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第八話(5)

 私の背中にしがみつくリオくんの手に、ぎゅっと力がこもるのがわかる。

「ありがとな、りおのこと、よく見てくれて……でも、知らないだろ? りおはさ、ずっと俺の弟だよ……中学も、身体はちっちゃかったけ、一生懸命男子に混じってさ、『男子をやろうとしてた』よ。ずっと、ずっと、俺にとってはちっちゃい弟だったよ。それがさ、四条くんの言う通り、すごくいい子になったよ。そんなりおだって、拗ねるし、怒るし、意地悪だってするんだぜ?」

 リオくんは、お兄さんの言葉を聞いて何を思っているんだろう。私の背中に抱きついて何も言わない。

「りおは、そんなときでも優しさを忘れないし、笑う時はほんとに明るく笑うんだ」

 心なしか、四条くんに余裕がないように見える。そうか。二人の関係に立ち向かうには、四条くんはあまりにも独りよがりすぎた。でも、みんなそうなのかも。好きって独りよがりから始まるのだ。

「それを知ってて、なんで大事にしないですか!」

 四条くんが、たまりかねたように叫ぶ。

「俺は……りおに普通を与えてやりたかったんだよ」

 ゆるぎない言葉で先輩が返す。

 普通に、学校に行って、彼女ができて、人当たりもいいから友達がたくさんできて……。

 未来のことなんて想像つかないけど、りおの掴む未来は、明るくて、普通の幸せなんだ。

 葉月先輩は、腹の底から息を吐き出すように、呻くようにその願いを言葉にした。

 葉月先輩の言うそれは、圧倒的に大きな、とても大きな愛情なのだ。

 四条くんは、それに打ち勝とうと言葉をぶつける。静かな言葉を山のような愛情にぶつける。

「おれは、莉緒と話したり、どんな風に考えるか聞いたりして、分かったんです。そりゃ、あなたと比べれば短い時間だけど」

 先輩の心を穿てない自分の言葉に、四条くんは揺らいでいるようだった。

「莉緒は、男とか女とか関係ないんですよ。だいじな人を、好きになるだけです」

 四条くんは、言葉をぶつける無為を悟ったように言い切った。

 それでもやはり、言わずにはいられないというように、最後の言葉をつなぐ。

「……先輩は、大事じゃないんですか。莉緒を自分で幸せにする気がないんですか」

 四条くんは分かっているのだろうか。その言葉を先輩が肯定したとき、たぶん四条くんは負けてしまうということに。

「俺は、そうする覚悟を決めました」




 言葉ばかりを残して、四条くんは去った。あとに残された先輩が、その場にかみしめるように立つ。

「なんだよ……みんな、自分のことばかり言いやがって……」

 先輩は、そんなつぶやきを吐露したあと、大きく深呼吸した。

 頬をばちんと叩く。痛そうなくらい大きな音がした。

 行くか。そんな言葉とともに先輩はグラウンドに戻っていった。

 あたりが静けさを取り戻した頃合いを見て、私はリオくんを振り返った。

「リオくん、だいじょうぶ?」

 物陰で二人、へたり込んだ私たちは、ようやく顔を見合った。

「……うん」

 あまり、大丈夫そうではない返事だ。

「おっきな音だったね。ほっぺた痛そう」

 ちょっとふざけた私を、リオくんはぽかんと見つめた。

「あの痛そうなほっぺを、もう一度ひっぱたくか、優しくなでてあげるか、リオくんが決めて」

「だ、だって、兄さんは、悪くない、よ?」

「どうしてわかってくれないの? って、怒る権利がいつだって女の子にあるのっ」

 元気を出して。

「そ、そっか。女の子になるのって、難しいね……」

 だいじょうぶ。

「リオくんは、もうちゃんと女の子だよ。先輩のためだけの、ね」

 リオくんの心は、きっと先輩に伝わる。


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