第6話 忘却の継承者(Memento Mori)
——国際脳科学機構——
理事長室
白衣を着た男が振り返ると、そこに黒いコートの男が部屋の奥に立っていた。
年齢は三十代にも五十代にも見える。
どこにでもいそうな顔だ。だが、その瞳だけは異様だった。
「私のことはケイと呼べ。お前たちに遭うため、他の惑星からきた。」
「しかし、その姿は人間そのものじゃないか。」
部屋のモニターがすべて男の映像に変わる。
「姿など肉体を捨てた我々には単なる符号に過ぎん、意味などない。」
まるで人間という種そのものを観察しているような冷たさがあった。
黒衣の男は何でもないことのように言った。
「この施設の建設に必要な設計図は既に送ってある」
巨大なホログラムが空間に浮かび上がる。
そこに映し出されたのは、人類の技術では到底実現不可能な構造物だった。
脳科学機構の理事長は息を呑む。
「こんなものが、本当に……」
「可能だ」
男は断言した。
「病気、飢餓、寿命」
低い声が部屋に響く。
「それらは生命が背負った欠陥に過ぎん」
男はゆっくりと振り返った。
「お前たちが望むなら、その枷から解放される技術を与えよう。」
「そうだな、お前たちの組織名だが、
……『死を忘れるな』
そう、『メメントモリ』と名乗るがいい。」
◇
——結成から数年後、メメントモリ 研究施設内
ガラス張りのカプセルには理事長をはじめ、
研究者数名が内部に眠る少女を覗いていた。
その後ろにケイが立っていた。
「どうだ、順調か?」
「ケイ、ええ順調です
サンプルのDNAをベースにナノマシンが無事に定着しました。」
「そうか、使えそうか?」
「問題ありません。計画どおりターゲットに接触できます。」
「ターゲットに接触し、ヤツを見つけ出せ!
この計画を邪魔させるわけにはいかんのだ。」
「そのために、コレを作ったのだからな……」
◇
——そして現在
タケシを執拗に追っていた謎の技術者集団——『メメントモリ』の本部では、激しい焦燥感が漂っていた。
彼らは、ネットワークを駆使し、タケシの存在を探し出した。
彼らは消されたはずのタケシの事故データやアイの防御工作を見抜いていたのだ。
そして、メメントモリは持てる全ての技術を駆使し、タケシの電脳内のアイへ接触すべく彼を追い詰めたのだ。
しかし、ケイはアイの高い技術力により、ハッキングは弾かれ、地下施設への侵入は叶わなかった。
実験体の直接回収を阻止されたメメントモリは、ついに、最後の手段へと進むことを決意する。
——薄暗い研究室。
無数のケーブルに接続された巨大な培養カプセル。
その中心で、一人の少女が眠っていた。
研究員が不安げに尋ねる。
「本当にこの子を……実験に使うのですか?」
カプセルの向こう側。
静かに眠る少女を見つめる。
ケイは首を横に振った。
「違う。コレはただのナノマシンの集合体だ」
そう言って端末へ手を伸ばす。
「さあ、最後の観測実験だ。」
赤い警告灯の点滅とともにブザー音が鳴り響く
【LIMITER RELEASE】
カプセル内部の液体がゆっくりと排出される。
閉じられていた少女の瞳が、静かに開く。
その顔は——
タケシの恋人、ユキだった。
プログラムで完全にコントロールされた彼女の瞳は光を失っていた。
命令には逆らえない。
ゆっくりと漆黒のパワードスーツに身を包み、ハッチを出た彼女は、迷いなくアイの施設へと向かってゆく。
その表情にはかつての優しい笑みを浮かべていた面影は、残っていなかった。
パワードスーツの動力は、地球の核エネルギーをも超える凄まじいものであった。
ユキは周辺の町々を瓦礫へと変えながら直進する。
タケシたちの通った学校も、毎朝乗っていた電車も、二人がデートをした動物園も、あのハイキングでお弁当を食べた山も。
二人の思い出が刻まれた場所は、彼女の放つ圧倒的なエネルギーによって原形をとどめているものは無かった。




