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観堂の理解

ざっく、ざっく。


自分が口にしてみせた例えが、それはもう気に入ったのだろう前橋先輩が楽しそうに、本当に楽しそうに歌うように笑う。


何が掘り起こされるのかな?


その言葉が周囲の皆を青褪めさせていることなんて、食事の味を引き立てる見世物みたいな扱いで。

そうですよね。

前橋先輩は何を掘り返されたとしても、痛くも痒くもありませんもんね。

でも、そんな人ばかりな訳もない。

人間という生き物が、ある一定数の集団を作りあげると、強者と弱者、支配階級と被支配階級を生み出さずにはいられないっていうことは誰でも知っていることだ。歴史がそれを証明してる。いじめが一切存在しない集団なんて存在しないんだ。

だって、いじめはいじめられていると誰か一人でもそう認識して、そう訴えたなら存在することになるんだから。いじめた側からみれば些細なからかいでも、受け取った側がいじめだと声高に主張するならいじめになる。そして、今のこの御時勢ではその声が少しでも外に漏れてしまえば止まり様がない。それが本当に只のからかい、子供同士の戯れだったとしても、それに『いじめ』というレッテルを張り拡散してしまえば、それはいじめという酷い現実があったのだと多くの人間が考える。勘違い、思い込みを持ってしまった人間が多くなればなる程、弱者と強者の立場は逆転してしまう。


「芸能界。経済界。政財界。伝統と格式あるこの学園から巣立っていかれた諸先輩方はきっと、各々の世界において学生時代から約束されていた席に座られ、御活躍のことでしょう。そう、ほくほく系にねっとり系、赤色、紫色と、おおよそ31品種あるサツマイモみたいに。」

ジャガイモとか、他の御芋も混ざっているかもね。なんて本当に楽しそうな前橋先輩。


本当に、芋に例える表現が気に入ったんですね。

砂糖に塩に醤油、味噌、小麦粉。

さつまいもで作るスイーツも最高よね、と言いながら材料をあげていく前橋先輩がにやりと笑みを深める。

「料理の過程と同じよね、噂は段々と、それを口にする人間がより一層美味しく感じるように味付けが成されていく。もしかしたら、旨み成分もたっぷり加えられるかもね。口に入るころには、元の芋の味が感じ難くなってしまっているかも」

つまり、少なくとも始めは事実だけだった話にあれもこれもと肉付けが施されて、別物に変化し果てたものが事実のように語られるようになる、ということでしょうか?

チラリと目を向ければ、私がそう行き着いたことをまるで見透かしているみたいに、前橋先輩は私に向けた笑みを深めてみせ、そして頷いた。


「私としては落葉を集めて焼いた御芋が一番だとおもうけど、今時の方々は御店で売られている調理済みのものが御好みでしょう?きっと、掘って焼いただけの御芋の味じゃ満足しないでしょうね」


それが社交界の中だけで留まるのなら、なんて言葉が脳裏を駆け巡った。

こんな不祥事、自分の過去が関わってくるかも知れない事態を引き起こすのかも知れないのだから、有り得ないなんて楽観視する人もいるだろうけど。そんな事こそが有り得ないと私は思う。

学園を卒業した後、必ずしも栄光の道を歩き続けられる訳じゃない。失態を犯して何もかもを失ってしまうなんて事は誰にでも起こりえること。

そういう人が全員とは言わないけど、どういう行動に出るか。

うん、昼ドラとか、火サスなんかを見ていると、とっても良い勉強になるわ。

きっとペラペラと、その人自身が過剰なくらいに味付けして、週刊誌とかネットニュースとかにばら撒いてくれるでしょうね。死なば諸共?って言えばいいのかな。道連れ大作戦で、皆不幸になってしまえ!っていう自暴自棄。

これはもう、誰にも止めようはないってことか。

うん、家に帰ってからでも遅くはないよね?身辺整理して家族全員分の、最低限でいいから暫く生活は出来る程度の隠し財産でも作っておこう。

自暴自棄に巻き込まれることが無かったとしても、この学園の、この騒動に立ち会った生徒ってだけで、この日本には逃げ場が無くなる。そりゃあ、この学園でもトップクラスの財閥やら名家中の名家とかなら、少しくらい立場が悪くなって肩身の狭い思いを味わうことで済むかも知れないけど。我が家くらいじゃ奪われるか潰されるかの二択だわ。


「その過程で、過去に透子と同じ立場にあって、泣く泣く口を閉ざすしか無かった方々も、刺激を受けて匿名で口を開いてしまうかも知れない。記憶に新しい所では、数年前にも大きな騒ぎがあったのだし」


「それは先程、春乃君が口にしていました」


四面楚歌で孤軍奮闘した、いたいけな女生徒の話をまた出しますか。

真剣な場面だっていうのに、思い出しただけでも笑い出しそうになってしまうのは、その御本人が目の前で、そんな言葉達に鋭利な刃物をチラつかせているような表情で佇んでいるから。つもり、ここで我慢できなくて噴出しても、私ワルクナイ!

「あの時はね、警察沙汰とかにもなったにはなったのだけど、その方の御実家が躍起になって火消しをして、漏れ出てしまう前に上手く抑え込んでみせたの。万が一にも『王様の耳はロバの耳』なんて童話の二の舞になんかならないように、深い深い穴を掘って幾重もの蓋をして、コンクリートで塗り固めて。マスコミが世間に知らせないように完全に手を回したり、他に罪を背負って頂いたり」

「あぁだから、あまり耳慣れない話だったんですね。私達も、その当時のように上手く抑え込めればいいのですがね」

あれ?

驚いている様子を感じ取れる声ではあったけど、それだけじゃない何かが春日の声から感じられた。笑っているけど、今までに見たことないくらいに緊張している春日。

その姿は、それの直前の前橋先輩の言葉の中の何かが関わっているのだろう、ということだけを私に教える。


「ん?出来るわよ?」


「えっ?」

嘘。本当に?

それは私だけの声じゃない。この場に居る全員の声でもあった。

「あら、だって。張本人として色々とやらかしている生徒会の子達ならいざ知らず、貴方達は一生徒。確かに貴方達は先見の明がなくて、人を見る目がなくて、そして止める勇気が無かった。でもね、それはしょうがないことでもあるじゃない」

前橋先輩の声は、先程までの彼女の遠まわしな脅しに怯え、明日以降の事を考えて青褪めているしか出来なかった全員からすると、救いの声に聞こえたんだろうな。

この前の秋月先生の授業でやった、『蜘蛛の糸』を想像させるような救いの声だけど、効果は覿面。


「選挙権も与えられていないような、大人がしっかりと導いてあげないといけない、間違いを犯してしまうかも知れない未熟な子供。そんな子供に部類されている貴方達の、間違った判断をしてしまったという些細な失敗を、地位も名誉も得ていらっしゃる方々が本気で怒り狂って、追い詰めてくるような大人だと思う?もちろん、子供っていう立場に胡坐を掻いて踏ん反り返るようなら後悔しきれない程の仕置きが必要でしょうけど、可愛らしく反省を示して誠心誠意学ぶ姿勢を見せれば、許さざるを負えないじゃない」


今までの面白がっていた笑顔から、一瞬にして慈愛溢れる大人な笑顔に早変わり。

背筋にゾゾッと寒気が走ったのは勘違いではない。


「わ、私達は許して頂けると?」


今まで注目を浴びたくなくて、口を噤んでいた生徒の中から、誰かの声が飛び出してきた。

そう問い掛けずにはいられないくらいに、前橋先輩の今の言葉は救いだったのだろう。でも、やっぱり怖い。


「えぇ、ちゃんと反省していますって、もう間違いを起こしたりしませんって、誰の目にも明らかな誠意を見せることで、お許しを頂けるわ。だって、卒業生の皆さんも同じような道を歩んで立派な現在を築いているんだもの。方々よりもちょっとだけ難易度が高いだけで、きちんと後始末が出来たのなら、責められる謂れは無くなるわ」


反省。

誠意。


何人もの声が口ずさんだ、その言葉。

「何をすれば、誠意になりますか?」

「そうね。まずは、彼らの影響を一切受けないような生徒を新しい生徒会として立てることね。そして、その子達がまるで最初から生徒会をしていましたって装うの。記録上では何の憂いもなかったって事にして、後々に調べる人がいても大丈夫なように、ね。全ての書類に記されている名前も何もかも、差し替えて」

うわぁ、それはどれだけの作業になるんだろう。でも、生徒全員で協力すれば、そう大変でもないか。


「あぁ、それと。今回のこれに関わった、部外者の方々にちゃんと口止めをすることも重要ね」


自分達も外部に漏れないように努力しました、って事ですか?

生徒の自主性を重んじ、生徒会を中心に、風紀委員、文化部所属の生徒が全てを担って行われるイベントとは言え、大人が一切関わっていない訳がない。

ダンスを踊る為の曲を演奏しているのは、放送部と吹奏楽部が手配したプロのオーケストラ。もちろんの、この学園の生徒を満足させる腕を持った、一流の方々。庶民感覚な私からすれば、学生のイベント如きに一体幾ら掛かったと引き攣るような、名の知れたプロ。

撮影も極力、生徒だけで行うようにはしているが、プロを招いて指導と指示を受けながら行っている。

警備だって、ちゃんと警備会社からプロを手配して配置している。

部外者って、こういうことですよね?


「この学園に対して、義理も何も無い彼らが口外にしないように、きっちりと取り決めを交わして、誠意を渡すのを忘れては駄目よ?」


…あれ?

「ねぇ、先生」

「なんだ?」

小さな声で、もしかしたら春日や前橋先輩には聞こえているかも知れないけど、つんつんと秋月先生を突いて声をかける。

「従妹弟をたまたま迎えに来て話を聞いちゃった従姉さんは、誠意を渡した方がいい部外者ですか?」

「…一応、OGではあるが…」

「泣く泣く口を閉ざすしかなかった立場のOG、なんですよね、一応」

「泣いたのはあいつじゃないんだが…」

でも、そんな理屈くらい前橋先輩の前だと捻じ伏せられそう。

「前橋先輩ってば、鬼っ畜ぅ」

しっかりと『誠意』を頂く予定ですか。

「うぅ」

昔、自分が泣いた時のことを思い出したのか、秋月先生がお腹を押さえて呻く。

「やだ、秋月先生。痛み止めいりますか?…半分だけの優しさで足りるかな?」

ポケットに忍ばせていた痛み止めを一錠取り出して、それが"半分は優しさ"でお馴染みの痛み止めだと気づいて、少しだけ耳にした秋月先生が泣かされた時の話を思い出して一言。

「女なんて…」

私のその一言が、秋月先生の胃に一層のダメージを与えてしまいました、とさ。


「あぁ、注意しておくわね。部外者への『誠意』はちゃんと、平等に、ね。じゃないと、不満が出て上手く機能しないから。それと、『誠意』に必要となる費用はきちんと貴方達全員が出し合うように。その割合については、話し合って決めればいい。でも、9割9分、元・生徒会達に請求したとしても一分くらいは分担して出し合いなさい。じゃないと、諸先輩方が誠意を見せたって判断してくれないかも知れないでしょ?」

「分かりました、御忠告痛み入ります」

「まぁ後はしっかりと自分達で話し合って、自分達でちゃんと納得のいくようにしていけばいいんじゃない?」

私が秋月先生を話している間に、静かに拝聴していた生徒達全員に投げ渡し前橋先輩の話は終わった。


その後、前橋先輩が「頑張って」なんて言葉を残して会場を後にしていった。

そして、その直後に始まったのは前橋先輩の意見を元にした、生徒全員による話し合い。時折、先生方にも意見を貰いながら、新しい生徒会のメンバーを決め、これからの事を話し合い。決まりきれなかったことは、後日。生徒一丸となって、対処していこうと決まった。


生徒会長となった春日と共に、明日にでも春乃家を訪れて、姉弟が立ち去った後の事の仔細を説明に赴こうということになった。だというのに、タイミングを見計らって現れた前橋先輩によって、今から行くわよと連れ去られ。





「そういった経緯でこうして、御留守の中でお邪魔させて頂きましたの。本当に、お疲れのところ申し訳御座いませんでした」

「いえ、こうして御話を聞かせて頂けて嬉しく思います」

まさか素のままで話す訳にもいかないから。色々と言葉を濁し、変えて、透子さんに説明しました。

「それにしても、彰子姉様には何から何まで御迷惑をかけてしまいましたね」

しゅんと落ち込んだ様子を見せた透子さん。

いやいや、やりたくなかったら、迷惑だなんて一瞬でも思ったのなら、絶対に動かない人だと思いますから。大丈夫だと思います。


「私もこれからは、彰子姉様のような女性になっていかないと」

頑張るわ、と決意を声にした透子さん。


「えっ?」

「…」

嫌そうな驚きの声を出したのは、そんな抱負を力強く口にした透子さんを、ツンデレながらも愛してやまない弟である、璃玖君。

無言をなんとか貫いて我冠せずを通すことに成功したのは、ほんの少しだけ表情を変えた、春日。


「ふふふ。本当に、透子は可愛いことを言ってくれるわね。でも、璃玖。そんなに驚くこと、しかも何だか嫌そうな声で、それはないんじゃないの?」


タイミング良く戻ってきた前橋先輩が笑顔が、にっこりと璃玖君に貫きました。

「だ、だって、姉さんが彰子姉さんみたいになる必要は無い」

「ん?」

お茶を乗せたお盆を卓上に置いた前橋先輩が、笑顔で璃玖君に詰め寄る。

背けることの出来ない顔はそのままに、それでも目だけは逸らして前橋先輩の威圧から逃れようとしている。

憮然としながらも、怯えている表情は珍しい。

写真に撮って渡したら、彼の親衛隊の皆様が色々と友好的に協力してくれるかな、なんて。

話し合いで、璃玖君の協力は極力受けないようにしようと決めましたが、親衛隊はそこに含まれない。あの統率と行動力、これからの慌しい学園を纏めるのに、きっと役に立って下れるでしょう。


うん、いいこと思いついた。


こっそりと携帯を取り出し、私は盗撮を試みました。

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