18
八方塞がりだ。
最後の救いだと思っていた自殺も、これでできなくなった。
「よくわからないけど……ごめん」
野田は頭をさげた。
「いいよ……。わたしが一人で死にきれなかったのが悪いんだから……。そりゃ、誰だって、目の前に死のうって人がいたら止めるよ。むしろ止めてくれてありがとう、そこまでわたしのこと考えてくれてありがとう、ってこっちは言うべきなのに……」
はあー……、と大きなため息をついてしまう。
となると、わたしはもう、親に売られるしかないのだ。
それが嫌で、ここまでじたばたと足掻いてきたのに。
あーあ。
でもなんか、
もういいやって思えてきた。
実際、なにがそんなに嫌なんだろう。
そりゃあもう、姉みたいに心が壊れるのが嫌なんだけど。でもいいじゃん、壊れて。
壊れた経験ってないから、どんな感じかわからないじゃないか。
案外たのしいかもしれないし。
まあ、いいんじゃない……。
「野田くん、わたしのDVD、観てね……」
ひどい発言だ。
自分至上最低の発言だと思う。
「うん……」
野田、おまえもひどいな。
でも、彼も、
というか彼が一番、
このどうしようもない状況に打ちのめされているんだ。
誰だって、目の前の苦しんでいる人を助けられたらいいに決まってるんだ。
「誰も悪くないんだよ……あはは……」
わたしはいった。
「わたしも、野田くんも……。オーナーも。お客さんも。警察も。変態も。記者さんも。エイコも。受刑者も。刑務官も。闇も。『マネージャー』も……。もっといえば、お父さんだって……」
「阿左美……さん」
「わたし、わかったんだ……。怒りや憎しみっていうのは、ほんとうにその相手を嫌いなんじゃなくて、なにか現状を変えようとする力が、だれかに対する怒りや憎しみに変わってるだけなんだ。だから、もうなにも変えられないってわかった今、だれも憎くない。みんな好き……。だれも、悪くない。あはは」
わたしは笑った。
「あはっ、はっ、はっ、あはははっ、ははははは!」
そして同時に涙がでてきた。
「あっ、はっ、はっ、ははっ! はははは! はっ! あはははっ! あっはっはっはっは!! ははは! ひいひい」
人の家でなにやってるんだわたしは。
大声で笑いながら、ぼろぼろ涙を流して。笑いに対しても涙に対してもどっちにも失礼で、これほど人生に対して失礼な光景ってあるかな。
野田は頬をひきつらせて、どう見ても引いていた。
「みんなのことが好きになれてよかった……。この気持ちだけで、これからずっと生きていける。たとえ壊れて、わたしの中身がからっぽになっても」
野田は、力なくうなずいた。
こいつ、わたしがもう壊れてるって思ってるんだろうな。
まぁ、そう思うよね。
実際そうだし。
ああ、
なんかふわふわしてきた。
意識が薄れてく。
これってある意味、死なのかな。
だとしたら、ぜんぜん苦しくないし、
幸せだし、
ハッピーエンドだなぁ。
ずっとこうして、夢みたいな世界のなかで。
……あっ、あそこに闇がいる。
おいでおいで。もうおまえのことは嫌ってないよ。
きゃっ。
うふふ。こんなに人懐っこかったんだ。最初から仲良くしておけばよかったなぁ。
エイコが、バカじゃないの、って顔でこっちを見てる。
なんだよ、意地はってないで、いっしょに遊べばいいのに。
あ……あそこにいるのはオーナーだ。
おーなーっ! わたし、オーナーにずっといいたかったことがあるんです。
料理おしえてください!!
え? いやだ? 俺のメシの種や。教えるわけあるかアホ? ええー……そんなこといわずにさぁ。
って、
うわっ、まぶしっ。
なんだぁ? 照明とか、カメラとかがわたしを取り囲んでいて……。
あー、これ、撮影かぁ。
えーと、あなたが監督ですか?
よろしくおねがいします!
新人の『あざみちひろ』です!
え?
いやいや、そりゃ不安ですよ。こういうのはじめてなんで。
でも、がんばります!
……あっ、お父さんだ。
監督、ちょっと挨拶してきていいですか?
おとうさーん!
おとうさん、今まで逃げちゃってごめんね。
あと、夢の中でだけど、殺しちゃってごめん!
え、許す? 怒らないの?
わあ、やさしいなぁ、やっぱりおとうさんは……。
ねえおとうさん。
わたし、これまで、駄々こねててさ。
ぜんぜんわかってなかったなぁって、反省してるんだ。
お父さんは、借金して、娘を売って、めちゃくちゃだけど……いいところもあるし。
やさしいし!
だれだって、いいところと悪いところがあるよね。当たり前だよね。
わたしにはこのおとうさんしかいないんだから、受け入れなきゃ。
この人生を受け入れなきゃ。
そうしたら、なんでも許せるよ。
みんなを許すことができて、わたし今、心からしあわせ。
それじゃあ、撮影してくるね。
……。
そういえば、
小学生のときだったかな。
ふと思ったことがある。
【食用の牛や豚は、自分の一生をどう思うのだろう】
どうも思わないんじゃないかな、というのがそのときの結論だ。
だって、食べられることは決まってるんだから。モーモーブーブー文句をたれたって仕方ない。
そう。
考えてみれば、わかりきったことだった。
わたしは、彼らと同じ。
みんなが幸せに暮らす中で犠牲になる、少数の存在。
だってそうだろう。
子供であるわたしが虐待をうけたと叫んでも、その声は届かなくて、
おとうさんの声はすぐに届いて、わたしは追われた。
でも、そんな世の中だから、ほんとうの家出娘はすぐ保護されて、そのおかげで不幸にならずにすむ人たちがいて、
その数は多数なんだ。
うん。
なら、わたしもブーブーいわずに。
笑っていよう。
みんなのしあわせのために。
……『ために』とかいうと、なんか押しつけがましいな……。
いや、でも、実際、わたしや牛豚の犠牲がみんなの幸せだしなぁ……。
どっちの幸せも両立できない問題だし。
だって、もし牛豚とかわたしの幸せを優先したりしたら、
したりしたら……、
したりしたら?
「エッ!?」
わたしが急にあげた大声に、野田は飛び上がって驚いた。
「おとうさんは、変えられない……けど」
わたしはつぶやいた。
「わたしを縛っているおとうさんも、さらに大きなものに縛られている……」
恐ろしい事実はふたつある。
それはわたしが今、発見した事実。
そしてもうひとつ。
わたしの中から湧き上がってくる、とんでもない事実。
「国だ」
わたしはいった。
「国をこわせば」
目の前で、野田の顔があおざめた。
「わたしは、助かる」
そして、わたしは微笑んだ。
「………………壊そう」




