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始発に乗って五時間。
わたしは住み慣れた街の駅に帰ってきた。
駅ビルを出て、見上げた街頭ビジョンにも、通りかかった家電店のテレビにも、わたしのニュースがガンガン流れていた。もうすこし動くのが遅れていたら、こうもうまくは移動できなかったと思う。
今わたしは、マスクとメガネで顔を隠せてはいるけど、背格好は報道された行方不明少女とまったく同じだ。
でも道行く人々はまるで見向きもしない。それもそうかもしれない。家出して行方不明でニュースにまでなったら、ふつうは他県にいるものと思うはず。わたしだってそうだ。まさか戻ってきているなんて思いもしないだろう。
それでも油断はできないけど……。なるべく人目につかないようにして、野田の家にたどり着かなければ。わたしは大通りを避けて安全に目的地へ向かうための道を頭で思い浮かべる。
直線ルートだと高校付近を通るからそれは避けて……。
警察署や交番も迂回して……。
いや、むしろ交番の近くを堂々と通ったほうがいいのかな、この場合。
……わからん……。いいやもう。とにかくいくしかない。
『なんやァ!』
裏道に入ろうとしたとき、ききなれた声がした。
まさか、そんなわけ、と思ったけど、そこにいたのは、あの、オーナーだった。
『ふざけんなや。なんなんおまえら』
といっても、画面越しだった。
家電店のテレビに、取材されている様子が映っていた。
『行方不明少女がここで働いていたという情報がありますが。しかも住み込みだったそうですが本当でしょうか』
さらに別のリポーターが、
『あなたもここに寝泊まりしていたんですよね!? これは未成年を自宅に泊めたことになりませんか!?』
『なんでや! ただの住み込みバイトやろ。俺も住み込んどっただけや』
『実際に、少女とはどのような関係だったんですか! 夜遊びなどの盛んな子らしいですが』
オーナーが記者の胸ぐらをつかんだ。
『あいつはそんなやつやない!!』
殴りかかりそうな勢いだった。現場は騒然としたが、さらに大きなざわめきがそれをかき消した。
『はい、どいてどいて』
スーツを着た数人の男たちが割り込んできた。
それはもう雰囲気がどう見ても警察で……、
『萩原勇斗やな。逮捕状でとるから。あとわかるな。はい、手出して』
『ちょっ……!』
ものすごい勢いでフラッシュがたかれた。
こちらの、家電店前の通行人も立ち止まって軽く騒いでいる。
わたしは呆然と突っ立って見ていた。
『はあ? これドッキリやのうて? マジ? いやいやうそやろ』
オーナーの手首に手錠がかけられた。
『いやいやいや! アホ! 俺、店経営しとっただけやん! そらあいつは家出やったけど、雇っただけやで! はあーーー!?』
そして連れていかれた。
『たった今、飲食店オーナー、萩原勇斗容疑者、逮捕です! これは、ええと』
テレビ番組も混乱しているらしく、バタバタとワイドショーのスタジオ映像に戻った。
『えー、これはどういうことでしょうか。どういった容疑での逮捕になるのか』
司会者がコメンテーターに話をふった。テロップでコメンテーターの紹介が流れた。【元警視庁刑事部長。司法や警察の動きに詳しい】とあった。
『そうですね、まず昨日まで少女がいたとされる店に、今日の早朝警察がはいったところもう少女はいなかったとのことで、まず心配されるのはなんらかの事件性です。容疑はもう何でもいいんですが、とにかく緊急逮捕と、そういう考えでしょうね』
『はあ、なるほど。少女の身に何かが起きた可能性があると』
『無事を願うのみですが、なんにしても、あの容疑者が行き先を知っているかもしれません。そのあたりも調べて、早急に解決するべき事件と思われますので』
『しかしあれ、どうなんですかね、仮に容疑者が少女の行方に関与していないとして、さっき彼は住み込みで雇っただけといっていましたが、これは実質少女を泊めていたことには』
『ええ、それは法的にあいまいな部分なんですよ。たしかに住み込みで未成年を雇うことはこれまで認められてきました。しかし今回のことでそのあたりも変化するでしょうね』
「関西人くそだなぁ」
通行人のそんな声がきこえてきた。
「ロリコン、多いわねえ、最近」
とおりすがりの中年女性の声。
「これJKとはデキてたんでしょ」
「ならいいじゃんな、逮捕されても」
「どうなのよ」
「うける」
「でもちょっとイケメン容疑者」
「ないわ」
「手錠かけられた瞬間にないない」
「ただの犯罪者」
雑多な会話がきこえる。
「ちがう……」
わたしはつぶやいた。
「……事件じゃない。……誘拐なんかじゃない。…………できてなんかない。毎日……」
空を見あげた。
「毎日、楽しかったんだよ……」
涙がぼろぼろこぼれた。
この声はきっと、誰にも届かない。大声をあげたって。
子供の声だから。
「わたしは、楽しかったのに……。だれも、嫌じゃなかったのに。困ってなかったのに。こんな、ニュースになりさえしなければ――」
そして、あまりに当然のごとく、
わたしはその結論に到達した。
ズボンのポケットをさぐった。そこには変わらずあった。
わたしに行使できる唯一の力が。
子供の声が届かないのなら、
届くようにしてやればいい。
それを邪魔するやつを消せばいい。
もっと早く、こうすればよかったんだ。父を……あいつを消せば、わたしに発言権がうまれる。そうすれば、オーナーの無実も証明できる。
犠牲は大きい。
けど、わたしは自由になれる。
*
ポケットの中でスマホが震えている。
野田からの着信だ。わたしが出るまで彼はかけつづけるだろう。
残念だけど、もう彼と話すことはない。
昼間はまだ周辺をうろついていたマスコミも、深夜にはいなくなっていた。わたしは様子を窺うために潜入した廃ビルをあとにして、自宅へと向かう。
『マネージャー』は夕方に一度やってきたが、一時間ほどで帰っていった。ああして毎日打ち合わせをして、わたしを追い詰める作戦を立てているんだ。そうでなければ、父と、それこそデキているか……そんなことこれまで考えもしなかったが、どちらにしろ気色悪い。
今、家には父一人。
前と違って、窓から明かりがもれている。
わたしは路地に入って、しばらく歩いて、家の裏側の塀をのぼった。
もうこの家には帰らない……、そう思ってたから、邪魔になる鍵は全部捨てたってよかったけど、なぜかずっと持ったままだった。まさかこうして使うときがくるとは……。
わたしは勝手口の鍵穴にそっと鍵をさしこんだ。
回した。かすかに解錠の音がした。
追ってくれたり、お気に入り等、ありがとうございます。




