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第八話(3)

 パァン!――

 火薬の炸裂した音が響く。

 独特の体育祭ならではの香りが後を追うように漂った。

 武闘派好みの種目、騎馬戦があとに控えているけど、この借り物競争もなかなか激しい。なんと数十人の参加者が全員一斉スタート。

 人数が多いので、まずはトラックを一周。参加者が振るいに掛けられる。

 一周というのも絶妙だ。足が速くても、参加者の列の後方に追いやられると挽回が難しい距離。

 足が遅くたって、運が良ければ足が速い人と対等の勝負ができる。

 運動能力に加えて、スタート前の並び順も味方につけたりこちゃんが、トラックを一気に駆け抜ける。

「りこっ!」

 私の傍らで、とみちゃんが声を上げた。

 りこちゃんは後続にぐんぐん差をつけると、インフィールドに駆け込んで地面に撒かれた封筒を拾う。封筒の中には、借りてこなければならない品物、そのお題がカードに書かれているはずだ。

 当然、封筒の中身はさまざま。ありきたりの品物から、実行委員会が知恵を絞った面白ネタまで。ネタの品質は、私も知らない。

 りこちゃんは封筒の中身を握り締めて、迷いなくきょろきょろと何かを探し始めた。

 そんなタイミングで、リオくんがインフィールドに到着。同じく封筒を拾って封を切った。

 中身を見て一瞬固まったのが、私にはわかった。

 いったい、なんて書いてあるカードを拾ったのだろう。

 それから、一瞬のずれもなく、二人が発見したのは役員テントでぐったりしている人物。

 ふたりにとって大切なお兄さん。

 りこちゃんが猛ダッシュ。リオくんが、あとを追って走る。

 なぜだか、私は分かってしまった。

「りこ……」

 私の隣で、とみちゃんも呟く。彼女も悟ったようだった。

 りこちゃんは、後を追うリオくんのことなど気づきもせず、必死の全力。

 リオくんは絶望的な差を埋めようと走っていたけど、息を切らして膝に手をつく。

「はる兄!」

 そんなりこちゃんの声が聞こえたのは幻聴なのか。

 葉月先輩は、りこちゃんに手を引かれて、一緒に走り出した。

 泣きそうな顔で二人を見送るリオくんを、私は見ていられなかった。




 ◆◇◆◇◆ 理々香ととみちゃん ◆◇◆◇◆




 りこちゃんが葉月先輩の手を引いて私たちのところに駆けてくる。当然だ。私たちは借り物の判定係。つまりゴール地点そのものなのだ。

 りこが、息を切らせて理々香先輩と私のもとへ来た。

 隣には放送部の人がマイクを片手にやって来ていた。

 りこが差し出すカードを私は受け取る。理々香先輩も一緒にその内容を見つめていた。

『好きな人』

 なんてありきたりな。

 運命のいたずらのようでいて、運命を狂わせるような言葉。

 こんなときに甘い思いを伝える人もなかにはいるだろう。

 でも、幸せな結果が安易に訪れるとは思えない。

 私たちは、後ろに続くリオくん(莉緒さん)の姿をみながらも、無邪気に切なくも行動に移したりこちゃん(りこ)の気持ちを受け止めなければいけなかった。

 と、ぴっとカードを放送部の人が奪い去ると、あっさり読み上げた。

『さあ、最初にゴールのペア! カードのお題は、なんと、「好きな人」~!?』

 わざとらしく驚く声がスピーカーに乗る。

『なんという兄妹愛! 兄の手を引っ張ってきたのは一年五組の葉月りこ選手! 障害物競走でも大活躍でしたね! 間違いなく判定OK! 見事一位でゴールです!』

 わぁっ! と歓声が上がる。まさか、妹の中に兄へのそんな気持ちが秘められているなんて、普通思いもしないだろう。実況の先輩はあっさりと借り物のネタをさばいてしまい、そこにある事実を誰も気づかせなかった。

 りこの気持ちを思うと私は悔しくなった。悔しくて、私はお兄さんにぱんちした。

「あはは、とみちゃん、判定係だったんだね」

 お兄さんを責める私を、りこが元気なく笑う。

「りこ……」

 私は泣きそうになって、りこを抱きしめた。

『さてさて!? 続いてゴールする選手が! またしても手をつないで走っている! またも借り物は人物のようだ!』

 葉月先輩が(お兄さんが)、そちらに目を奪われたのを、私たちは気づいていた。

 りこも、それに気づいていたのではないかと思う。

 きゃあ~! と、場内から黄色い声が上がる。

 本来、借り物競争の選手であるはずのリオくんが(莉緒さんが)、四条くんに手を引かれて走っている。

 校内随一の美男美女が手を取り合って走っているかのよう。

 ふたりは手を取り合って私たちのもとへやってきた。私には、リオくんが無理やり手を引かれているようにしか見えなかったけど。

 四条くんが、意を決してカードを差し出す。

 葉月先輩が(お兄さんが)、固唾をのんで見守っていた。

 カードは、直接実況が受け取った。

『なんとまだ出た! 「好きな人」! なんという運命のいたずら!』

 私はどこにいるかも知れない恋愛脳の実行委員に内心で毒づいた。

「とっ、ともだちとして!」

 リオくんが叫ぶ。誰に向かって言ったのかは、私にとっては明白だった。葉月先輩がやるせないように立ち尽くして、その手をりこちゃんが握ったまま寄り添っていた。

『今を時めく葉月莉緒選手、四条選手のゴールでした~!』

 葉月先輩は、リオくんに目を合わせようとはしなかった。



 ◆◇◆◇◆



 放送部の実況が、生徒会長にひと言物申すとばかりに、放送ブースを離れて押し掛けていた。

 借り物競争が終わってからのことだ。私も気がかりで、それに付いていく。とみちゃんも一緒だ。

「まったく、実行委員。色ボケたカードもほどほどにしてくれよ。誰もが色恋でハッピーになれるわけじゃねえんだから」

 実況担当は、生徒会長である真白さんに直接クレームをつけた。

 その発言には一瞬むっとしたけど、隣でとみちゃんも怒った様子を見せたので、おかげで冷静な自分に立ち返れた。誰かが怒ってくれると、怒っている自分を重ね合わせて、まるで自分を俯瞰する効果があるのか。

 冷静になって改めて思う。

 この放送部の実況の先輩、ともすると後味が悪くなる話題を、サラっとさばいて、あの場を流してくれたのだ。そして、再発防止を求めている。

 ちょっとケンカ腰に聞こえる口調だから、つい反発しそうになってしまうが。

 真白会長は、もとより冷静に応じた。

「そうね。私も色恋は疎いけれど、傷つく人もいるかも知れないわね」

 真白会長が素直に折れたので、放送部の先輩もトーンダウンした。

「来季の生徒会の課題にしてくれよ。俺たちは卒業するけどさあ。プライベートを暴いても気持ちのいいことのほうが少ねえんだから」

 しゃあねえなあ、と放送ブースに戻っていくのを見送って、とみちゃんと私は顔を見合わせた。


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