第一話(3)
名探偵を気取ったセリフにあわせて腕組みをしたりこが、竹内の質問に唸った。
「まったく、いい質問ですよ」
うんうんと、りこはうなずく。
兄は見抜いているぞ、今まさにそのセリフの先を考えていることを。
「実はですね……何も考えてないんですよー」
引っ張っておいて、結局面白いセリフを思いつかなかったらしい。
ないんかーい、と竹内が小さくツッコミを入れる。
「でも、もっと大人になりたいです。なので、なにかしたいなあ、と」
りこが考えている真面目な話の根幹はそこだ。ともかくりこの決意表明は終わった。
りこの目線が、その場にいる女子たちを巡る。女の子としての自分に、りこは自信がないのではないだろうか。俺のせいかもしれない。先日、とみちゃんや成宮さんと比べたりしてしまったから。
「でも、なんかやらないと家でゴロゴロしそうよね、りこって」
「うーん。でもりこって、なんか見つかったら突っ走っちゃうから心配ないんじゃない?」
成宮さんととみちゃんが本人そっちのけで近い未来を予想している。
まあ、兄としては見守ればよいのだ。うん。
「ところではる兄」
うん? りこが、突然俺に話題を振る。
「はる兄と真白さんが別れたのって、内緒なの?」
それは突拍子もない質問だった。えっと、それはみんなが聞きたいことなんだろうか。うちの妹にも困ったもんだよな、というふうに莉緒を見ると、莉緒の瞳も、りこと同じ質問の色を浮かべていた。
なので、俺は真白のほうを振り向く。
「別に、隠していないよな……」
「そうね、べつに」
言葉少なに秘密でないことを肯定する真白。箸を口に運ぶペースを少しも乱さない。
そもそも、別れた後もこうして隣で気楽に座っている真白の距離感。真白らしいといえば真白らしいのかもしれないけれど。
「宣伝して回るようなことじゃないってだけだよ」
俺は言葉をつけ足した。
「もうね。別れたって聞いた時は、まあしゃあないんじゃないって俺も思ったけど」
竹内が物申す。物申したかったことをりこに便乗して物申す、って感じだ。
「そうですね。ぱっと見、今までと全然変わらないじゃないですか」
仲良く隣り合って座る俺たちを、理々香は指さす。
「竹内くん、桐原さん、お付き合いについては身を引いたけれど、仲良くしないというわけではないわ」
真白の強固な概念に、常識が打ち破られるのを一同は感じていた。
まあ真白だから、そんなものなのか。
「ふうん」
莉緒のその言葉は、周りの空気を代弁した言葉なのか。それとも莉緒自身の我関せず、という表明なのか、はたまた不機嫌の現れなのか。
莉緒は、お茶を飲み干して弁当箱を片付けると、席を立ってしまった。
「えっと、俺もごちそうさま」
なんだか、莉緒を追いかけなきゃいけない気がしたのだけど、見送るみんなの視線が、何か意味ありげに思えてならなかった。その場に残る真白は、莉緒を追いかける俺に何も言わなかった。
◆◇◆◇◆
「どうなんですかね、あれって」
お兄さんを見送って、最初に沈黙を破ったのは桐原理々香先輩。入学式のとき、私たちにリボンをつけてくれた先輩。莉緒さんの誕生パーティで見知って以来、高校の入学前から、質問があったら何でも聞ける先輩。
莉緒さんの親友、といっていいのかな。
そんな先輩の「どうなんですかね」は、どんな意味をはらんでいたのか、ちょっと私は宿題にした。
昼休みの時間が残り少なかったので、お兄さんたちが席を立ったのをきっかけに、私たちも解散することにした。
そして放課後。帰宅するでもなく、りこが席に座ったまま、人が散っていくのを待つみたいに時間をつぶしていた。これは、何か相談ごとかな。
私、帰るから、と志穂はさっさと帰ってしまった。もともと、私たちと志穂はべったりって感じじゃない。中学で同じバレー部だったし、高校に進学して同じクラスになったから一緒にいるというだけで、これが普通なんだけど。
一年五組の私たちの教室は、少し待つと閑散としてきたのだけど、掃除係が迷惑そうにしているので、りこと私は普通教室と特別教室の棟をつなぐ廊下に移動して、その窓辺に何となく陣取る。
「とみちゃん……わたし、自分のことボクって呼ぼうかな……」
「は?」
りこはたまに暴走するけど、これは狙いも大外れの大暴投だと思う。私はバックネット直撃の大暴投をするりこの姿を想像した。私は小学生時代、父のキャッチボールに付き合う野球少女だったので、ちょっとくらいはわかるのだ。それはさておき。
一人称をボクにしようということよね。
「りこ、あのね……絶対に合わないと思う」
「うう……」
りこは渋い顔をして、開け放ってあった窓枠に、突っ伏すように寄り掛かった。
いかに似合わないか、そして実際に実行に移した時の痛々しさが想像できたらしい。
「ああいうのは、年季とか周りの、ああ、こいつはボクっ子だよね、っていう認知が必要なのよ。りこじゃムリ。途中でぜったいテレが入るから、ぜったいムリ」
ぜったいを二回付けて、全力で却下した。りこには似合わないと思う。
やっぱりそうだよね、と窓枠に手をかけて背中のストレッチをするりこ。
「りお兄がね……」
ここで莉緒さん?
「きれいなんだよね……最近、おっぱいもおっきいし」
おっぱい?!
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ? 莉緒さんの話だよね?」
私の頭は大混乱だ。そんな私の顔を見て、りこは、あ、そっか、という顔をした。
りこは私の手を引いて、掃除の終わった教室に戻る。それから、あたりに気を配って、廊下にも誰もいないことを確かめると、扉を閉めた。そして、今まで秘密だったあれこれの事情を教えてくれた。
「勝手に言っちゃいけないことかもなんだけど、でもとみちゃんに変な誤解もしてほしくなくて……なんか、秘密にしててごめんね。ちょっと前まで、ものすごく大切に守ってきた秘密だったんだ。でも、こないだ、りお兄が昔、ひどいことをされたときの写真が拡散される事件があって……この学校であったんだって。それで、逆にりお兄が自分の身体のこととか全部話して開き直ったの。すっごく勇気が必要だったと思う……で、そんなことがあったから、もう誰が知っててだれが知らないのかちょっと判別つかなくなっちゃって」
そういうことか。それで……そうなのか。
私はまた一つ理解した。
つまり、りこのライバルは、りこがいまライバルだと肌で感じているのは、莉緒さんなのだ。だから、自分のことをボクって呼ぼうかな、なんて迷ったり、莉緒さんのことを気にしたりするのだ。
そっか……莉緒さんが……。
細かいことはわからないけど、成長過程の問題のせいで、莉緒さんは体つきも含めて女の子みたいな外見をしている、と。それで、りこは気にしているわけだ。
そうとなれば、強敵だ。だって、あんな綺麗な女の子なんだもの。




