22
二時間後、総理大臣が会見をして、要求の一切を受け入れ、わたし阿左美ちひろを国家元首とすることを発表した。
自分でやっといてなんだけど、ぶっ飛んだニュースだよなぁと思う。
なんだ、国家元首、阿左美ちひろって。
でもそれを受けて、官邸内の人々はおおいに盛り上がった。
スガワラはうおおおおっと雄叫びを上げて、わたしの髪を掴んでぐしゃぐしゃにした。
余命三ヶ月の男。元気すぎる。
「こんなに面白くなってきたのに、なんで俺は死ななきゃなんねえんだ、クソ! わはははは!!」
「なら病気治してください」
わたしは髪を直しながらいった。
「無理だろ! まあいいや、頑張れよ。……いや、まだまだ俺もやれるぜ。いけるとこまでいってやる」
なんか全てを笑い飛ばす勢いで、スガワラはわたしから離れて他の人に絡みはじめた。
「あ……き、君……」
メタルさんが近寄ってきた。
「あ、ありがとう。本当に、ありがとう……」
彼はがくがく震えながら頭を下げた。
「それはこっちのセリフですよ」
とわたしはいった。
「いや……。だ、誰ともわかりあえない僕に、君は、世の中と繋がる方法を、教えてくれた。しょ、正直、今、思ってる」
彼はいった。
「い、生きてて、よかった、って」
わたしは感動に包まれていたが、メタルさんはとにかく変わり者なので、いうことはいった、気は済んだという感じで、「じゃ、じゃ」とだけいってなんの感慨もなく離れていった。
いつのまにか、この官邸大ホールには宅配の食事が持ち込まれ、菓子や酒も開けられて、軽いパーティの様相になっていた。
一人がいった。
「ちひろさんを讃えよう」
もう一人がいった。
「そうだそうだ。ちひろバンザイ」
他の者がそれに続いた。
「ちひろバンザイ!」
「ちひろバンザイ!」
「ちひろバンザイ!」
こわっ……。
と思ったけど、これも自分がしたことの結果だ。
受け入れて、手を振るぐらいはしてもいいんじゃないかな。
わたしは、はにかんで、手を軽く振った。
そしてピースした。
「ちひろかわいい!」
「ちひろバンザイ!」
「ちひろバンザ……」
歓声が途切れて、
静寂に変わった。
ヒロセがわたしに銃を向けていた。
「なあ、これ、おまえである必要があるのか?」
彼はいった。
「確かにおまえがやったことさ。でも、事が終わった今となっては……そこにいるのはおまえじゃなくても、いいんじゃないか?」
「やめ――」
スガワラが飛び出した。
けど、一歩遅かった。
ヒロセは引き金を引いた。
瞬間、ホールに響いた銃声は二発。
わたしの目の前には、土壇場で滑り込んだ野田がいた。
ヒロセに向かって構えた銃から、硝煙がのぼっていた。
野田の肩が、じわじわと赤く染まっていく。
ヒロセの胸も、同様に赤く……。
「あんたが……裏切ることはわかっていた」
野田はいった。
わたしは、前日、彼がわたしに語ったことを思い出した。
――ヒロセは、自殺志願者ではない。
あの自殺掲示板のログを遡ると、ヒロセと似た文体の利用者が定期的に出現している。
それは、明るいムードメーカーだったり、暗い日陰者だったり、老人だったり、ときには女だったりもした。
彼らは集団自殺に参加して、一度は消える。しかし数ヶ月もすると、別の存在となってまた掲示板に現れる。
「多分……普通に見たら気づかない。人をよく……観察する人じゃないと」
と野田はいっていた。
「俺も……観察力があるわけじゃ……決してない。けど……こいつの文体は似てるんだ。俺を……いじめてたやつに。そいつからのメールを……俺は死ぬほど見てきたから……わかる。嘘つきで……虚栄心が強く……歪んだ恐怖を抱えている存在が、掲示板に何度も現れている。それが今回はヒロセとして……俺たちの目の前にいる」
さらにログを遡ることで、ヒロセと同じ文体を持つもう一人の人物も明らかになった。
管理人だ。
集団自殺に参加して、この世からいなくなったと思われていたサイト管理人。
野田は、そこまでを話すと、こう結論づけた。
「ヒロセは自殺志願者ではない。けれど、おそらく……自分より劣った者に囲まれていたいという……歪んだ性質を持った異常者だ。彼にとって……今のこの状況は……自分の王国を奪われたも同然……。報復が……きっとある」
自分より劣って見えるのが自殺志願者しかいない、というのは、ある意味よほど自己評価が低いことになると思うけど、ともかくヒロセはそういう人間だったらしい。
……いや、『だった』じゃないな。
困った人だけど、それなら彼もこの世界から弾かれた者の一人だ。
仲間だし。
付き合っていかなきゃならない。
「ヒロセさん、立って」
わたしはいった。
「げほっ、げほ……。ひいーー、ひいいいっ……た、たてるわけ……む、胸を、撃たれてんだ……ぞ……。ひいっ……死ぬ……ううう……」
彼は床に転がって苦しそうにもがいていた。
わたしは野田を見た。
野田はわたしと目が合うと、撃たれた肩をぐるぐると回して、首をかしげた。
微笑んで、わたしはいった。
「ヒロセさん、気のせいです。あなた、撃たれてませんよ。銃に入ってたのはペイント弾ですから」
「へっ、ひぇっ? え……?」
彼は慌ててワイシャツを破って、中の自分の胸をさわった。
無傷だった。
「シムニッション……。実弾に似せて作られた模擬弾だ。普通はそれでもペイント部分が明らかに実弾と違うんだが、これは高度な塗装と成形で誤魔化している。俺は気づいたが、黙ってた。他のやつはわからんだろうな」
とスガワラがいった。
「ここだけの話……実弾に似せる加工に超お金かかってます。闇っぽい部品工場に非公式でしてもらいましたから。五分の放送枠買ったのと同じくらい」
わたしはいたずらを白状するようにいった。
「ちょっ、ちょっとまて。弾丸が、偽物? な、なんで」
パニックになるヒロセに、わたしは、
「じゃあ本物がよかったんですか? 撃たれて死にたかった?」
といって、青ざめる彼を見て笑った。
「いや待てよ……それじゃあまさか」
ヒロセは立ち上がった。
「あの爆弾も……」
わたしはメタルさんと目を見合わせた。
メタルさんは、体をガタつかせて、奇妙な吹き出し方をした。
わたしはどちらかというとその様子の方にウケてしまったが、ひとしきり笑って目に涙を浮かべながらいった。
「そうです。フェイクです。いや実際、作れることは作れたんですよ。この人ほんとうにウラン大量に持ってましたし。でもいざ作ろうって段階になって、そこまでしなくてもいいよね、って」
「つ、つまりこれは……」
「ドッキリでした。あははは」
「……」
笑ってるのはわたしと、スガワラとメタルさんと、顔をすばやくそむけた野田だけだった。
あとは静まり返っていた。
「あー、あのね」
わたしはいった。
「騒ぎを起こせばいいかなって思ったんです。状況を変えるには、国中をおどかして、焦らせて、まぁ結局はネタバラシするんですけど。でも、何事も起きなかったとしても、水爆が嘘だったとしても、こうなってしまえば、もうそれ以前と同じ扱いはされないよなって」
「……」
「わたしは、どうにもならない状況を告白できました。父の邪魔なんてぜったいに入らない形で。そしてみなさんも、きっと、そうですね……」
わたしは一人ひとりの顔を見ていった。
「世の中、きっと変わると思うんで……。どうか見捨てないで。もうすこし、一緒に生きませんか」
そして、なんだか、偉そうなことをいってしまったと思って、頬をかきながら、
「あ、えーと、すみません、騙してて。はい。協力してくれて、ありがとうございました」
頭を下げた。
罵声とか浴びせられて、殴られたりとかもするかなと思ったけど、
意外なことに、わき起こったのは拍手だった。
それはとても大きく、分厚くて、
顔を上げて、もういいよっていっても、ぜんぜん止まなかった。
泣いてる人もいた。
わたし、そんなにいいことしたかな。
ただただ、自分のためを思って動いただけなのに。
まぁ、いいや。
わたしも嬉しい。
*
その後。
わたしは政府への要求を取り下げて、スケールの大きなドッキリだったことを告白して、全員で、警察とか報道とか政府関係者が集まっていた官邸前に投降した。
で、全員が、威力業務妨害とか脅迫罪とかの前科持ちになって……、
だけどそれ以上の罪にはならなった。
肩書は悪者になったけど、何をするにもマスコミとか国が保護してくれて、わたしと野田はそこから借りた資金で会社を起こした。
事業の中身を決めてくれる人を雇って、
それを実行できる人を雇って、
仕事を進めるっていう。
……なんか、クーデターを起こしたときと構図が同じ気がするけど、あのときと同じようにいろいろとうまく行った。わたしはその時その時で決断するだけ。それだけでお金が入ってくる。経済評論家がわたしについて書いた記事を見たけれど、国家を相手に戦いを仕掛けた彼女には事業経営など遊び同然なのだろう、だって。
野田とは結婚した。
……そのあたりについて詳しくは語るまい……。
いいじゃん、べつに。
わたしが誰と結婚したって。
まぁ、うん。……仲良くやってる。
この前、散歩中に『マネージャー』を見かけたんだけど、彼はわたしと目が合うと慌てて逃げた。
殺されるとでも思ったんだろうか。
父は、わたしの父親ということでマスコミに追われ、人々に追われ、逃げ切れずついに自己破産。
そもそもが厚顔無恥なので、落ち込んで自殺などということはなく、へらへらと笑って頭を下げながら低賃金の工場でこき使われているらしい。
姉も同じく失踪したんだけど……、
最近人気のある漫画が、彼女の画風によく似ている気がする。
まぁ、気のせいだとは思うけれど、……それを見てると心があたたかくなる。
あの騒動で、世の中は変わったらしい、
被虐待児の保護が増えた。そもそもの虐待が減った。
そして、自殺者は年々減少している。
まるでその実情を示すようなことだが、
あのとき一緒に官邸を占拠した自殺志願者たちは、一名を除いて、今も存命だ。
当時のことを、二五歳になったわたしは思う。
あれでよかったのかな。
もう昔のこと。
自分を動かしていたなにかはすっかり消えてしまって、ただいたるところに結果だけが残っている。
まるで他人のことを想うように、あれはいいことだったのかな、と問う。
今見えていることが、世界の真実ではない。
きっとわたしが気づかないところに、誰かの苦痛や悲しみ、歪みが存在してる。あのときのわたしが誰からも気づかれなかったように。
ひょっとしたら、わたしが作った歪みに苦しめられている人も、いるかもしれない。
少しうつむいた。
でもすぐに顔をあげて、見慣れた散歩道、そして雲ひとつない空を見た。
――今、わたしは生きている。
この世界に居場所なんてなかったわたしが。
そのことは紛れもない事実で、
紛れもなくいいことだ。
これまでも。これからのためにも。
すこし出てきたお腹を、優しくさすって、また歩きだした。




