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「はい、聞いて聞いて。俺、『ヒロセ』でーす」
と、わたしと元自衛隊スガワラが握手をした横で、茶髪の痩せ男が手をあげた。
「まぁみんな、俺のことは掲示板で知ってると思うんだけど」
と彼はいう。
あの自殺サイトで最も積極的にコミュニケーションをとって、自殺志願者たちをまとめあげていたのが『ヒロセ』だ。
一見自殺志願者らしくない姿勢だが、本人は鬱病を抱えているらしく、掲示板では彼を中心に死を目的としたコミュニティが形成されていた。
その派閥に属さず独自性を貫く『スガワラ』、『メタル』と同じく、掲示板の中心人物のひとりであるとわたしは見なしていた。
「ぶっちゃけ、どうなんだよ、これ」
身振り手振りを交えて彼はいった。
「無茶苦茶だろ。スガワラさんもスガワラさんだよ。なに女子高生なんかに乗せられちゃってんの。つーか、うまくいくわけねえって。いうことはでかいけどさ、たかだか十七くらいの子供にそれをやり切る覚悟とかあると思う?」
「覚悟は……ありますよ」
わたしは少し笑っていった。
「他に手段がないんですよ。わたしを売ろうとする父とか、闇とか、死に追われて逃げて、最後に残った手段がこれなんです。もう覚悟とかそういう話じゃないんです。それ以外に道がないんですよ。がむしゃらに走るしかありません」
「……」
ヒロセはふてくされたような顔で首を横に振った。
はあー、とため息をついて、
「こういうの嫌いなんだよな……。俺たち、社会から弾かれた者同士、せっかく仲良くやってたのに、なあ?」
彼の後ろで数人の男女がうなずいた。
「スガワラ、メタル、……そしてこの女子高生。少数の異端のせいで最後の居場所まで奪われる……そんなのごめんだぜ、マジな話……なあおい」
そして彼はわたしに詰め寄った。
「他に手段がないって、おまえ一人の問題だろうが。俺たちはもう死ぬってことで、死が救いだってことでまとまってたんだよ。それに俺たちはな、死ぬにしても他人様に迷惑をかけるのは嫌なんだ。事後処理が必要な自殺はサイト内でも推奨されてない。みんなひっそり首吊ってこの世からいなくなりたいんだ。それなのになんだ、クーデターって。おまえ、自分が助かりたいがために他の大勢を危険にさらすのか。ああ? 俺たちはそういう考えじゃないんだよ。巻き込むな。変人どもで集まって勝手にやってろよ」
そうまくしたてられている間、わたしは他の自殺志願者たちを見ていた。
彼に同調して「そうだそうだ」とかいう者も何人かいたけれど、大半は居心地の悪そうな顔をして黙っていた。
わたしはいう。
「にしては集まりましたよね。勝手にしろというならここに来なければいいんじゃないですか」
「笑いにきたんだよ。はっきりいってやる。おまえのやってることは浅はかだ」
そういう彼にわたしは即座に返す。
「それって暇人ですよ。死ぬのに忙しいならさっさと死ねばいいのに」
「なんだと」
彼がさらに詰め寄った、途端、わたしはこのやりとりが急激に面倒くさくなった。
カラン、と足元にプラ製の鞘が落ちる音。わたしは、手にした果物ナイフを彼の喉元につきつけた。
「……」
彼は前のめりの姿勢のまま静止した。
刃の先端が皮膚に刺さり、小さな赤い傷をつくった。
「殺しはしないんで安心してください。殺したらどうなるかはよく知ってるつもりです。でもだからこそ、そうなるギリギリまではいけますよ」
ぐっとナイフを押しこんだ。三センチぐらい首に刺さった。彼はそこまでするとは思っていなかったようで、目をぎょっと見開いてか細い悲鳴をあげた。
「あっ、バカ。動くと血管に当たるだろ……」
とわたしはつぶやく。ヒロセは、足を踏ん張って体を引くためには一度前に出なければならないらしく、しかしそうすればさらに刃は深く刺さるしでどうしようもないようだった。
そんな彼を、スガワラが後ろから抱えて引っ張って、わたしから引き離した。
「うえぇ……っ。いぃぃ……」
床に手をついて、ヒロセはカエルみたいな奇声をあげた。
「どうせ死ぬのに色々とこだわってる人、わからなくはないけど」
わたしは周りを取り囲む人々にいった。
「どうせ死ぬならということで、みなさんに声をかけたんです。ごちゃごちゃいわずについてきてもらわないと困りますね」
場がしんと静まったが、
「は、はい」
一人の男が手をあげた。
「ついていきます」
続いてもう一人。
「俺も……あんたに従う」
後ろの方から女性が手をあげて、
「わたしも……」
「俺も」
「どうなるか、見届けてから死のうかな」
「やってみろよ。協力はしてやる」
「かわいいので、ついていきます」
続々と手をあげる者は増えていき、わたしの方に移動した。
残ったのは地面に座り込むヒロセだけになった。
「……はははっ」
首の傷を押さえて、彼は笑った。
そして手をあげた。
「なんだ。なに見てんだよ。……俺はこの子の覚悟を試しただけだって」
立ち上がって、わたしの方へと移動した。
「ええと。…………五一人か。結構、大所帯だな」
スガワラが人数を数えていった。
「……」
わたしはメンバーの顔ぶれを見回した。
そして首を振った。
「ううん。五十人でいく」
彼のところまで歩いて、いった。
「野田くん。今までありがとう」
野田は俯けていた顔をあげた。
「わたし、もう大丈夫。生きていられる。住処もできたし、仲間もできた」
わたしはいった。
「ありがとう。ここからは本当に、無茶をやるから、もう一緒にいないほうがいい」
「…………」
野田の目が動いた。
わたしと、隣のドラム缶を見た。
周りの自殺志願者たちに目を移し、スガワラ、メタル、……そしてヒロセを見た。
「……阿左美さん」
と彼はいった。
「俺のいじめ……もうなくなったの知ってた……?」
「え……、ああ、うん」
そういえば、一年の頃、別クラスだった当時から廊下でよく見かけていた彼へのいじめは、この頃ぱったり止んでいた。
野田が少し勇気を出したか。教師が介入したか。それとも周りが単に大人になったか。
そのあたりだろうと思っていた。わたしはわたしで問題を抱えていて、他人のことを気にする余裕なんてなかったのだ。
「阿左美さんの……お陰なんだ」
「え?」
「俺……中学からの持ち上がりで……いじめてたやつらも……同じで……。ずっと、何年間も……いじめられてきた。この関係性は……たぶん……進学しても……大人になっても……ずっと続くものだと思ってたし……あいつらもきっとそう思ってた……」
「……」
「けど……高校に入って……阿左美さんが現れて……変わった。あいつらは……阿左美さんの家庭のことを知って……阿左美さんに目をつけて……そして」
返り討ちにあった。
当時、というか小学校や中学の頃からのお決まりだったけど、いろいろとくだらないことをいってくる人は定期的にいて、とくに入学直後はそれが激しかった。
わたしはそういうのに慣れていたし、何をいわれたってわたしの家庭や生活は変わらないと知っていたから、単純に邪魔な害虫を駆除して道を通りやすくするような感覚で、そういう人たちに反論して、というか、二度と同じことをいってこれないくらい徹底的に言い負かしていた。
そんなふうにすると、誰もがわたしの扱いを覚えてくれる。だからこれでいい。これが正しい。そう思っていた。たまに、わたしと衝突した直後にあきらかにキャラが変わってしまったり、不登校になってしまう子がいたけれど、そういう人は元々問題を抱えていたのだと割り切って、徐々におとなしくなっていくクラスメイトや静かになっていく教室を心地よく感じていた。
「阿左美さんは……自分に絡んでくるやつらを……追い払ってただけのつもりだったろうけど……、あいつらは……変わっていった……女に負けたっていうのも……応えたみたいだった……。俺にはもう……手を出してこなくなって……。学年全体が……変わっていった。そして……俺も変わった」
彼はゆっくりと、だがしっかりとわたしを見つめた。
「『変えられる』というのを……知った。君が……教えてくれた。そして今……自分の大きな問題と戦っている君に、また変えようとしている君に、俺はついていきたい」
わたしは息をのんだ。
「いや」
彼はいいなおした。
「俺は、ついていくよ」
「…………うん」
わたしはうなずいた。
そして微笑んだ。
彼も、もとのぎこちない調子に戻って、慣れない感じで笑った。




