸術家のミンミであった。


「ミンミちゃん、今本当に演奏しているの?」


 そのミンミに話しかけたのは、同じ女性団員のキサリーだ。ミンミとは同い年の女性ということで、特に親しくなった2人だった。


「ええ、今は防音装置を働かせていたので、キサリーちゃんには聞こえてなかったのよね」


 防音装置は消音したい音を打ち消す逆位相の音波を発生させる装置だ。その結果周りに音はまったく漏れず、ミンミはイヤホンで自分の演奏した音を聞いていた。


「キサリーちゃんはイヤホンは…… 持ってないよね。じゃあ私の片耳のを貸してあげる!」


「うん、ありがとう」


 ふたたび始まる静寂な弾き語り。キーボードを弾きながらわりと激し目に歌っている様子のミンミだが、周囲にはまったく音は漏れてこない。しかし今はイヤホン越しの観客がひとりいる。その唯一の観客のキサリーには聞き慣れない奇妙な音楽だった。演奏終了後にキサリーは拍手で讃えるのだが、しかし思っていた疑問もぶつけることにした。


「なんか聞いたこともない面白い音楽だったね。自転車を連呼していて……」


「銀河中の一部のマニアには大受けで密かにブームになっている曲なのよ!」


「へー、そうなんだ。地球にもこんなにマニア受けするマイナーな曲があったのね……」

「いやいや! 地球ではこの曲すっごくメジャーな曲よ! なんなら地球の星歌にすべきだとさえ思うわ!」



【No.1 バイシクル・レース クイーン 作詞作曲:フレディ・マーキュリー】



「さすがにこの曲が星歌って感じはしないけど……」


 地球の国家にはそれぞれ国歌が存在するが、地球の星歌はまだ定められていない。しかし銀河連邦に所属するすべての各惑星には星歌が定められており、地球が銀河連邦に所属する際には星歌を定める必要があるだろう。銀河連邦市民の一部のマニアの間では、地球の星歌にふさわしい曲はどれなのか、様々な議論が繰り広げられていた。


「まあ確かにこの曲はぶっ飛びすぎているので、普通に考えれば難しいよね。ぶっ飛んだ曲を星歌にしている星もあるけど……」


 銀河連邦に加盟している星系は400くらいあるので、なかには変な曲を星歌に採用している星もあるが、それもごく一部の新しい植民星だ。地球のような歴史のある星がやることではない。


「じゃあキサリーちゃんはどんな曲が地球の星歌にふさわしいと思う?」


「えー、急に言われても思いつかないなぁ……」


「ふふふ、どこぞの日本オタクだったら『君が代』とか言うんだろうけど」


 ミンミは近くのベンチで将棋を指している男を見ながら言う。わざと聞こえるようにあえて挑発して言ったのだった。



【No.2 君が代 日本の国歌 作詞:不明(古今和歌集より) 作曲:林廣守、奥好義】



 ベンチでAR将棋を指していたのは、日本オタクのスラカンと、長身で重力制御装置を身にまとったゾブソーラの2人であり、観戦者としてレッソルもいた。


「ふふふ、その挑戦を受けてやろう! ずばり! 君が代は既に日本の国歌なので、地球の星歌には出来ない! しかし、地球の星歌となるべく運命を定められた曲は既に存在するのだ!」


 スラカンはベンチを離れ、ミンミのもとに近づくと、既に地球の星歌は決まっていると高らかに宣言した。


「へー、なんて曲か教えてよ」


「まだ候補が足りんな。あと5曲ほど出たら教えてやろう」


 スラカンは不遜(ふそん)に笑い、ミンミも挑発的な笑顔を崩さない。この2人は別に仲が悪いというわけではなく、お互い我が強いので反発しているように見えるが、このやりとりを楽しんでいるのが実のところである。


「ではなんで君が代はダメなの? 国歌から星歌になった例はあるわよ?」


「君が代は現存する銀河最古の王朝を讃(たた)える、銀河最古の歌詞だ。日本のエンペラーが地球全体に君臨していない現状では、星歌にすべきではないのだよ」


「君が代が銀河最古の国歌や星歌の歌詞ではなくなっちゃったけどね……」


 君が代の歌詞は10世紀に編纂された古今和歌集に「詩人知らず」として掲載されており、地球の国歌の中では最も古い歌詞だといわれている。そして当初は銀河連邦の星歌の中にもこれより古い詩を採用した曲はなかったのだが、最近になって星歌を変更した星が現れ、それが君が代よりも古い詩集から詩を採用したのだった。


「そんな後出しじゃんけんは認められない! 最近になってとってつけたような歌詞で銀河最古を誇るなんて恥知らずだ!」


「君が代だって国歌に使われるようになったのは100年ちょっと前でしょ?」


「まあまあ、君が代が銀河最古の歌詞を持つ国歌星歌かというのはこの際置いておいて、地球の星歌の話に戻そうよ」


 ミンミとスラカンの話が別の方向にヒートアップしそうだったので、レッソルが間に入った。


「そうね…… じゃあレッソルさんはどんな曲が良いと思います?」


「えっ、僕? うーん、やはり地球の音楽の父と言われるバッハの曲から選ぶべきかな?」


 仲裁に入ったら、突然話題を振られたレッソルは少し動揺したが、なんとか無難な方向性を示すことが出来てほっとしていた。


「たしかにバッハが地球の音楽に与えた影響は大きいですが、星歌にふさわしい曲ってありましたでしょうか?」


 将棋を指していたベンチから遅れてやってきたゾブソーラが会話に加わった。


「私は『トッカータとフーガ ニ短調』が好きかな?」


「どんな曲だっけ?」


 キサリーがバッハの曲を挙げるが、ミンミはどんな曲か思い出せなかった。しかしすぐに『トッカータとフーガ ニ短調』が聞こえてきた。



【No.3 トッカータとフーガ ニ短調 作曲:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ】



「こんな曲です……」


 芝生でプログラミングをしていたナミーもそばに来ており、曲を検索して再生をしたのだった。


「おー、たしかに荘厳で良い曲ね! ありがとーナミーちゃん」


 ナミーも若い女性のため、ミンミ、キサリーの3人はにすぐに仲が良くなっていた。ナミーは天才プログラマーとして使節団員に選定されており、一部では魔法使いと呼ばれているほどの腕前だった。無口なナミーは社交的なミンミとは性格が正反対だが、それが逆に馬が合うのかもしれない。


「しかし式典などでわざわざパイプオルガンを用意して演奏するわけにはいかないぞ」


「うーん、そうかもねぇ……」


 スラカンの突っ込みに、ミンミも反論しなかった。科学技術が進んでいる銀河連邦においても、式典で電子楽器を使うのは考えられない。容易に生演奏できる必要があった。


「この曲聴いていると、ミルクが鼻から出ちゃうかもしれないね」


「ぶはっ! ゲホゲホゲホ……」


 ゾブソーラの突っ込みにミンミがむせてしまった。長身のゾブソーラが高いところから低い声でぼそっという冗談が、ミンミのツボに入ってしまったようだ。ちなみに元ネタは嘉門タツオのコミックソングであり、それを理解してていたのはミンミとゾブソーラの他には日本オタクのスラカンしかいなかった。


「今ミルクを飲んでなくて良かったね」


 ゾブソーラの追い打ちに、ミンミは呼吸困難に陥(おちい)りそうになってしまった。長身で低音ボイスの厳(いか)ついゾブソーラではあったが、実は冗談好きというお茶目な一面を持っていた。



「じゃあまあ、バッハは星歌にふさわしい曲が残念ながらないということで…… ゾブソーラはどうなの?」


 呼吸困難に陥っているミンミに替わって、スラカンが場を仕切り始めた。


「恒星系を超えた名曲、『パッヘルベルのカノン』が良いでしょう」



【No.4 パッヘルベルのカノン 作曲:ヨハン・パッヘルベル】



「いや、それは既に星歌になっているでしょうw」


 再びゾブソーラは冗談を言い、すかさずスラカンもツッコミを入れた。

 どんな冗談かというと、実はパッヘルベルのカノンのメロディーはニュゼン人、ソウ人も作曲しており、それぞれの系列の星で現在も星歌として採用されている例がある。

 3人の作曲者はお互いに情報の行き来などは到底無理な時代の人達なので、全くの偶然に全く同じメロディーを作曲したのだった。ある部分はそっくりという例は他にもたくさんあるが、メロディーまるごとというのは珍しいし、さらにどの星でも著名な名曲とされてきたのが、ひときわ目立つ点だった。


「2つの星で同じメロディーが星歌になっているので、3つの星で採用されても良いじゃないですか。作曲者はすべて違うのだし」


「良いメロディーではあるけど、パンチに欠けるかなぁ」


 パッヘルベルのカノンもナミーによってすぐに再生されたが、レッソルの素直な感想に周囲のみんなも同意したように頷(うなず)く。



「スラカンさんの推(お)しの曲って、どうせ日本のアニメかゲームの曲でしょ?」


「ぎくっ!」


 呼吸困難から復活したミンミが、鋭い指摘をスラカンにした。どうやら図星だったようだ……




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