第二話(3)
「あの……ね」
リオくんのひそひそ話。彼の囁きが、耳から私の奥底に忍び込むみたいでこそばゆい。
「胸、が……きつくなってて……」
いきなり爆弾発言。私の顔は沸騰して、リオくんより赤いに違いない。
「それで……カウンセリングの先生が、お兄さんを連れてきて、って……」
んん? 何それ、意味が分からない。リオくんのおっぱいと、お兄さん?
「でも、兄さんに話せなくて……」
「へえ、でも私らには話せるんじゃん?」
いつの間にか、リオくんが囁いてくる耳とは反対側の私の耳に連結した柚羽の耳。
びくっと、リオくんが姿勢を正す。
にやりとした柚羽。すっかり小悪魔キャラだ。きっと楽しくなっているに違いない。
「だって……」
リオくんが意を決して口を開く。
「だって、おむね様は、女の子の部分だし……女の子に相談しないと」
「へえ、おむね様ねえ」
おむね様は、去年の体育祭の、僭越ながら私の胸がきっかけで出たワードだ。まったく。
柚羽がほくそ笑んだ、ように私は見えた。もう気にしないでおこうかしら。
「ね、女の子の部分っていうからには、男の子の部分もあるよねえ?」
それを聞くかこいつは!? 柚羽の暴走を、どこで止めたらいいんだろう。
「あ……あるよ、ちゃんと、じゃないかもだけど、あるもん」
「じゃあ、そっちの時はやっぱり男の子に相談するの?」
「うん……」
リオくんの声がしぼんでいく。
「例えば、だれ?」
柚羽は肩を抱いてリオくんに迫る。柚羽がすごく楽しそう。ひょっとして、私ら藤原先輩よりワルなのでは?
「え、っと……春詩兄さんとか……」
「とか?」
柚羽の顔は、もう小悪魔そのもの。
「……兄さん、とか……」
仕方ないのだ、リオくんがそこまで親密な男子の友達を持つのが、とても難しいのはわかりきっている。
「ほんとに聞けるのかなあ?」
「ちょっと柚羽、リオくんをいじめ過ぎ!」
リオくんを抱き寄せてかばう。思い返せば、これはちょっと大胆だったかも。
「ごめんごめん。ではでは男の子の部分はお兄さんに任せるとして、私らは女子的な話をしようじゃない」
柚羽が私たちを教室の窓際に引っ張っていく。窓のカーテンを素早く引いて、人目から姿を隠すと、ジャッ、とどこからともなく取り出したメジャーを――あんた、それどこから!――え、きょう家庭科の授業あるじゃん――理解不能な理由を返す柚羽は、リオくんの制服の上着の下に手を滑り込ませて計測開始。
「む、ムムム……」
「ちょっと、見せなさいよ」
二人で驚愕する。これは私より……。
「リオくん、カップは?」
「……よくわからない……けど」
ぽそ、っとリオくんがこぼしたアルファベット一文字に、私たちは敗北感を覚えたのだった。
そんな朝から始まった一日の、無難な一時間目を過ごす。その日の次なる二時間目は体育で、リオくんはトイレに行くね、と教室を出て行った。体育の授業に備えて、着替えに行ったのだ。
リオくんが男子と一緒に着替えるわけにもいかない事情を、私たちは知っているから、自然に見送る。
そこへ、クラスの女子の面々が、私と柚羽を取り囲んだ。といっても、不穏な気配はない。ちょっとした決意は感じるけど。
「ちょっと、桐原さんって、葉月くんと付き合ってるの!?」
「そんなわけないじゃない」
私は即答した。何がそんなわけないのか、ちょっと説明しがたいのだけど。
「だって葉月くんって、自分は男子だから女の子を好きになる宣言があったでしょ?」
その子がいうのは、丸尾がリオくんに告白した去年の学園祭のことを言っているのだろう。
だから、少し親密に見える私がリオくんの彼女だと思ったと。
「でも、このごろ葉月くんって、すごい可愛いっていうか、女子っぽいし、どうなんだろうって、みんなで話してたの!」
「もちろん、イケメン要素もあるんだけどね!」
次から次へと、思うところを彼女らは発表してくる。たぶん、悪意はないし、興味本位な部分もあるけれど、きっと好意的な感情からくる、知りたいという欲求なのだ。ひょっとしたら、本気でリオくんに好意を抱いている子もいるかも知れない。
「ね、結局リオくんって、男の子? 女の子?」 「でも男子だって……」
憶測でしか話せない彼女らの情報は、やはり揺らいでしまっていた。
中には口にするのがはばかられるような疑問も出てきた。
さすがにストレート過ぎて、きゃあ、なんて喜色めいた声が上がる。
ああ、この辺りは、あの画像を見てしまったりか、見た人のうわさ話を聞きかじったんだろうな、って思う。あの画像は、今思い出しても腹が立つ。リオくんのプライバシーをずたずたにしたのだ。
でも、彼女たちに罪はない。これはリオくんが頑張ったおかげでみんなとリオくんの距離感が少し縮まった分、気安く話題にできるようになった、その弊害というものか。
そうであっても安易に答えてはいけない気がする。
そこは、リオくんが後日の説明で語った『公式発表』を引用して、答えておこう。
「医学的には男子だって、聞いたでしょ。それ以上は私も答えられないし、あんたたちだって、自分の身体の大事なところがどうなってるかなんて、根掘り葉掘り聞かれたくないでしょ」
女同士、赤裸々な言葉を使って私は殴り返した。
うん、自分たちのことは棚に上げている。でも、私たちと彼女らは、リオくんと作り上げてきた関係性が違うのだ。ああ、でもちょっとはしゃぎすぎちゃってたかな。反省。柚羽にも後で言っておこう。親しき中にも礼儀ありだ。
「悪かったわ、悪気はないの。葉月くんって、みんな興味あるし。でもクラスメイトとして、どうやって付き合っていけばいいのか、難しいじゃない? だから、あなたたちみたいにぐいぐい行っていいのかどうなのか、わかんなくて」
最初の子が謝罪してくれた。
そうか。そうだよね。私たちも最初は、さぐりさぐりだった。
「うーん。普通だよ。ちょっとずつ、お話しして、仲良くなって、そうしたら、ちょっとずつ踏み込んだ会話もできるし……ハグだってできるし」
「ハグしたの!?」
ええい。脳みそピンク色か。
柚羽がニマニマしている。
「ハグしたよね」
私は愕然とした。いつのこと!? いや本気ハグはあの一回だけだ。……って、見られてた!?
きゃあ、とまた声が上がる。
「ごほん。だから、ちょっとずつ、みんなもリオくんと話してあげてよ。私たち、リオくんを独り占めしてるわけじゃないし」
柚羽は後で締め上げるとして、まずはみんなに言っておきたいことを、私は言った。
「私としては、みんなにもリオくんの友だちに、なってほしい」
「ン、わかったわ……でも、まずは……」
その子は納得した顔で、一つ決めたように私に言った。
「まずは、私、あなたと友達になるわ」
「そうそう、桐原さんって、一年の時から、すごい厳しい人だと思ってた!」
「桐原ちゃん、すごいいいやつ!」
私の目は丸くなってたと思う。
どうゆうこと? 予想外の反応に頭が対処しきれず、私は柚羽に振り向いた。
「理々香ちゃん、よかったね」
思わぬ反応。柚羽は、またもニマニマしていた。




