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はるうた 3 真白の雪  作者: 夏衣一衣(なつい・かさね)
第二話 葉月莉緒、高校二年生
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第二話 葉月莉緒、高校二年生 (1)

「ねえ、母さん。最近、りおって…その、下着がさ…」

 ちょっと言い淀む。だって女子の下着(莉緒は男のはずなんだけど……)を観察してるって、言いづらいじゃないか。

「なあに?」

「女物っぽくなってるだろ? どう思う?」

 この件も、すごく重要だと思うんだ。だから、恥ずかしさとか横に置いて、勇気を出した。

 母さんの表情はちょっと呆れたような、まるで思春期の男の子を見るような顔をした。いや間違ってはいない。だが、そう見られるのって超がつくほど痛恥(いたは)ずかしい。

「あんた、莉緒が男の子でいるか女の子でいるか、どっちを選ぶか心配してるの?」

 だけど母さんの言葉は、ちょっと違った。その言葉を耳にして、改めて見る母さんの顔は、心配しなきゃいけないポイントは、そこじゃないのよって言っているように見えた。

「あんた、ハル。お兄ちゃんなら、見守ってやんなさい。男だって女だって、自分に似合うものを探したり、身に付けてみたりするでしょう?」

「う、うん」

 母さんは、俺の湯飲みに急須を傾けながら続ける。

「莉緒の場合は、性別の線引きが曖昧なんだから……見た目が綺麗で可愛くて、何を選んでもいけるってことなんだから、あんたはお兄ちゃんとしてもっと自慢なさい。実際あんたそうしてきたんじゃないの。お母さん感心したのよ? それはすごい考え方だって」

 俺は一生懸命に、莉緒に似合いそうな服を着せたり、莉緒が、自分がかわいいってことを恥じなくていいようにと気をつけてきたつもりだ。

 そそがれた緑茶に口を付けながら改めて自分の行いを思い返す。俺のこれまでの暴走も無駄じゃなかったのか……な?




 りこが青陵学園に入学して、そろそろ四月も終わる。緑生学園のセーラー服ではなく、青陵の制服姿もだいぶ板についてきたみたい。

 ところで最近、りこは朝の洗面台の占有時間が長い。

 肩までしっかりと伸びた髪を、どんなヘアスタイルにするか決めかねているようで、入学式からこっち日替わりだ。イメージが固まらないので、同じにできないらしい。

 今朝は、といえば、おさげにしてはほどき、ポニーテールにしてはほどき。

 珍しく早起きしたかと思ったら、朝ごはんも食べずに鏡の前でずっと唸っている。

 歯を磨きながらそれを見守る俺。

「ほろほろ、ばふのひかんはふぉ(そろそろ、バスの時間だぞ)」

「うぇぇ、焦らせないでよう」

「もう、りこったら、髪の毛くしゃくしゃだよ」

 見かねた莉緒が洗面台で後ろに立ち、りこの髪を櫛ですいた。

 それから、触らせてね、と一言。

 横の髪を器用に編んで、先を自分のポケットから取り出したリボンで結ぶ。そんなリボン、なんで持ってたんだ、とは俺は言わない。

「りこの髪は綺麗だから、ちょっとだけ、アクセントつければいいかなって」

 鏡の中の自分を見るりこがご満悦なのは、手に取るように分かった。

「りお兄、ありがとう!」

 ぎゅ、っと細身の莉緒が折れてしまいそうなほど、りこが抱きしめる。りこ、お前は元運動部だからな、力の加減も考えろよ。

 歯磨きを終えて口をゆすいでいるうちに莉緒が息も絶え絶えになっている。

 あはは、りこ痛いよ、と莉緒は平気そうだけど、がまんもほどほどにな。

「そろそろ行くぞ、りこ、朝めし食う時間、もう無いからなー」

 バスの時間が近いことを、台所の時計が指し示していた。




 結局、りこ様は母さんが持たせてくれたおにぎりをバスの中でほおばってのご登校だ。仕方ないなあ。

 バス停で降りようとする所で、ゆらゆら揺れるりこの髪の毛に米粒が付いているのを発見。

「りこ、髪の毛にご飯粒が……」

「えっ、うそ、とってはる兄ぃ!」

 ご機嫌だった顔が見る間に半泣きになった。わちゃわちゃと髪を触って探そうとする、りこの手を握って止める。

 まったく、せっかく莉緒がしてくれた髪型が台無しだろ、なんて小言を言いながら取ってやった。よかったな、他人に見つかる前で。

「とれたぞ」

「ありがとう!」

 半泣きが、またあっという間にご機嫌だ。

 バス停のはじっこでのそんなやり取りを、莉緒もニコニコしながら見ている。

「どうした?」

「ううん。三人いるのって、いいね」

 いつも三人じゃないか、とは言わずにおいた。俺のほっぺたも、少し緩んでるのはどうせわかってる。

 りこの方も、何も言わないけど、意見は同じみたいな様子。スキップでもし始めそうな上機嫌で坂を上っていく。

「ああ、それは上機嫌になりますよ」

 とは、校門への坂の途中で加わった、とみちゃんの言。

 校門までの坂道の桜並木は、登校中のほかの生徒たちがどんどん寄り集まって、けっこうなラッシュだ。

 すっかり散った桜は、一足先に夏のよそおい。

「そんなもんかな」

 特に感動もなく、とみちゃんに返す。

「お気に入りの髪型が決まらないのって、ストレスですからね」

 得意げに語る、女の子歴十五年と九ヵ月のとみちゃん。

「葉月くーん」

 ん? 誰か俺を呼んだ? きょろきょろとあたりを見回す。

 ふとまた呼ばれて振り向くと、目の合った相手がぎょっとする。

「わ、お兄さんの方もいる」 「げ、兄貴のほうだ」

 なんだ、その反応。

 葉月くん、と呼ばれた莉緒が愛想よく手を振り返している。そうか、莉緒目当ての挨拶なのだ。

「おはよう」

 莉緒が挨拶を返すと、きゃあきゃあと本人そっちのけで勝手にはしゃぐ女子たち。そして、莉緒の返事にこぶしを握り締めて感動する男子たち。

 女子生徒だったり、男子生徒だったり、性別は様々。

「莉緒~っ」

 さすがに名前呼び捨てはどうなんだ? 俺が目を三角にして振り返ると、誰だか知らない男が登校する人波の陰に隠れた。

「莉緒さん、さすがの人気ですね」

 とみちゃんが語る。

「以前までの莉緒さんは、影があって触っちゃいけない雰囲気だったんですけど、先日の件と去年の学園祭のせいもあって、最近では堂々としていて、騒いでも明るく返してくれるタイプっていう認定が生徒の間でいきわたったみたいです」

 先日の件も去年の学園祭も、とみちゃんはいなかったはずなんだけど……。

「って、桐原先輩が言ってました」

 あっけなく情報源をばらすとみちゃんだが、なるほど。理々香たちの分析か。

「あと、この件をお兄さんに話すときは、周りの生徒に怒っても仕方ないですよ、って付け加えるようにって、そういえば言われてました」

 ああ、理々香、それとも柚羽なのか? まあいい、わかったよ。

 男子生徒の、莉緒に対する人気の一部は、たぶんだけど、あの写真のせいだ。コラージュもひどかったが……。

 あれでみんな、莉緒=男子の認識をぶち壊された。

 その結果、莉緒は、男子にとっても女子にとっても、ちょっと神秘的な存在、またはそれに準ずるなにかにすり替わった。

 わかってるんだ。それくらい莉緒は綺麗だ。性別なんて抜きで。とにかく今は、莉緒を好意的な位置づけにしておいてくれる人間を味方にしておかないと、世間というものを敵に回すと怖い。莉緒やりこを守れない。

「ああ、わかってるよ。とみちゃんも、これからも莉緒とりこの助けになってほしい」


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