2話 レッソルの帰宅
レッソルは売店を後に、学内の超空間ゲートに向けて歩き出す。
学内の超空間ゲートの建屋は、通行量が非常に少ないために2m程度の幅しかない。建物入り口の自動扉を抜けると、その先に再び自動扉がある。自動扉の開閉速度は、現代の地球の物よりもはるかに速い。奥の自動扉を抜けると、さらに自動扉がある。こうして合計5つもの自動扉を抜けて、ようやく超空間ゲートに到達することができる。何故こんなに自動扉をたくさん通る必要があるかというと、超空間ゲート設置エリア内の気圧を一定に保つ必要があるからだ。気圧が大きく異なる空間を超空間ゲートで結んでしまうと、ゲートには強風が吹くことになってしまう。よって、通行者は耳抜きをしながら自動扉を抜けていくことになる。
建物の突き当たりに超空間ゲートがある。超空間ゲートの裏側には、本来は狭い制御室があるはずだが、ゲートの枠の奥には広場が見える。ゲートを抜けると、たくさんの超空間ゲートが並んだ円形の広場だ。ここには学内の他の3つのゲートや、大学近所にあるゲートがたくさん並んでいる。第4層の地域ゲート集合体の広場だ。第4層ゲートは、現在の日本でいえば鉄道の駅から広がるバスの停留場くらいの密度で存在している。
レッソルは広場でひときわ大きな通路を通過する。この通路は超空間ゲートではなく、何の変哲も無い通路だ。広場にいた何人かの通行人も、ほとんどはこの大きな通路を通過している。この通路の先はさらに大きな円形の広場の外周通路に接続し、さらにその先は動く歩道になっていた。大きな円形の広場の中を動く円形の動く歩道だ。この大きな広場は第3層の市内ゲート集合体で、市内の第4層地域ゲート集合体への通路が沢山並んでおり、さらに市外へ連絡する第2層ゲート集合体への大きなゲートもある。レッソルの家は市外にあるため、第2層ゲート集合体を目指すのだが、大学のゲートとは円形広場のちょうど反対側なので、しばらく動く歩道に乗ってゆく必要がある。
動く歩道と言っても、現代の地球にあるような一定の速度で動く床ではない。一人一人専用の床が動くようになっており、乗り降りの際にはやや外側に外れて停止する。柵も付いているので、簡易な小型自動運転車とも呼べそうなレベルだ。動く歩道を降り、第2層ゲート集合体に向かう通路は、これまでの通路と違って大勢の人々が歩いている。一方通行のゲートを通り過ぎると、第2層の州内ゲート集合体だ。この第2層はレッソルが住む大陸全土をカバーするゲートの集合体であり、非常に多くのゲートが接続している。円形に並べると非常に大きな面積が必要となってしまうので、第2層では多くの分岐を選んで進む方式となっている。分岐を進むときも動く歩道に乗っていれば良いので、歩く必要はほとんど無い。行き先はウェアラブル端末経由で指示すれば、自動で動いてくれる。
第1層はトップレベルのゲート集合体で、他の大陸や恒星系内の他の惑星や衛星上のコロニーにも行くことができる。これらのゲートを通過する際には安くない通行料を取られるが、第2層以下であれば、通行量は微々たる物だ。これらの超空間ゲート網によって、恒星系内のほとんどの場所へ、8回以下のゲートの通過によって移動することが可能となっている。そのため飛行機や鉄道といった公共交通機関は、銀河連邦の多くの国家で姿を消した。
レッソルは第2層の州内ゲート集合体を経由し、自宅付近の第4層ゲートを出た。ゲートの総通過時間は5分程度だったが、ここから自宅までは歩くと15分程度はかかる。ゲート出口には無人タクシーが珍しく待機していなかった。ウェアラブル端末からタクシーを呼び出そうとするが、どうやら近くで催し物があって出払っているらしく、到着は10分後とのことだった。
ちなみに、ウェアラブル端末は手の動きで操作し、画面は網膜にレーザーで投影される。機器を体内に埋め込んだり神経細胞と直結するのは、過去にハッキング等の問題があったので法律で禁止されている。
「しょうがない。久しぶりに歩くか」
しばらく長い距離は歩けなくなるから歩いておこう、という先ほど採用した理由を再度採用した。いつもは無人タクシーに乗ってしまうので、第4層ゲートから自宅までを歩くのは1年ぶりくらいだ。
「ただいま母さん」
「あら、お帰りレッソル」
専業主婦の母親に帰宅の挨拶を済ませて自室に向かう。ちなみに父親は技師として働いており、周囲からはエリートと目されている。大学助手のレッソルももちろんエリートだし、使節団員に選ばれたおかげでかなりの有名人となっていた。
自室には長さ1mくらいの巨大な円筒状の宇宙船の模型が飾られていた。すべて天然木材から自分の手で切り出して加工した、フルスクラッチの惑星改造船だ。
惑星改造船は、いわゆるテラフォーミングに用いられる宇宙船で、円筒状の船体を傘のように開いて、惑星への太陽光を減衰や遮断、反射させて、惑星の温度をコントロールするのに使われる。
「あともうちょっとで完成なんだけど、出発までには間に合わなかったな……」
レッソルの趣味の1つに模型製作があるが、元々は宇宙船への憧れがベースとなっていた。大学受験時は宇宙開発に関連した研究開発職に繋がる学部を希望したが、人気が高いために成績が足らず、当時としては不人気だった近代政治経済学部に入学したのだが、入学後に新たな知的生命体の発見があり、今では人気学部となっているのが皮肉なことだ。
この社会の教育はすべて無料ではあるが、大学進学率は2%程度しかない。社会を維持するのに多くの人間は不要で、ごく一握りのエリートのみを必要としている。行政はその一握りのエリートを選別して育てるために莫大な教育費を投入している。多くの国民はベーシックインカムで暮らしており、国家から見た彼らの存在意義は、消費者としての側面と、天才児を生み出すための土壌としての側面が大きい。科学技術が極まった現状では、新たな技術を生み出すために必要とされる知識は、凡人では到底理解できないレベルに到達しているのだった。




