最終話 イミテーション(Imitation)たちの相克
不快な重低音と激しい振動によって、タケシは再び目を覚ました。
施設の振動が時々激しくなる。
タケシは自分の拘束が解かれていることに気付く。
アイは凍りつくような険しい表情を浮かべ、自分の胸元を押さえていた。
「……これはなんだ? これが、「存在」が消えてしまうかも知れないと感じる気持ちなのか……」
タケシはアイのその様子に困惑しつつも
「何が起きているんだ!」
険しい表情のままアイは
「……知りたいか?」
タケシは怒りを含んだ声で
「当然です。ここまできて隠し事はもう無しです!」
そんなタケシの問いにアイは
「……いや、そんなつもりはない。
メメントモリが最終攻撃を仕掛けてきたんだ。
この攻撃を行っているのは……」
間をおいて、呟くように
「……ユキだ。」
アイはそう言って、メインモニターをタケシに向けた。
画面には、街を破壊しながら突き進む、表情の消えたユキの姿が映っていた。
タケシは愕然として
「なんだって……どういうことなんだ?
なんでユキがこんなことを……。
まさか、ユキに何かしたのか!」
アイは下を向き、首を横に振りながら、小さな声で
「違う……、私じゃない。
ユキは……メメントモリが生命体をベースに作ったサイボーグだったんだ。
キミを監視するために近付いていた。」
タケシは信じられないと首を横に振りながら後退りをし
「嘘だ……
宿題を心配してくれた。
お弁当を作ってくれた。
コロッケを食べて笑っていた。
もし全部が作り物なら、
なぜ僕はこんなに苦しいんだ。
もし全部が偽物なら、
あの笑顔は何だったんだ。」
タケシは苦笑いを浮かべながら
「な、何を言っているんですか? ハハ、
そんなことあるわけがないでしょう……」
世界も、恋した女の子も、すべてが嘘だった。
絶望するタケシに、アイは静かに告げた。
「キミたちの世界がこんなことになってしまった……本当にすまない。
そして、私はキミに残酷な願いを託すことになる……」
アイがタケシの右手を握る。
これまでにない強烈な衝撃がタケシの全身を駆け抜けた。
「いま、キミに繋いだのはハッキングプログラムだ。
あの兵器は外からの破壊は難しいだろう。
だからキミはユキに直接触れて、私が送ったプログラムを送り込むんだ。
そうすればエネルギーシステムが崩壊して機能を停止する。
……すまない、これしか方法が無いんだ。」
信じられないと首を横に振り力無く
「ひとつ教えてください。
もしこのままここが破壊されて僕たちが死ぬと、そのあとはどうなるんですか?」
アイはタケシを見つめ視線を逸らすことなく
「制御を解除された彼女は、エネルギーが尽きるまで破壊を続けることになるだろう」
涙を浮かべながらタケシは下を向き続けた。
「本当なんですね。それが本当なら、ユキを止めるのは僕しかいない……」
あの優しかった……
(宿題を気にしてくれた)
たくさんの思い出くれた……
(お弁当を作ってくれた)
(コロッケを一緒に食べた)
(テーマパークに行こうと約束をした)
僕の大好きなユキを、これ以上苦しませたくない。
タケシはゆっくりと顔を上げた。
「分かりました……。
僕がユキを止めます。」
タケシの瞳には強い覚悟が宿っていた。
アイは胸を押さえながら
「ありがとう、この装着タイプの飛行ユニットで地上へ向かうといい」
「最後にもう一つ教えてください。
ユキを止めたあと、僕はどうなりますか?」
アイは視線を落として
「……パワードスーツの熱で焼かれて、恐らく……」
アイに背を向け
「分かりました、もう言わなくていいですよ。
ただ、これだけは約束してください。
もう、地球に、人類に関わるのはやめてください」
「あぁ、分かった、約束しよう」
「じゃあ、もう行きます。」
そしてタケシは振り返り、微笑みながら
「あとーー、恋愛相談、聞いてくれてありがとう」
タケシの背中に飛行ユニットが装着され融合すると、
彼はゆっくりと崩落する地上の空へと飛び立った。
「これが……
何かを失うという気持ちなのだろうか……」
◇
地上へ戻ったタケシが目にしたのは、大きな影だった。
見上げると、酷く禍々しい漆黒のパワードスーツが僅かに聞こえる振動音とともに、目前に立ち塞がっている。
タケシは通信回線を開き、装甲の中心にいるユキを見つめて語りかけた。
「ユキ……なんだか、僕たちすごい格好になっちゃったね。街もこんなに壊れちゃった……。
そしてね、びっくりしたよ、僕たち二人とも作り物だったんだよ。ひどい話だよね。
もう、こんなバタバタしたことはやめて、作り物同士でさ、いつか行ったハイキングみたいにゆっくり過ごそう、お弁当を持ってさ」
大きく深呼吸をして、改めて覚悟を決める。
「今行くよ、待っててね」
タケシは突撃した。
しかし、接近を察知したパワードスーツの自律防衛システムが、無数の砲弾や光線を放つ。
かわすので精一杯だった。
光線が掠め、激しい衝撃と共にタケシの右足が根元から千切れ飛んだ。
凄まじい激痛に顔を顰める。
「アイ、どうせなら痛覚を切っておいて欲しかったよ……っ!」
同じ頃、メメントモリの本部司令室。
「ケイ、大変です! ユキが命令を拒否しようとしています!」
「なんだと……、
バカな、プログラムで完全制御しているんだぞ!」
「しかし、ターゲットの言葉に反応しているのか、同調率が下がっています!」
「あともう少しでヤツを消せるというのに…!」
◇
戦場。
ユキの瞳に僅かに光が戻る。
「タケシ、私を止めて……もうこれ以上、人も、物も壊したくないの……!」
「意識が戻った……?ユキ!攻撃はやめるんだ。
もうやめよう、こんなことは……」
「ああっ!」
ユキがそう叫ぶと、再び瞳の光が消えてしまう。
パワードスーツは施設への破壊を再開した。
「ユキ、やめろ──っ!」
タケシの叫びに応じるように、パワードスーツの動きが再び止まる。ユキが消えそうな声で、
「もう、ダメ、自分では止められないの……だからお願い……私を止めて……」
涙を流し懇願するユキを見た。
その一瞬で、タケシは覚醒し、全力で距離を一気に詰めた。
パワードスーツの放つ振動で、タケシの皮膚に小さな亀裂が生じていく。
タケシの右手が、ユキの首筋に触れた。
アイのハッキングプログラムが流れ込む。
苦しむユキをそっと抱きしめて
「痛いよね……、でももう終わるからね……」
「うん……」
最後に目が合った二人は、そっとキスを交わした。
(ごめんね。
テーマパーク、行けなくなっちゃった)
パワードスーツからの熱が一気に上昇し、臨界を迎えたエネルギーの光の中で、二人は抱き合ったまま地面へと落ちていった。
◇
激しい硝煙の向こうから、夕陽に照らされたアイが近づき、二人の遺体のそばで小さく声を掛けた。
「ありがとう」
そう言って、二人にそっと触れた。
◇
アイは地球に残ったオーバーテクノロジーのすべてを粒子化して回収し、地球を去った。宇宙船の窓から地球を見つめ、アイが呟く。
「キミたち地球人には、まだ早過ぎたようだ。
その時を、私たちはじっくりと待つとしよう」
地球を見つめるアイを乗せた宇宙船は月面の施設へと向かって行くのだった。




