17
やべっ。
更新忘れてた。
「ふああ……。あ、ごめん」
何日ぶりだろう。
会ったとたんにアクビが出てしまった。
野田はぽかんと口をあけていた。
「とりあえず……入って」
彼が玄関を開けて、中に入れてくれた。
「ごめん。ほんとは三日前にこっちに帰ってたんだけど」
そういうと、人より表情の乏しいはずの彼が、見るからにぎょっとした。
「三日も……どこに」
「二丁目の廃ビル。ずっと……」
わたしは笑った。
「死ぬことばっかり考えてた」
「……」
あ然とする彼を尻目に、廊下をいく。
「ごめん、お風呂かして。それと少し寝かせて」
それからわたしは半日たっぷりと寝た。
廃ビルでは、コンクリートの床と頭をうずまく思考のせいでろくに寝られていなかった。
それに、結果的に誰も来なくて大丈夫だったけど、あそこでは誰かに見つかる可能性もあった。
なのになぜ三日も動かずにいたかというと、答えは簡単で、気持ちの整理がつかなかったからだ。
「おはよう」
わたしはいった。
「お腹……減ってるでしょ」
野田は手作りのシチューを持ってきてくれた。
「う、うそぉ……。たしかに何日も食べてなかったけど、いきなり戻ってきてお風呂とベッド借りた上にそこまでいいだせなくて……い、いただきまーーーす!」
わたしはがっついた。
「おちついて……」
と野田がいった。
あはは、とわたしは笑った。
そして、しばらく食べてから、
「なんかね、もう、あとは死ぬしかないかなって」
「……」
口調が明るすぎるからだろうか、目の前の野田の困惑が見てとれる。
「いや、これでも昨日までは暗い気持ちだったんだよ。いろいろ考えてやってみたけど全部だめで、放っておけば売られるのは間違いない。それと自ら死を選ぶのとどっちがマシか考えながら、こんなこと悩んでる人ってほかにいないよねって思って、もうなんか、視界がずっと紫色で」
「……」
「でも、死ぬって決めたら楽になった。人って、決まらないから落ち込むんだよ。自分の行く先を決めてしまえば、それが最悪から二番目の選択肢でも、元気になれるんだ」
「死……」
野田はいいかけて、顔をそむけた。
全部事情を知ってる彼に、これを話すわたしは最低だ。彼がまさか、軽々しく、「死ぬなよ」なんて返せるわけがない。
ほんとうに、今この瞬間も迷惑かけっぱなしだけど、会いたかったし、お礼がいいたかった。
「阿左美さん……俺」
しばらく経ってからのことだった。
野田が口を開いた。
「自殺サイト……知ってる。昔……死のうと思ってた……から」
「……」
わたしはうなずいた。
彼はいった。
「自殺にも……やり方がある。見つからないやり方……苦しまないやり方……人に迷惑をかけないやり方」
「苦しまないのがいいなぁ」
わたしは微笑んだ。
もうどんな苦しみもいやだ。わたしはこの世界で充分苦しみきった。
「……ごめん」
と野田はいって、回転チェアをまわして後ろを向いた。
「助け……たかったけど、無理……で」
「野田くん……?」
「俺に……もっと……力があれば……。!?」
わたしは、
うしろからふわりと彼を抱きしめた。
彼はびくりとして固くなったけど、徐々に緊張をといていった。
「野田くんは、悪くないよ。そんなふうに、責任を感じさせてるわたしが悪い」
なにやってんだろうわたし。
恋人でもない男の子に抱きついて。
そう思うけど、彼にはどれだけのことをしてもし足りない。
「最初から頼らずに、死を選べばよかった。今だって、帰ってこないで、廃ビルから飛び降りて死んじゃえばよかった。きみを苦しませてるのは、ぜんぶ、そんなわたしの弱さのせい」
そのまましばらく、体をくっつけあっていた。
わたしはなんてずうずうしいやつなんだろうな。
前向きに死のうとしてるやつほど迷惑なやつはいないんだろうな。
彼は震えていた。
震えるほどに力んでまで隠そうとしているものに、わたしは気づかないふりをした。
やがてその震えはおさまり、
「いや」
といって彼は立ち上がった。
「逆に……阿左美さんに……そんなふうに言わせるのは……俺の弱さのせいだ。阿左美さんが……死ぬと決めたんだから」
いつものようにたどたどしいけど、その声は力強かった。
「いっしょに探そう……死に方を」
*
野田が教えてくれた自殺サイトは超地下の超アングラらしく、要はうまく警察から逃れられているとのことで、今も絶賛運営されていた。
掲示板には多くの書き込みがある。
「死にたい人、たくさんいるね」
わたしはマウスをスクロールした。
「でも……前見たときと……顔ぶれはまるで違う」
野田はいった。
それが意味しているのは、つまり、そういうことなのだろう。
「このサイト……管理人は……いなくて」
「あ、とっくに死んでるみたいな?」
「そう」
「……」
こんなに当たって嬉しくない予想もない。
「かなり前に……サイトで開かれた集団自殺のメンバーに入っていて……死んだ……って噂。サイトのサーバー管理は……死ぬ前に管理会社に前払いした……とかで。ん……あれ……この『ヒロセ』って人」
なんか野田が饒舌だ。
古巣に戻ったっていうやつか……。
「なんか……見覚えある。この書き方……、まあ、ネットの個人のキャラクターなんて……数えるほど種類もないから……かぶるんだろうな」
「野田くん……もしかして楽しい?」
「えっ」
彼は隣のわたしを見た。
その頬が、かすかに笑顔だった。
「ま、まあ……すこしだけ。……ごめん……不謹慎だ……こんなの」
「いいのいいの! 楽しくいこうよ」
「うん……」
それからわたしたちは、掲示板の書き込みを読んで、その内容にツッコんだりなどをしはじめた。
自殺志願者という小さなカテゴリでも、いろいろな人たちがいるものだ。
「この『スガワラ』って人、なんかすごいね。『どうしても自殺に踏み切れない者は、連絡をくれれば俺が殺してやる。当方、身長一九〇センチ、一一〇キロ』……」
「なんで……こんな人が……こんなサイトにいるんだろう」
「おおっと! 『メタル』さん、またもレスがひとつもついていません! 『過塩素酸カリウム、過塩素酸バリウムを用いての(中略)などの混合物によって人体に(中略)ニトロソフェニルヒドロキシルアミン(中略)アゾビスイソブチロニトリル(中略)オホトノノメメタサヤカクンクントロローリルルル(中略)これらが自殺に有効かどうかをご存知な方はいらっしゃいますか』……いないよ! あんたより詳しい人はいないって!」
「誰かがレスするまで……死なないんじゃないかな……この人」
このサイトの利用者たちは、すでにサイト内にまとめられている情報を収集したり、または掲示板で自殺に関する質問をしたり、馴れ合ったり、誘い合って集団自殺を計画などしているらしい。
利用規則はただひとつ。自殺をする前にこのサイトへのアクセス履歴を完全消去すること。といってもこれは自動化されていて、サイトを開くと勝手にプログラムがダウンロードされて、日付が変わる瞬間に、端末内のサイトの痕跡を残らず消し去ってしまうのだ。
つまり規則というのはそのシステムを故意に邪魔するな、というだけのことで、これはもう何年も破られておらず、よって、今も警察に見つかることなく運営されているんだとか。
「死に方かぁ」
わたしは椅子に背をあずけて、伸びをした。
「調べた限りだと、首吊りがよさそうだなぁ。確実だし、苦痛もないって。この掲示板での一番人気も、『樹海で首吊り』。決心がついた人はどんどん決行してるね。そして、無事……っていいかたは変だな……帰らぬ人になってるみたい」
そんなに人気なら、わたしもこれでいいかな。
あまりたらたらしてると警察がこの家にまで来そうだし、さっさと決めよう。
「よし。樹海で死んでくる」
とわたしはいった。
「今から……?」
野田がたずねた。
「うん。もう行くよ。ありがとう。すごくお世話になった」
「…………」
野田はうつむいた。
「……阿左美さん……はさ」
「うん」
「どんな男が……好き?」
「え」
野田は口をぎゅっと結んで、すごくいいにくそうに、
「教えて……くれ。どんな……男が」
あー……。
ちょっと覚悟はしていたけど、やっぱりそんなかんじの雰囲気になっちゃうのかな……。
最後だもんね。
わたしも、最後って思ったら、悔いのないようにしたいよ、たしかに……。
うん。
「わたしは、野田くんみたいな人が」
「嘘つきは……嫌いか」
「え」
「ついさっきいったことを……すぐに取り消す男は嫌いか……いや」
野田は立ち上がった。
そしてわたしの肩を掴んだ。
「嫌われてもいい。俺は……阿左美さんが死ぬなんてやっぱりいやだ。きみが死んだら……俺も死ぬ……!」
は……。
はい……?
「い、いや、だめだよ。野田くんに死ぬ理由なんて」
「ある」
彼はいった。
「阿左美さんは……俺の希望だった。……それを絶たれたら……死ぬしかないだろ」
真剣そのものの彼とは反対に、わたしはパニクった。
「はあ!? な、なんで!? 希望!? それなんで!?」
彼はもうお決まりの、高速で顔をそむけるという動作をやった。
いや、いやいやいや……。
「いやいやいやいや! だめだよ、だって、そんなんじゃわたし、死ににくいよ!」
わたしはまくしたてた。
「だって、それって、わたしが間接的に、野田くんを殺すことに――」
その事実に気づいた瞬間、全身に悪寒がはしった。
はっとして見た部屋の隅に、じわじわとひろがる黒い染みがあった。
「うわ……うわわわわわわ……、でっ出た出た出た! 野田くんちょっとそんなこといわないで、アレが出ちゃう! わたしが誰かを殺そうとしたら出てくるアレが!」
「……?」
野田は首を傾げたけど、その背後で闇はむくむくと肥大化していく。
「ちょっ……ちょっ、やばいやばい、ぎゃーーーーーっ!! たっ助けて、エイコ!!」
「はあ〜? なんでおまえってやつはまた呼ぶんだよ。せっかくこの前かっこよく去ったのが台無しじゃんか」
エイコはどろんとお化けみたいに現れて、持っていた果物ナイフを抜刀すると、闇に向かって振りかぶり、
ドスッ!
と突き刺した。
闇はびゅうと霧散して、エイコもいっしょに消え去った。
あとには、部屋の壁に突き刺さったナイフだけが残った。
「え……、ええと」
野田はそれを見ながら、次の言葉を迷っているようだった。
それもそのはずで……彼には、わたしが突然大声をあげて壁にナイフを投げつけたようにしか見えてない。
……っていうか事実、それしか起きてないわけで。
「えーと……」
わたしはいった。
「はい、とりあえず、自殺やめます……」




