第一話(2)
食い散らかした鉄板の上のキャベツを、ソースの染みた割りばしでつまみながら、竹内はつぶやいた。
「おまえさあ……真白さんと別れて、よかったのかよ……」
なんだよ、聞きたかったのかよ。しなびたキャベツの切れ端を、俺も口に入れる。
聞いてこないから、そっとしてくれてるものだとばかり思ってた。
あたりさわりのない会話をおかずに、お好み焼きを食い尽くしたあと、何か言いたげな竹内だった。
「良かったのかって言われても……仕方ないだろ?」
それが真白の気持ちなんだし、と俺は言い訳のように返す。
「俺が、真白を大事にしてなかったのを見透かされたんだよ」
真白は、すごい女の子だ。なんでもできて、生徒会長で。
でも彼女の提案で、お試しの付き合いが始まると、だんだんと彼女のことが分かった。彼女はほかの女の子と同じように抜けていたり、お茶目なところがあったり、できないことだってあった。知らないことだっていっぱいある。それをかわいいと思った。
少しずつ、真白への気持ちを形作ろうとしていたのだ、俺なりに。
「おまえ、他に好きな子いんのかよ」
竹内の言葉に、俺の口は動かなくなる。なにか魔法で封印でもされているかのような。
「そんなの……わかんねえよ」
ひと心地ついて、竹内とは店で別れた。駅前をぶらついた後で家へのバスに乗る。
学校近くのバス停で、見慣れた姿が乗り込んできた。
細身の制服姿が、俺を見つけて俺の隣に断りもなく座ってくる。いや、拒絶されるなんて思いもしないだろう。信頼しきった様子でその少女は……もとい、俺の弟は隣に腰を落ち着けた。
「兄さんも、いま帰り?」
「ああ。りおも部活帰りだよな。お疲れさま」
二人掛けの座席に、お互い自分のバッグを胸に抱えて、肩を寄せる。
バスが揺れると肩が触れ合って、どちらともなく互いの支えになる。
肩を通じて感じる体温。普通の男兄弟ならべたべたする距離感なんて気持ち悪いとか思うのかもしれない。俺たちにはそんな感情なんてまるでなくて、ただ大事な家族だって、感じていた。
莉緒がどう思っているか、わからないけど。
ふと何か気づいたように莉緒が顔を寄せてきて、クンクン、と匂いをかぐ素振りをする。その瞬間、瞳を閉じたきれいな顔が目の前にあって、ドキリとする。
「ソースの匂いだ。お好み焼き?」
「ああ、うん。当たり。よくわかるな」
にこりとする。ほんとに、最近の莉緒はりこみたいに無邪気だ。いい傾向だって感じる。
バスは帰宅ラッシュの渋滞もあって、一時間ほど家路を走る。
サラリーマンや近隣の学生が、乗っては降りて。
車内は、気温が冷え込む朝夕に備えた暖房が効いていて、部活疲れの莉緒はウトウトとし始めた。莉緒にしては珍しい。やがて俺の肩にことんと頭を乗せて眠りに落ちていた。
莉緒もりこも、どちらも俺にとっては大事な弟妹だ。だから正直に言うぞ。こういうときの二人はとてもかわいい。兄として思う。頼られてるんだなって実感する。そして、俺自身もいつもは安心しきって一緒にぐうぐう寝てしまうのだ。なのにその日は、俺の半身に身を委ねてくる莉緒が気になって、なぜか目が冴えてしまった。
身じろぎ一つせず、小一時間ほど俺は耐えた。いよいよ家に近づいたバスが、ガタンと揺れる。転回場に入ろうと歩道の段差を乗り越えたのだ。その揺れで莉緒が目を覚ました。
「う…ん」
「目が覚めたか? ちょうど着くところだ」
よっぽど疲れているのか、寝ぼけ眼の莉緒の足元が危なっかしいので、バス停からの道のりを手を引いて連れ帰る。これがりこだったら、おんぶすることになっていただろうことは疑いない。
「ほら、着いたぞ。部活で疲れてるんだよ。風呂入っちまえ」
「うん……」
玄関を開けると、りこが二階から降りてきて、なんとなく俺は莉緒の手を離した。
「おかえり、はる兄、りお兄……どうしたの?」
りこは入学式を終えた気楽さもあらわに、部屋着でリラックスしていた様子。
「りおがお疲れモードだからさ、カバン運んでやってくれよ」
「うん、いいよ~」
りこは莉緒の手からカバンを引き取り軽快に階段を上がっていく。
俺も莉緒の背中を押して、二人でりこの後を追った。
子供部屋につくや、莉緒は服をするすると脱ぎだす。
寝ぼけているのか、俺のいる方を向いて(さすがにいつもは背中を向けて着替えるのに)次々に脱いでいく。
俺は自然にそっぽを向いた。りこの着替えのときもそうしている。莉緒は、弟だから、昔は気にしていなかった。でも今は違う。ワイシャツを脱ぎ、下に重ね着しているTシャツを脱ぐと、その下はブラジャーで、莉緒の膨らむ胸を包んでいたのが、目に入ってしまった。
莉緒はいつもの莉緒らしからぬほど脱ぎ散らかして楽な服に着替えると、コロンと転がって眠ってしまった。
俺も部屋着で、ほっと息をつく。
「もう、りお兄ってば散らかして」
りこがお姉さんぶって服をたたんでやっている。その様子を見ながら俺は思っていた。
(りおのブラ、スポーツブラじゃなくなってる……)
それは、レースやら飾りのついた、正しく女物の品物だった。
――ご、ごめん。ぼく……男だから……。
昨年の学園祭、丸尾くんの告白を断った莉緒のセリフが脳裏によみがえる。
眠っている莉緒に毛布を掛けて、俺は階下に降りた。
◆◇◆◇◆
りこが入学した最初の週の半ば。
『葉月家』のメッセージグループに、一緒にお弁当食べようよ! というメッセージが来た。りこから。
眠気すっきり、伸びをして昼休みを迎えた俺は、竹内を伴って中庭のテーブルを押さえた。
三年は二階の教室だから、こういう時にすごく有利だ。
中庭のイスとテーブルのかたまりを一つまるっと占拠して、みんなが一堂に会する。いないのは卒業した一ノ瀬兄とその恋人三橋先輩くらいだ。いったい何の集会なのかと、通りすがりの生徒たちが遠目に覗いては去っていく。
ほぼ生徒会のメンバーに、りこたち新入生の三人。なかなかに大所帯だ。
「第一回、葉月家兄妹会議in青陵学園~♪」
りこがMCを気取るので、なぜだかみんな拍手。
「私、ずーっと悩んでたんだけど……」
無理やりあっためた場を確認して、りこが語りだした。
「高校は、バレー部に入部しないことにしました!」
手を掲げての宣言を終える。手短だけど、なんだか意志は堅そう。
「なんだか、ちょっと惜しい気がするわ」
俺の隣で、なんだか以前と変わらない様子で座る真白が呟いた。俺の隣に真白がいることに、何かみんなの視線を感じるのだが、真白は動じない。
真白はりこに、とてもすごい試合を見せてもらったから、と付け加えると、てへへ、と照れ笑いをりこは返した。
「でも、もうじゅうぶんやったから、高校ではもっと違うことを探します」
おおー、とぱちぱち拍手が上がる。みんな付き合いいいなあ。
「がんばってね」
莉緒が俺の左隣で言う。
「私も、応援します」
真白が右隣で言った。
向かいの席で竹内が挙手する。ちなみに隣は小倉美帆。篠原千夏の陰に隠れがちだが、生徒会では書記になった努力肌の女子。昨年に引き続き俺のクラスメイトだ。
「はい、竹内先輩」
「何か具体的にやりたいことはあるんですか!」
「いい質問ですよ。とてもいいです」
名探偵めかしてりこが言う。ああ、これは大したセリフは用意してないな。とは、兄の直感だった。




