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「カレーライス二つ」
「はいっ」
「カレーライス大盛り」
「はいはいっ!」
「Bランチおねがい」
「かしこまりましたー!」
たった今入った三組のお客さんから注文をきいて、カウンターからオーナーに伝える。
オーナーはこちらをチラ見しただけで、すぐに料理をつくりはじめる。
わたしは店内につねに見回しながら、お冷が減っていたら入れにいったりとか、お客さんがなにかいう前に気づいてききにいったりとかしていた。
……接客できるか? ってオーナーにはきかれたけど、
いやいやいや……あんたよりはできる。
まぁ、オーナーの雑な接客でもふつうにお客さんは入ってたから別によかったんだろうけど、昨日まではお客さんに、
「水? そこに蛇口あるから勝手にくんで飲んどけや」
だったからなぁ。
それで誰も文句いわないのがある意味この店やオーナーのすごいところなんだけど。
料理の味は一級品だから、みんなそれで全部許しちゃうんだよね。わたしもそうだったし。
「クソやなぁ……。なんであいつらカレーライスばっか頼むねん。ランチのが安いやろ」
料理をとりにいったとき、オーナーがつぶやいた。
口、悪っ。
わたしはお客さんのほうに目をやった。……よかった。微妙に小さくはない声量だったけど、聞こえたりはしなかったみたいだ。
「だってオーナーのカレーライス、おいしいですから」
とにこやかにいって、料理をテーブルに運ぼうとすると、
「気分悪くなんねん。カレーばっか作っとると。あいつらもよう飽きんなぁ。もう俺は毎日これ目にしとってからウンコにしか見えんで」
「ちょっ!! おーなー……っ!」
「ああ?」
「みんな今まさにカレー食べてるのにそれはまずいですよ……!」
飲食店にあるまじき事態だ……。わたしは戦慄した。
幸い、会話が聞こえたお客さんはいないみたいだった。……いや、仮に聞こえても聞かなかったことにするしかないんだろうけど。
「だってウンコやん……」
とつぶやく彼からとにかく離れた。
離れれば会話がなくなって、この危険な発言もなくなるだろうから。バイトのほうがオーナーより客に気を遣ってるこの構図はいったい何なんだ……。
実際の仕事というよりも、オーナーの雑さからくる精神的疲れで、わたしはぐったりとしながら夜のまかないを食べていた。
「なんや一日働いたぐらいで情けないなぁ」
そういう彼にいい返す気力もなかった。
わたしはため息をついていった。
「……あのー、オーナーって、なんでこのお店やってるんですか」
「ああ〜? 趣味」
「……そうっすよね」
なるほど、こうしてやりたい放題なわけだ。
彼は自分でつくったチキンステーキをほおばりながらいう。
「なんか、客に媚びてる店が嫌いやねん。つうか人に媚びんのが嫌い。そら現実的に客にあわせなあかん部分もあるよ。せやから店にドアつけとるんやろ」
最悪入店すらできないのかよこの店……。
「まあ、そら必要なら俺だっていろいろやるわ。けど今んとこ、味だけで客はついてくるし。ちょっと減らしたってええくらいや。大変なだけやん、客増えたって」
商売人としてはどうかと思うけど……、
でもわたしを含めて誰も文句はいえない。出す料理が良すぎるから。
はっきりいって彼の料理は高級店のもの……それも超一流の店でしか出されないレベルのものだ。それがこんな通り沿いの洋食屋で出されてるんだからお客さんは道端で芸能人を見かけたようなもので、放っておいても繁盛していくのは当然……。下手をすれば本当にドアがなくても窓や裏口から客が入るかもしれない。
ほかのすべてのことに無気力無関心でいられるくらいとんでもない武器を、すでに彼は持っているのだ。
「すごいですよね。それぐらいの構えでいられるっていうのが……。いや冗談抜きで、オーナーの料理がそれぐらいすごいのは、わたしわかります。だいぶ、修行とかされたんですよね」
まかないの最後の一口を食べた。
オーナーはこちらを睨むみたいに見て、また自分の皿に目を戻していった。
「まぁ必死やったからな。自分は料理極めるしかない思っとったし」
その口調はいつにもましてぶっきらぼうで、暗にこれ以上はきくなといっているのはあきらかだった。
でもわたしはきいた。
「え、オーナーも家庭環境悪かったんですか。もしかして」
「きくんかい。めっちゃきくなオーラ出しとったのに。さては空気読めんやつか」
「……あ、だからそれで、わたしを助けてくれたんですね。同じ境遇で、同情してくれて」
「いや助けんきゃよかったわ。今の野暮い発言でぜんぶ一気に安っぽくなった」
彼はげんなりしたけど、厨房から缶ビールをとってきて一口飲むと、ぽつぽつと語りはじめた。
「……ちゃうわ。境遇とかやない。似た目にあっとったからってそんなんで親近感もつか。そんな軽くないわ。そんなんいうたら貧乏なやつ、親がクソなやつ、この世の中にくさるほどおるわ。そいつら全員に同情とか共感せんとあかんのか。めんどいわ」
わたしも厨房からお冷を注いできて、テーブルに戻った。
「そんなんやない。俺は必死なのが好きなだけ。なんでかって、俺が今料理うまいのは必死になった結果やから。……不幸なやつは大勢おる。けど、そんなかの何人が必死になれるんかってことや。……あービールまっずいな。でもおまえにはやらんで」
「……」
「おまえがこれから、どうするんかは知らん。どうなったって気にもならん。ああせえこうせえ言うつもりもない。俺はただ必死やったから雇っただけや。そんだけ。おまえって人間も、べつにたいしたもんと思わん。胸はちっこいし。俺は姉ちゃんのほうが好みや。なんでこんなん雇っとんのや。いらん。って正直思っとる」
ビールを一口のんだ。
「……けど、昨日のあの一瞬、おまえは人を動かした。そんだけのこと。ハイ以上。…………あーちひろ、階段の横の棚から菓子とってきて」
「あ……はい」
わたしはスナック菓子を三袋ほどとってきた。
「ビールもう一缶。グラスもぉ」
「はい、はい」
怪しくなってきた語尾でいわれたとおりに動き回るわたし。
「酌せえや」
「はぁい……」
「つうか飲むつもりなかったのに、おまえのせいやで」
「ええ……?」
「自分の話……しらふでできるわけないやろ。はずいねん」
彼はそういって顔をそむけた。
大人で、体がおおきくて、態度もでかくて、
口が悪くても許されるくらい料理がうまくて、
でも決して強いわけではない。
菓子の袋を乱暴にあけて、
「食べえや」
っていいながら自分がまずがっつり掴んで口に運ぶオーナー。
なんか、好きだな、と思った。




