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 一週間がたった。


 オーナーのお店は、適当にやってるのに繁盛しっぱなしで、それもひとえにわたしの接客のおかげ……なわけがなくて、それだけ美味しい料理には人が群がるということだった。


「だってそうやん。空き地に捨てられとるきったないエロ本に小学生が集まるんと一緒。価値のあるもんはそれだけで人をひきつけるねん」


「オーナーやめてください子連れのお客さんもいるんですから」


 わたしは早口にいって、注文をとるために客席に向かった。


「あらちひろちゃん、今日もかわいいじゃない」


「あーどうもー」


「ちひろちゃん、カレーライス二つね」


「はいはーい」


 もともとのこの店は(わたしが最初に客としてきたときから)ただ食べてお金を払って帰る場所みたいな雰囲気があったんだけど、バタバタ動き回るバイトっていう存在が入って、それが変化してきた。

 ちょいちょいお客さんとの雑談とか軽口とかが入るようになって、お店に別の意味での活気がうまれてきた。


 それまでは黙って食べて帰るだけだった大学生風のお客さんがある日、


「ちひろちゃんって、オーナーさんの彼女っすか」


 ときいてきて、


「なわけあるか! 親戚の子や!」


 とオーナーが怒鳴った。


「殺すぞ! おまえ毎日カレーばっか食いにきよってからおまえ今度おまえのカレーにハナクソいれとくからな覚悟せえよ!」


 そのときいたお客さん全員でオーナーをなだめてどうにか収拾がついたけど、翌日からも大学生はふつうにやってきて平気でカレーを注文していて、オーナーが半ギレで出すそのカレーが実際何カレーなのかは誰にもわからない。


 毎日が大変で、


 楽しかった。


 この土地は人柄がいい。


 ……とはけっしていえないけど。オーナーはオーナーだし、お客さんも、だれかが怒ってわめいて「もう知らんわ!」って出ていくまでが会話だと思ってるみたいで、人がふたり以上いるとつねにうるさい。


 でもにぎやかだし、わたしのこれまでの人生にはそれが圧倒的に足りてなかった。

 疲れるけど、いやにはならない。しょうがないなぁって思って、また疲れにいく。

 いいのか悪いのかはわからない。

 けど、それは、あの家で感じていた絶望からは、すごく離れてる気がする。


*


 お店をしめて、お風呂に入ったあと、部屋で髪を乾かしながら壁のほうを見る。

 隣の部屋にはオーナーがいる。

 仕事がおわってから、とくに部屋に戻ってからは、彼はわたしと極力話さないようにしているみたいだ。


 興味がないことの意思表示。


 わたしが大人に対して持ってる恐怖のことを、たぶんオーナーはわかっている。ふだんは荒っぽくて、雑に扱われることが多いのに、そこだけは気を遣ってくれている。

 ありがたいって思うけど、それだけに、そんな優しい人が壁一枚を隔てて隣で寝ていると考えると、不快じゃないぶん、変なふうに意識してしまいそうになる。


 いやいやいや、わたし、だめだよ。だって野田はどうなるの。


 って、おいおい、まてまて、なんで野田がでてくる。野田はおまえのなんなんだよ。

 い、いやもう、もう、

 ななな、なに考えてるんだわたし。


 と、そのとき着信が鳴って、相手は野田だった。


「のっ、野田あわーーーーーー!」


 変な声をあげて、ばたばたと通話を押した。


「野田くん!? ひ、ひさしぶり! わたし超元気であのあの……話したかったよ! あっ……! な、なにいってんだろ、はずっ! いやまあ……話したかったけど!」


『阿左美さん』


 野田の声は張りつめていた。

 まぁ、わたしだって緊張してるけど……と思ったけど、

 なんだか彼のは、そういうのじゃなかった。


『今……テレビ観られるかな』


「え、ま、待って、ええと」


 元物置のわたしの部屋には小さなテレビもあって、ふだん観ることはなかったけど、一応きれいにしてすぐ使えるようにはしてあった。

 コンセントとアンテナ線を挿して、電源をいれて、チャンネルを変えた。


「どこ?」


 ときいた。

 途端、リモコンを押す指が止まった。


 画面にわたしの顔が映っていた。


【失踪した女子高生、阿左美ちひろさん(17)】


 とテロップが出ていた。


「……」


 言葉がでなかった。


『俺は……今はじめて見たけど……夕方のニュースからやってるらしい』


 通話口から野田の声。

 テレビではナレーターが喋っている。


『今月四日、家に書き置きがあり、そこには、夜遊びや男女交際のことを注意された娘の憤りが……』


 いや、そんなの書いてないし……。


『父親の文春さんは、早く帰ってきてほしいと悲痛な胸のうちを明かす――』


『なにか……事件に巻き込まれたんじゃないかって……。大事な娘だからと、きつく言い過ぎたことを後悔しています……』


 父が喋っていた。

 映像はスタジオに戻った。


『ということなんですが。子供の非行に詳しい専門家の方を本日はお呼びしています。早速ですが、この失踪事件はどのように考えればいいのでしょうか』


『どうも。はい。えー、そうですね。まず、とても顔がかわいらしい子ですよね。どうしてもこういう子は、そういう外見に世間がどういう反応を示すかというのを覚えてしまうものです。さっきの置き手紙にもありましたが、【いざとなったら体で稼ぐから、探さないでくれ】と。かわいい女の子の需要がある社会というのも問題ですが、やはり本人にですね、ある程度の自覚というものがないと』


『ええ。まぁ、しかしこれ、お父さんはとても娘思いな方で……悪くはないですよ』


『そうですね。それにこういった親への反抗は健全な家庭でもどこででもあることです。けれどもやはり、この子は、自分の価値というものをすこし間違ったふうにとらえていて、かわいい子というのはそうなりがちで。ですから学生が化粧をしたりだとかね、過度におしゃれをするのは、そういった増長を招くとわたしは思うんですね』


 テレビの人たちが好き勝手いってる。

 わたしは呆然とそれを観ていた。


 ……ここまでやるんだ。


 VTRに出ていた父親の、いかにも人の良さそうな顔が頭に浮かぶ。


 悪魔だ。

 自分の欲望のためなら、何でも利用する。すべてを犠牲にする。


 あ、はは……。

 なんか……敵わないって思っちゃったよ……。


『阿左美さん……戻ってきたほうが。俺の家なら……たぶん、かくまえる』


 野田がいった。

 わたしは、「うん。ごめん」とだけ返して通話を切った。


 オーナーから借りたサイズの合わないTシャツから着替えて、少なすぎる持ち物を整理した。

 オーナーの部屋にテレビはない。基本、観ないらしい。だから彼はまだなにも知らない。


 このまま別れなきゃいけない。


 胸が痛いけど、時間がおしい。それに、一度でも顔を合わせたら、わたしが、離れたくなくなってしまいそうで、怖い。

 彼は……はじめてわたしを守ってくれた大人だったのだ。


 足音を殺しながら狭い廊下を歩いて、階段をおりる。

 靴をはいたところで、店内から聞こえる音と、かすかな光にきづいた。


 店の壁にかけられた薄型テレビに、ニュースが映っていた。

 さっきとは別局のもので、わたしの写真がちょうどアップで映し出されたところだった。


 オーナーは、隅の客席に座って、スナック菓子をゆっくりと口に運んでいた。

 振り向いて、いった。


「そらたまに見とうなるわ。乳のでかいアナウンサーとかな」


 彼は立ち上がった。

 緩慢な足取りで近づいてきた。


「だましとったんやな」


「……」


 怒りも悲しみもないような目で見下されて、何もいえなくなってしまった。


「夜遊び常習犯。彼氏との付き合いをうるさくいわれて家出。いざとなれば体を売る。そういうやつやったんか。へえ」


「……」


 否定したい。ちがう、っていいたい。

 でももうだめだ。

 ここまで疑われたら、もうなにをいったって。


 ……くやしい。

 ……憎い。

 子供より大人のほうが信用される世の中が。

 ただ傷つけるだけじゃなくて、大切な人をうばっていく父親が。


 わたしは歯を噛み締めて、


「……っ。……うううぅ………………〜〜〜」


 顔をしわくちゃにして泣いた。

 強くにぎりしめた手がぶるぶる震えた。

 涙がぼたぼたとこぼれたけど、声だけは必死で押し殺した。


 わたしは、こんな離れたところまでわたしを付け回す父親の幻影と、戦っていた。


「なんや……」


 彼は戸惑ったようにいった。


「ちがうとかいわんのかい。なんなんやマジで……。なんやクソ……」


 そのとき、店のドアが強くノックされた。


「夜分すんません、警察です」


 わたしと彼は振り向いた。


「この店で行方不明の少女が働いていたと、付近から情報がありました。オーナーのかた、いらっしゃいますか」


 オーナーを見た。

 彼もわたしを見てきた。


「……」


 彼はまだ困惑を顔に浮かべながら、


「……いけ」


 そういってきた。


「風呂場の窓からいけ。裏口はたぶんもう目つけられとる。通りには出るな。隣の家の庭、通ってけ。じゃあな」


「中にいらっしゃいますよね? 返事がないんで入らせてもらいますよ」


 警察が大声でいった。


「オーナー……」


 と、わたしはいいたかったけど、口をつぐんだ。

 かわりに、彼の背中に、深く頭を下げた。

 そして踵を返して、風呂場から外に出た。裏口のほうを見ると、懐中電灯を持った人たちがいた。音をたてないように慎重に、その場を歩き去った。

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