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はるうた 3 真白の雪  作者: 夏衣一衣(なつい・かさね)
第一話 葉月りこ 高校一年生
4/21

第一話(4)

「リオくん」

 私たちは教室に戻ると、自分の席に座るリオくんに声をかけた。

「理々香。ごめん、先に帰っちゃって」

 太ももに小さな拳を乗せて、リオくんは姿勢よろしくも落ち込んでいた。

「まあ、ちょっと貫禄負けって感じ? どんまいだよ~」

 柚羽がさらりと意味ありげなことを言って自分の席に戻っていく。

 “誰に”貫禄負けなのか。もうわかってる。真白さんだ。

 “何を”競っての貫禄負けなのか。それが問題なのだ。

「ねえ、リオくん……」

 私は何をいえば良いのか。

「ごめんね。空気悪くしちゃったでしょう?」

 また謝るリオくんに、なんといったものかと考えあぐねるうちに、午後の授業のチャイムが鳴ってしまった。ほどなく現国の授業に教科担当でもある、担任の高梨先生がやってきた。礼のあと、前回までのおさらいを口にすると、教科書のページを指定してくる。

 こういう時は……。

『どうすればいいと思う?』

 教科書を開きながら、机の陰でスマホをいじる。送信先はもちろん柚羽ひとり。

 新学期、柚羽と私の席は最後列。そもそもの話、私たち三人が進級しても同じクラスだったのは最高の出来事だった。

『理々香ちゃん、意外と世話焼きだね』

 そうなのかな? 余計なお節介になってる?

 私は三つ右隣の柚羽を見る。柚羽は横顔でニマリと笑う。

『いいと思うよー』

 私の心の声に、柚羽はなんでこうもやすやすとレスができるのだ。

『そんでね、リオくんに、自分の気持ちがどうなのかを確かめてもらわないと、どうにもならないって、私は思うな』

「こほん。ところで私も教壇に立つようになってそこそこの年月が経った」

 ふと、先生が話題を変えて私たちは姿勢を改める。

 長い黒髪をアップにまとめ上げ、メイクは控えめだが怠らない。素の顔が目鼻立ちもはっきりしているのか、それだけで驚くほどに美人の先生だ。

「教壇に立つと、意外にものが見えるものでね。生徒が机に置く教科書の向こう側。机の下に隠しているなにか。私が黒板に向かっている間に受け渡しされるメモ、とかね」

 ドキン、と全身が凍り付く。

 手にしているスマホ、机の上に立てた教科書、先生の位置と目線の角度、どれも完璧なはず。

『高梨 絢ちゃん先生、鋭いねえ。ブラフかなあ』

「まあ、私も覚えがないわけじゃないし、ほどほどにね」

 とりあえず、私と柚羽はスマホをしまった。大人にはちょっぴりかなわない、のかもしれない。




 ◆◇◆◇◆




 一学期が始まって、少し日が伸びたかな、って思いながら、俺は玄関を開けた。

「ただいま~」

 まあ、相変わらず返事はない。二階からも……。俺は目線をやったが、どたどたという足音はない。

 ということは、りこはまだ帰ってないのかな。莉緒の方は部活だから、後から帰ってくるのは確定事項だ。

 台所に気配はあるので、制服のまま顔をのぞかせる。

「ただいま」

「あら、おかえりなさい」

 母さんの笑顔にほっとする。夕ご飯の支度で、コンロの火には鍋がかかっていた。

 と、浴室の物音がかすかに聞こえる。さすがの古い和風建築。

「りこ、帰ってんの?」

「お風呂よ」

 なんと、帰宅部の俺を凌駕する速さ。一年とはいえ、何もやることがないのか?

 手と顔を洗うので、洗面所に入る。

 洗面所イコール脱衣所だからな、一応ノックしておいた。返事がないってことは、りこは浴室だから、ラッキースケベ要素はない。皆無だ。

 がらりと引き戸を開くと、浴室の湿気と熱がこもっていた。

 浴室からは、わしゃわしゃとスポンジで体を擦る音。

 すりガラスに、肌色とかが見える。

「は、はる兄?」

 戸の開く音と気配を察したりこが、声をかけてきた。なんか、すりガラスの向こうで背中を向けられた気がする。きちんと見えないからわからない。気のせいかもしれない。すりガラスの向こうで、とにかく、りこは隠れた。

「おう」

「おかえり……お、遅かったね」

 そういうと、りこはシャワーのお湯を出し始めて、中の音はうかがい知れなくなった。

 ちら、と洗濯機の上にある籠を見る。いや、見たんじゃない、目に入ったんだ。ぜったいそうだ、うそじゃない。

 莉緒といい、りこといい、なんだか最近、下着がかわいくなってきて、知らない人みたい。

 妹たちの下着を見てこんな感想って、俺おかしいよね……。その件で言うと、最近洗濯物は、さっとしまわれていて部屋でも俺の目につくことが少ない。葉月家の女子チームで、何か申し合わせでもあったかのようだ。

 バシャバシャと顔と手を洗って台所に戻ると、夕飯の下ごしらえがひと段落したのか、母さんも腰を落ち着けていた。

「りこがね」

 俺が座ると、要るとも言ってないのに、母さんは俺の前に湯飲みを置いて急須からお茶を注ぐ。付き合えということか。

「りこがね、莉緒の中学校の修学旅行の事件とか、こないだの、画像がまた出ちゃった話とか、詳しく聞いてきたの」

 茶飲み話にしてはちょっとヘビーだけど、母さんとの気兼ねない情報交換はいまのうちしかできないだろう。

 修学旅行の事件。それは、女子みたいな容姿の莉緒を馬鹿にして、服を無理やり脱がせてた、男子生徒たちのイタズラでは済まされない事件だ。その時撮られた画像は、それ自体が悪意を持つかのように、俺たちの前に再来する。三学期の件は記憶に新しい。

「莉緒が修学旅行のときっていえば、あの子は中一だし、今よりぜんぜん子供でしょ。当時は蚊帳の外で、今回は、高校に入学する直前だったからねえ」

「りこには、なんて言ったの?」

「それでねえ。あの時の出来事を、私なりにね。あの時はびっくりしたわね。ハルがいないと思ったら、修学旅行先の先生から電話がかかってきて、莉緒がいないって言われて。そしたら、ハルが京都にいるって言うでしょう? まあ、そんな話をりこにもしたけどね」

 母さんは自分の入れたお茶を飲んでから、話を続ける。

「母さんも、“写真”を見たの、って聞くから、気分のいいものじゃないって言ったわ。息子がひどい目に遭わされてる写真だから」

 それはそうだろう。母さんが心を痛めているのは、いまその話をしている表情だけでも伝わってきた。

「りこは、なんで今その話を知りたがったのかな」

「そうよねえ。それよねえ……それこそ、あんたのほうがわかるんじゃないの?」

 それは兄妹のことを把握しているという点で、過大な評価だ。最近あいつらが何を考えているかなんて、ちっともわからない。いや、昔もわからなかったのだ。ただ気にする必要がないくらい、お互いに無邪気に、一緒に遊んだり、我が儘をぶつけあったりしていただけなのだ。

「俺にはわかんないよ」

「なんだろうねえ。今だから、じゃないのかね。こないだ同じようなことがあって、思い返すきっかけになったんじゃない。あの子の場合は、いつも先に大きくなるお兄ちゃんたちに仲間外れにされてる気持ちが染みついてるから。高校になって、ちょっとずつまた成長しようとしてるのかもしれないでしょ」

 湯飲みの底の方の、緑茶の苦みを感じて、俺は湯飲みを置いた。

 そう言えば、りこはいつも早く中学行きたい、高校行きたい、と俺たちを追っかけていた。もっとちっちゃいころは、俺たちが遊びに出掛けると、一生懸命ついてきた。自転車に乗って出かけるときは、自分が乗れないものだからわんわん泣いてたっけ。そのあと自転車に乗る練習を父さんにせがんで、いっぱい転んで、また泣いてた。

 たくさん泣かせた罪悪感のせいか、お茶の残りが凄く苦い。

 莉緒もりこも大事にしなきゃ、と反省。

 だからこそ、俺は思ってることを母さんに聞く気になった。


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