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 八方塞がりだ。


 最後の救いだと思っていた自殺も、これでできなくなった。


「よくわからないけど……ごめん」


 野田は頭をさげた。


「いいよ……。わたしが一人で死にきれなかったのが悪いんだから……。そりゃ、誰だって、目の前に死のうって人がいたら止めるよ。むしろ止めてくれてありがとう、そこまでわたしのこと考えてくれてありがとう、ってこっちは言うべきなのに……」


 はあー……、と大きなため息をついてしまう。

 となると、わたしはもう、親に売られるしかないのだ。

 それが嫌で、ここまでじたばたと足掻いてきたのに。


 あーあ。


 でもなんか、


 もういいやって思えてきた。


 実際、なにがそんなに嫌なんだろう。

 そりゃあもう、姉みたいに心が壊れるのが嫌なんだけど。でもいいじゃん、壊れて。

 壊れた経験ってないから、どんな感じかわからないじゃないか。


 案外たのしいかもしれないし。


 まあ、いいんじゃない……。


「野田くん、わたしのDVD、観てね……」


 ひどい発言だ。

 自分至上最低の発言だと思う。


「うん……」


 野田、おまえもひどいな。


 でも、彼も、

 というか彼が一番、

 このどうしようもない状況に打ちのめされているんだ。

 誰だって、目の前の苦しんでいる人を助けられたらいいに決まってるんだ。


「誰も悪くないんだよ……あはは……」


 わたしはいった。


「わたしも、野田くんも……。オーナーも。お客さんも。警察も。変態も。記者さんも。エイコも。受刑者も。刑務官も。闇も。『マネージャー』も……。もっといえば、お父さんだって……」


「阿左美……さん」


「わたし、わかったんだ……。怒りや憎しみっていうのは、ほんとうにその相手を嫌いなんじゃなくて、なにか現状を変えようとする力が、だれかに対する怒りや憎しみに変わってるだけなんだ。だから、もうなにも変えられないってわかった今、だれも憎くない。みんな好き……。だれも、悪くない。あはは」


 わたしは笑った。


「あはっ、はっ、はっ、あはははっ、ははははは!」


 そして同時に涙がでてきた。


「あっ、はっ、はっ、ははっ! はははは! はっ! あはははっ! あっはっはっはっは!! ははは! ひいひい」


 人の家でなにやってるんだわたしは。

 大声で笑いながら、ぼろぼろ涙を流して。笑いに対しても涙に対してもどっちにも失礼で、これほど人生に対して失礼な光景ってあるかな。


 野田は頬をひきつらせて、どう見ても引いていた。


「みんなのことが好きになれてよかった……。この気持ちだけで、これからずっと生きていける。たとえ壊れて、わたしの中身がからっぽになっても」


 野田は、力なくうなずいた。


 こいつ、わたしがもう壊れてるって思ってるんだろうな。


 まぁ、そう思うよね。


 実際そうだし。


 ああ、


 なんかふわふわしてきた。


 意識が薄れてく。


 これってある意味、死なのかな。


 だとしたら、ぜんぜん苦しくないし、


 幸せだし、


 ハッピーエンドだなぁ。




 ずっとこうして、夢みたいな世界のなかで。









 ……あっ、あそこに闇がいる。


 おいでおいで。もうおまえのことは嫌ってないよ。


 きゃっ。

 うふふ。こんなに人懐っこかったんだ。最初から仲良くしておけばよかったなぁ。


 エイコが、バカじゃないの、って顔でこっちを見てる。

 なんだよ、意地はってないで、いっしょに遊べばいいのに。




 あ……あそこにいるのはオーナーだ。


 おーなーっ! わたし、オーナーにずっといいたかったことがあるんです。


 料理おしえてください!!


 え? いやだ? 俺のメシの種や。教えるわけあるかアホ? ええー……そんなこといわずにさぁ。



 って、

 うわっ、まぶしっ。

 なんだぁ? 照明とか、カメラとかがわたしを取り囲んでいて……。

 あー、これ、撮影かぁ。


 えーと、あなたが監督ですか?


 よろしくおねがいします!


 新人の『あざみちひろ』です!


 え?


 いやいや、そりゃ不安ですよ。こういうのはじめてなんで。


 でも、がんばります!



 ……あっ、お父さんだ。


 監督、ちょっと挨拶してきていいですか?





 おとうさーん!


 おとうさん、今まで逃げちゃってごめんね。


 あと、夢の中でだけど、殺しちゃってごめん!


 え、許す? 怒らないの?


 わあ、やさしいなぁ、やっぱりおとうさんは……。



 ねえおとうさん。


 わたし、これまで、駄々こねててさ。


 ぜんぜんわかってなかったなぁって、反省してるんだ。 


 お父さんは、借金して、娘を売って、めちゃくちゃだけど……いいところもあるし。


 やさしいし!


 だれだって、いいところと悪いところがあるよね。当たり前だよね。


 わたしにはこのおとうさんしかいないんだから、受け入れなきゃ。


 この人生を受け入れなきゃ。


 そうしたら、なんでも許せるよ。


 みんなを許すことができて、わたし今、心からしあわせ。



 それじゃあ、撮影してくるね。







 ……。






 そういえば、

 小学生のときだったかな。

 ふと思ったことがある。


【食用の牛や豚は、自分の一生をどう思うのだろう】


 どうも思わないんじゃないかな、というのがそのときの結論だ。


 だって、食べられることは決まってるんだから。モーモーブーブー文句をたれたって仕方ない。




 そう。


 考えてみれば、わかりきったことだった。


 わたしは、彼らと同じ。


 みんなが幸せに暮らす中で犠牲になる、少数の存在。



 だってそうだろう。


 子供であるわたしが虐待をうけたと叫んでも、その声は届かなくて、


 おとうさんの声はすぐに届いて、わたしは追われた。


 でも、そんな世の中だから、ほんとうの家出娘はすぐ保護されて、そのおかげで不幸にならずにすむ人たちがいて、


 その数は多数なんだ。



 うん。


 なら、わたしもブーブーいわずに。


 笑っていよう。


 みんなのしあわせのために。












 ……『ために』とかいうと、なんか押しつけがましいな……。


 いや、でも、実際、わたしや牛豚の犠牲がみんなの幸せだしなぁ……。


 どっちの幸せも両立できない問題だし。


 だって、もし牛豚とかわたしの幸せを優先したりしたら、




 したりしたら……、








 したりしたら?
















「エッ!?」




 わたしが急にあげた大声に、野田は飛び上がって驚いた。


「おとうさんは、変えられない……けど」


 わたしはつぶやいた。


「わたしを縛っているおとうさんも、さらに大きなものに縛られている……」


 恐ろしい事実はふたつある。

 それはわたしが今、発見した事実。

 そしてもうひとつ。

 わたしの中から湧き上がってくる、とんでもない事実。


「国だ」


 わたしはいった。


「国をこわせば」


 目の前で、野田の顔があおざめた。


「わたしは、助かる」


 そして、わたしは微笑んだ。


「………………壊そう」

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