↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/23

15

「ちひろー」


 とエイコが呼んでいる。

 だるそうな声で。


「ちーひーろ。おいー」


 わたしは天井を見つめている。


「おいって! なにぼーっとしてんだよ!」


 ぱん、と目の前で手を叩かれて、わたしはハッとした。


「あ、ごめん……」


「ごめん、じゃねえよ。なんか魂抜けてたぞ。体調悪いんじゃないのか」


「いや……」


 といいつつ、自分でも今のは変だと思った。

 呼ばれてるのはわかってたけど、反応がまったくできなかった。別になにか考え事をしていたわけでもないのに。

 疲れてるんだろうか……。


「熱とかないか? いや、なくても休んどけ。三日ぐらい。大丈夫、あたしがいっといてやるから」


「ありがとう……」


 体が全くきつくないのに休むというのは初めてだったので、どきどきした。

 というか、学校はどんなに熱があっても行っていた。わたしの家のことを好き勝手いう連中に、わたしを否定する餌を与えたくなかったからだ。

 今思えば、あいつらはある意味で正しかったと思う。わたしの家はたしかに狂ってた。それに早く気づけたら、今のこの運命も変わっていたのだろうか。


 ……変えたいのか。わたしは。


『今』が間違ってるって思ってるのか。


 でも、間違っていても、もう戻れないじゃないか。


 昼間からベッドで横になっていると、疲れてもいないのに寝てしまう。

 夢を三つぐらい見て、変なふうに目が覚めて、布団の隙間から部屋をうかがった。


 黒い影が、壁の前でうごめいていた。


 刺すような悪寒に襲われた。


「……」


 声がでない。悪夢だろうか。でも目に映る映像は鮮明だ。


 わたしは、夢であってほしいと願って、瞼を強く閉じた。


 目を開けると、影はきえていた。


 わたしは起き上がり、着替えて、作業所に向かった。

 エイコに、まだ寝ておけといわれたけど、


「大丈夫。……人のいるところにいたいの」


 エイコは探るような目つきをした。


「……。ま、いいか。なんか体が変だったらいえよ」


 いつもの冗談もいわない、その真面目な調子に、心強さを感じた。


 と同時に思った。

 なんでこんなにも、わたしはこの人に気に入られてるんだろう。

 

*


 数日が経った。

 わたしはなるべく人といっしょにいるようにして、トイレまでエイコについてきてもらうようになった。


 一日の作業が終わって、製品を倉庫に直しこんだ。仕事上、こうしてひとり作業になってしまうことはたまにあるけど、まわりに人はいるし、問題は起きていない。


 作業場から収容棟に戻ると、廊下に人だかりができていた。


「お……ちひろか。いいとこにきた」


 中心にいたエイコが振り向いていった。


「こいつがさあ、おまえの悪口いってたんだよ」


 彼女は勢いをつけて、床のあたりを蹴った。

 実際はそこに人が倒れていて、鈍い音とともにその頭が揺れた。


「おらっ」


 もう一度蹴った。


 取り囲む人たちは、それをただ見ているだけで、止めようともしない。少し離れた場所に刑務官が立っていたが、彼すらも見てみぬふりだった。


「ゆるせないよなあ」


 エイコはそういって、今度は相手の腹を蹴った。すると体がよじれて、顔がこっちを向いた。

 それは若い受刑者で、わたしの見覚えのない人だった。

 彼女の顔は苦痛にゆがみ、涙で汚れていた。


「ちひろをバカにするってことは、あたしをバカにすることでもあるんだよ。あたしたちは同じ殺人者なんだから。でもなんか、あたしをバカにされたよりもムカつくなあ〜」


 エイコはもう一度蹴った。

 楽しそうな顔だった。狂気じみた顔。

「やるときはやらなきゃ」「徹底的にぶっこわせ」……以前、そういっていた。

 きっと、これが彼女の本性だ。


「エイコ」


 わたしはいった。


「……殺すの? そんなんじゃ、一生ここから出られなくなるよ」


 周りがざわついた。少し、倫理的にズレた発言だったかもしれない。殺した経験のない人にはわかりづらい感覚か。


 エイコは笑った。


「そこまではしないよ。したっていいけど、めんどい。また裁判しなきゃだろ。こういうクズのために使う時間は一、二分が限界かな。……なあーちひろ、おまえもやれよ」


「え」


 心臓がどきっとした。


「こいつ、おまえの悪口いってたんだぜ。あたしにくっついてる金魚のフンだってよ」


「……まぁ、そうだし」


「えーっ、認めちゃだめだろ、おいおいー」


「……わたし、プライドとかないから」


 そういって離れていこうとした。


「ちょっ、ちょっ、と、待てよ、待て待て」


 エイコが三歩ぐらいで追いついて、壁に手をついて道を塞いだ。


「プライドとかそういう話じゃない。もっといえば、これはおまえがどうありたいとかいう話でもないんだ」


 彼女はすこし変なくらい真剣だった。


「こういうやつを、のさばらせておいちゃならないんだ。こいつは、おまえの敵で、おまえは敵を倒さなきゃならないんだ。敵をさあ、片っ端からぶったおさなきゃなんないんだよ、あたしたちみたいな人間は」


「……」


 倒れている受刑者を見た。

 ぼろぼろだった。わたしは目を背けた。


 エイコはため息をついた。


「これはさ、おまえのためなんだよ。なあ、おまえ、まともだろ。まともじゃだめなんだよ」


「エイコみたいにぶっとべってこと?」


 わたしは冗談めかしていった。

 けど、エイコは笑わなかった。あくまで真面目な調子で、


「まともなやつが人殺したらだめだろ」


「……」


「だめなんだよ。あたしみたいなおかしなやつならいいけど、まともなやつがそんなことしたら、なんていうか……拒否反応でるんだよ」


 エイコは倒れた受刑者に近づくと、その胸ぐらを掴んで放り投げた。

 受刑者はわたしの足もとに転がった。


「ちひろ、自分を守るには染まるしかないんだ。……悪にさ」


 エイコは受刑者を指さした。


「やれよ」


 わたしが動けずにいると、


「やれ!」


 ナイフみたいな鋭い声で命令した。


 しばらく、無音の時間が流れた。


「わたしは……」


 うつむいたまま、ぽつぽつとつぶやいた。


「父が自分にとっての障害だったから、殺した。……ただ、それだけ。だから、この人を痛めつけなきゃいけないなんて思わない……」


「甘いんだよ。こいつは、おまえを否定したんだ。いいかちひろ、殺人者はな、自分を否定するやつ全部を黙らせなきゃいけないんだ!」


「わたしは、否定されたっていい……」


「だからそれが甘いって――」


「わたしとあなたは違う!!」


 その言葉で、わたしとエイコのあいだに、無限の距離ができた気がした。


「……う。……な、なんだよ、くそ……」


 エイコは下を向いて、辛そうな顔をして、背を向けた。


 そうして彼女が去っていくのを、わたしは何もいわずに見ていた。

またタイトルを戻したというね

よくわからなくてすみません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。